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顕微鏡的多発血管炎

顕微鏡的多発血管炎(microscopic polyangiitis: MPA)はANCA関連血管炎の一つです。皮膚症状は30~60%に紫斑や網状皮斑がみられるとされます。したがって一般の皮膚科医にはどちらかというとなじみがないというか、まず最初に考える病名ではありません。ところが、川上先生の内科専門医へのアンケートでは「多くの一般内科医にとって血管炎といえばANCA関連血管炎であり、その代表である顕微鏡的多発血管炎をイメージします。・・・(岡崎貴裕先生)」とあります。逆に皮膚科医は血管炎というとIgA血管炎や皮膚動脈炎(結節性多発動脈炎)をイメージします。このように、皮疹からみるとマイナーな感じのMPAですが、重要な位置をしめる血管炎の一つです。さらに欧米ではANCA関連血管炎といえば旧Wegener肉芽腫症(WG)が多いのと異なり、我が国ではMPO-ANCAとPR3-ANCAの頻度は8:1と断然MPAが多く、欧米との違いが顕著です。
🔷ANCAとは
抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophil cytoplasmic antibody: ANCA)は1982年にDavies DJによって発見されました。初めてANCAを盛り込み、腎臓病理所見に基づいて血管炎を分類したのがChapel Hill分類(CHCC1994)です。ANCAは主にIgG分画に属する自己抗体であり、蛍光染色パターンで細胞質型(cytoplasmic: C-ANCA)と核周囲型(perinuclear: P-ANCA)に分けられます。ELISA法によって代表的な対応する抗原はそれぞれ好中球アズール顆粒中のプロテイナーゼ3(PR3)とミエロペルオキシダーゼ(MPO)であることが分かっています。先に書いたように欧米に多いWGでは活動期にPR3-ANCAが80-95%と高率に認められるのに反し、本邦で多いMPAではMPO-ANCAが活動期には約75%に陽性に見られます。
発症機序はまだ解明されてはいませんが、MPO-ANCA-IgGがMPOと結合し(体質+感染や環境からの刺激などにより)MPO酵素を活性化し、活性化されたMPO酵素が過酸化水素と塩素イオンとでHOClという極めて細胞毒性の強い活性酸素を産生し微小血管の内皮細胞を壊死させることによって血管炎を発症すると考えられています。内皮細胞が壊死する過程で、活性化された好中球と内皮細胞の膜接着因子の発現による両者の接着も必要とされます。しかしなぜ自己抗体が産生されるかは明確にはわかっていません。
さらに最近では好中球が細菌を死滅させるために放出するneutrophil extracellular traps(NETs)や好中球から放出される小さな粒子microparticlesが病因に関連していることが明らかにされてきているそうです。
【臨床症状】
MPAは50歳以後の中高年に多く発症します。やや女性が多いようです。ただ、若年女児に発症するケースも稀ながらあるそうです。約7割のケースでは発熱、全身倦怠感、体重減少、筋肉痛、関節痛、感冒症状などの非特異的な症状をきっかけとして発症し、その後急速進行性腎炎、肺出血、間質性肺炎などの腎肺症状を呈してきます。発症1〜2週間前に上気道感染症を認めるケースが多いとされます。病型では、1)全身型 2)肺腎型 3)限局型(単一臓器に限局する) に分けられます。
(1) 腎症状 ・・・80〜100%と最も高頻度にみられます。顕微鏡的血尿を初発としてタンパク尿、腎機能低下、貧血などが起こり、進行すると腎不全から腎透析へと進むこともあります。
(2) 肺症状・・・25〜60%にみられます。咳、血痰から始まり、肺胞出血、間質性肺炎、肺線維症などに進行します。
(3) 皮膚症状・・・30〜60%にみられます。下腿に多く見られますがその他の部位にもみられます。紫斑、網状皮斑、浸潤性紅斑、丘疹、結節、皮膚潰瘍、蕁麻疹、浮腫、手足末端の出血斑など多彩な症状がみられます。皮膚症状は関節痛、神経炎、眼症状を合併する確率が高いとされます。
(4) 神経症状・・・10~60%で末梢神経炎がみられ、ほとんどの例で多発単神経炎の症状を呈します。(手足のしびれ、感覚がない、力が入らないなど)。稀に脳血管症状をとり、脳出血、脳梗塞などがみられることがあります。
(5) 消化管病変・・・腹痛は多くみられ、時に消化管出血、穿孔をみることもあります。
【検査所見】
MPO-ANCA陽性、CRP陽性、赤沈値上昇、腎障害(血尿、蛋白尿、尿円柱、BUN,クレアチニン値上昇)、胸部X線所見の浸潤陰影像、間質性肺炎や肺線維症の所見
【病理組織所見】
腎生検で壊死性半月体形成性腎糸球体腎炎、肺では肺胞出血を伴う肺胞毛細血管炎、腓腹神経では肉芽腫を伴わない栄養小動脈の壊死性血管炎、皮膚では真皮や皮下組織の肉芽腫を伴わない壊死性小動脈炎、細静脈炎を認めます。小血管壁にフィブリノイド変性と核破砕を伴います。
【診断】
厚生労働省診断基準があります。(1998年)
1.主要症候・・・1)急速進行性糸球体腎炎 2)肺出血または間質性肺炎 3)腎・肺以外の臓器症状(上記)
2.主要組織所見(上記)
3.主要検査所見(上記)
*判定
確実
a) 主要症候の2項目+組織所見陽性例
b)主要症候の1)2)+MPO-ANCA陽性例
疑い
a)主要症候の3項目を満たす例
b)主要症候の1項目+MPO-ANCA陽性例
【治療】
寛解導入法と寛解維持療法があり、厚労省の治療プロトコールがあります。軽症例、重症例によって治療方針、薬剤も異なりますが、基本的にMPAは急速進行重症の疾患ですので可及的早期に寛解導入法を開始して、病勢を鎮めコントロールすることが重要です。むしろ内科、全身療法となりますので専門成書を参照して下さい。ここではアウトラインのみピックアップします。
1)全身性MPAおよび急速進行性糸球体腎炎型(重症例)
ステロイドパルス療法かシクロホスファミドパルス療法で病勢のコントロールを図ります。そして経口ステロイドで寛解維持へと移行していきます。血清クレアチニン値が6mg/dlに達した場合は血液透析を導入します。
2)疾患活動性が高く脳出血など最重症例
ステロイドパルス療法にシクロホスファミドパルスあるいは経口投与を併用します。さらに血漿交換法も併用します。またBリンパ球表面の分化抗原CD20に対するモノクローナル抗体である分子標的治療薬(リツキシマブ)の併用も行われています。
3)限局型・・・逆に生命の危険のないような皮膚、筋肉、末梢神経に限局する軽症の場合は過大な治療は避け、経口プレドニン15~30mg/dayや抗凝固薬、抗血小板療法などを施行します。
寛解維持療法では再燃のないことを確認しながら経口ステロイドの漸減をしていきます。最近はステロイド長期投与による副作用の観点からアザチオプリンが寛解維持療法の中心となっています。またその他の免疫抑制剤としてメトトレキサート、ミコフェノール酸モフェチル、ミゾリビンなどが試みられています。

皮膚血管炎 川名誠司 陳 科榮 東京 医学書院 2012からの抜粋 まとめによる

参考文献

血管炎・血管障害診療ガイドライン2016改定版 日皮会誌 127(3),299-415,2017(平成29)

血管炎症候群の診療ガイドライン 2017年改訂版 日本循環器学会

皮膚科臨床アセット 5 皮膚の血管炎・血行障害 総編集◎古江増隆 専門編集◎勝岡憲生 東京 中山書店 2011
高橋一夫 顕微鏡的多発血管炎の診断と皮膚症状 pp104-110
高橋一夫 顕微鏡的多発血管炎の治療 pp111-117
高橋一夫 顕微鏡的多発血管炎の臨床経過・予後 pp118-122

川上民裕 顕微鏡的多発血管炎 皮膚疾患 最新の治療 2017-2018 編集・渡辺晋一・古川福美 南江堂 東京 2017.pp75

ザイルの二人 満則・秋子の青春登攀記

ワルテル・ボナッティは「わが山々へ」の続編ともいえる著書「大いなる山の日々」でマッターホルン北壁冬期単独初登攀・直登ルート開拓という瞠目的な偉業を最後に”アルピニズムよ、さらば”という言葉を残し、垂直の岩と雪の世界に別れを告げました。彼の現役時代ホームグラウンドとでもいえるように通い詰めたのが、モンブランの南東面でした。そしてあの悲劇的なフレネイ中央岩稜での遭難の舞台もこの山域でした。
彼の活躍から十数年遅れながら、この山域に魅せられた日本人アルピニストがいました。鴫 満則(しぎ みつのり)です。
ヨーロッパの三大北壁といえば長谷川恒男や山学同志会の小西政継らが有名で、彼のネイムバリューはそれ程でもないように思われますが、モンブランに魅せられて、コングールに逝った不世出のアルピニストだったように思われます。
本書は夫と共にモンブランブレンンバフェース、冬期マッターホルン北壁などを登攀した妻秋子が夫の没後にまとめた二人の登攀記録、手記です。
ボナッティも書いているようにブレンバフェースは「この壁は、あぶみを使ったり滑車装置を使ったりする曲芸を要求はしない。・・・この岩壁は誇り高い興味のある岩壁で、そこには岩壁と氷が調和を保っていた。この岩壁は十九世紀のアルピニズムを想い出させた。・・・」とあるように現代からすると古典的なルートかもしれません。
この本をボナッティの本を見比べながら読んでみても、その登攀記録の内容に圧倒されました。
本としては夫妻の登攀の手記が混じったり、妻秋子の語りの部分が混じったりせざるをえない体裁上やや読みずらい部分もありましたが、夫婦の山での出会い、山への情熱、夫の無事の帰りを待つ妻の心情、シャモニでの生活などが活き活きと書かれた本でした。

本書の中から特筆すべき部分を抜粋してみました。
1976年・冬 モンブラン、ブレンバ・フェース・マジョール冬期単独初登攀(満則)
1976年・冬 モンブラン、ブレンバ・フェース・ポワール冬期単独初登攀(満則)
1978年・冬 マッタ―ホルン北壁冬期登攀(満則・秋子 女性初登攀)
1979年・冬 モンブラン、ブレンバフェース、グラン・クーロワール冬期初登攀(満則・秋子)
1980年・冬 モンブラン、フレネイ中央岩稜冬期単独初登攀(満則)
1981年・冬 モンブラン、プトレイ大岩稜北壁ボナッティ=ザッペリ・ルート冬期第3登(満則・秋子)
1981年 中国新疆省・コングール北陵にて消息を絶つ(満則)

🔷マジョール単独登攀・・・森田 勝との話し合いで、冬のプトレイ大岩稜からフレネイ中央岩稜への連続登攀の約束でシャモニに着いたものの、彼から唐突にルートをドリュの北東クーロワールに変更を告げられその怒りからザイルを組むことを断る。そのうっぷんもあり、以前から考えていたブレンバへの単独登攀へ向かう。
冬のブレンバに単独登攀者が入るのは初めての試み。雪の状態が悪くころあいを見計らいつつ、シャモニと往復、3度目にして雪崩をかいくぐりアタック。セラックの崩壊をかいくぐりながらただひたすらに登高。センチネル・ルージュを越えてグラン・クーロワールをトラバースしマジョール・ルートに取りつく。岩稜を越えて、氷壁を越え、最後に頭上に覆いかぶさっているセラックに挑んだ。そこは大きな船の舳先を見上げるようなオーバーハングになっていた。その下の難しい岩と氷のトラバースを行い、ピッケル、バイルを駆使して乗り越え、氷を砕いてトンネルを掘り、モンブランの頂稜に抜け出した。もしも足元の氷が体重の重みに耐えきれなければ万事休すところだった、と。
🔷マッタ―ホルン北壁冬期登攀・・・夫婦で登ったが、女性では世界初。同時に挑んだポーランド女性隊はヘリコプターの支援を受け、女性の初登攀を狙ってきていた。後から山学同志会の3人も追いついてきていた。2回の辛いビバークの末、北壁を登り切った。同時に壁に挑んでいたポーランド隊は凍傷などで力尽き頂上直下100mからヘリコプターで救助されたとのことだ。
🔷グラン・クーロワール冬期初登攀・・・センチネル・ルージュとマジョール・ルートに挟まれたこのクーロワールは一直線にモンブランの頂上へと続く素晴らしいルートながら最上部のセラックといい、雪崩の通り道でもありあまりにも危険度が高く、かつて誰も挑んだことのないルートであった。ブレンバフェースを夏冬と知り尽くした満則の最終目標ともいえるべきルートであった。妻にさりげなく同行を求めると、当然ながら雪崩の心配をしたものの、信頼する夫に同行することを快諾した。1月の凍てついた寒気のなかをヘッドランプをつけてグラン・クーロワールへと急いだ。雪はしまっており、雪崩は全くない。夜は明けてきたがセラックは日陰になっており、日は直接当たっていない。クーロワールの喉ともいえるジョウゴの底のような灰色の氷の部分は硬くツァッケが滑りそうである。無事最難部を乗り越える。上部で空にレンズ雲がでてきた。天候悪化の兆しだ。必死にピッチをあげる。最上部の岩場はセラックが一面に岩を覆い、氷のオーバーハングを形成しており、つるつるに磨かれていた。直登は不可能だ。右斜上し唯一の出口と思われる方にトラバースした。雪が降り出し、夕方岩場の基部でビバーク体勢に入った。翌朝青氷帯からセラックの裾を回り込むようにして斜上すると緩斜面に抜け出ることができ登攀は完了した。吹雪のモンブラン頂上からバロー小屋で泊まり、慣れ親しんだグーテ小屋へのボス山稜を深雪をついて下降した。長年の夢を完成させたものの、後でこの登攀を一か八かの危険な賭け「ロシアン・ルーレット」と呼ばれたことに対して満則は怒りを覚えた。これはロシアン・ルーレットではない。一見、危険以外の何ものでもない所でも時期と時間を慎重に選びさえすれば登れる可能性があるということが実証されたのだ、と述べている。
🔷フレネイ中央岩稜冬期単独初登攀・・・1979年冬、単独でフレネイ中央岩稜核心部の最上部のシャンドルまで今一歩の所で吹雪につかまり、苦しい敗退を余儀なくされた。(長く苦しい敗退、下降を繰り返し、シャモニに帰還したのは出発9日後の事だった。)都合4回のアタックを繰り返したが、吹雪にはね返された。次第に冬期単独登攀者も増えてきた。フレネイへの思い入れも募り、翌年2月にまた挑んだ。取付きから空身でザイルをフィックスし、下降してザックを背負って再び登ることを繰り返しながら登攀した。二人で登る時よりもランニングビレーを多めに取り、絶対落ちないことを念頭に登り出した。スラブからチムニー、クラックとなり、雪と氷に覆われた苦しい内面登攀が続いた。しばらくして、突如右手のクーロワールにゴーという激しい音とともに雪崩が起こった。その中に赤や青のザックが混じってきた。その後からなんと手足を拡げた人間が落ちてきてあっという間にシュルントに飲み込まれていった。しばらくして救助のヘリが上空に飛んできてプトレイ山稜上部の仲間の登山者を吊り上げて行った。そしてプトレイのコルを何回も旋回し遭難者を捜索していた。彼自身では何もする事が出来ず、気をとりなおして登攀を続行した。外開きのチムニーは難しく手袋を外して素手で登った。感覚を失いかけ墜ちる寸前に雪のバンドに出た。首筋に手を入れると失った感覚の痛さが蘇ってきた。ビバーク中もヘリはやって来てサーチライトで捜索を続けていた。翌日ヘリは近づいて来てホバーリングした。救助が必要か問いかけているようだった。シャンドルの方を指差して登る意思を伝えるとパイロットは頷き雲の彼方に去って行った。雪の中をやっとのことでシャンドルのテラスに到達した。一本の古いクサビがあった。かつての悲劇の舞台のボナッティらの痕跡かと想いを偲んだ。翌日は風は強いものの天気は回復してきた。核心部シャンドルの登攀だ。ハングになったチムニーを必死の思いで人工とフリーで越す。かろうじて岩に引っ掛けたナッツを頼りに越すことが出来た。一日かけてたったの3ピッチ。狭いスタンスに効かないハーケンを打ってビレーしビバークした。長く苦しい夜が明けて、さらに岩雪氷のルートが続いたが、核心部を抜けたことで勝利を確信できた。強風の中をモンブラン頂上へと進んでいった。
🔷プトレイ大岩稜北壁ボナッティ=ザッペリ・ルート冬期第三登
プトレイ大岩稜からフレネイの「氷のリボン」への連続登攀を目指して夫婦で挑んだ。これはかつて誰も試みた事がないルートだった。秋子にとっては2度目の冬のブレンバだった。ギリオーネ小屋からトラバースしムーアのコルに至る。グラン・クーロワールを越えて1000mもあろうかと思われる長いトラバースを経て、ポワールの基部を回り込み、北壁の基部に到達。雪壁と氷壁を直上し、難しい凹角を人工とフリーのミックスで越す。そして狭い岩棚でビバークした。翌日は頭上の覆い被さるセラック下の氷壁を弱点を探しながらトラバースしプトレイ山稜に抜け出した。ここで、プトレイのコルへ下降し、フレネイの「氷のリボン」へと継続登攀をするか、このまま直上するか迷った。しかしあまりにも雪の状態が悪すぎた。いまにも雪崩れそうな下降路だった。連続登攀の夢は破れむなしさがこみ上げたが、北壁の冬期第三登を果たせた。プトレイの上部は硬い氷壁になっており、強風も吹き荒れ、さらに頂上直下で1ビバークを強いられた。

タラレバになってしまいますが、もし彼がコングールで遭難しなければ、単独であるいは夫婦でもっと素晴らしい登攀を続けていったように思われてなりません。

ワルテル・ボナッティ 著「わが山々へ」より

小森康行  著「ヨーロッパの岩場」より

クリオグロブリン血症性紫斑

クリオグロブリン(cryoglobulin: CG)とは低温で沈降し、37度に加熱すると溶解する蛋白質です。CGが血液中に異常に増加した状態をCG血症といいます。その構成成分によって3型に分けられます。
Ⅰ型CG・・・単クローン性免疫グロブリン IgM, IgG 時にIgA  
本態性およびリンパ増殖性疾患、多発性骨髄腫、マクログロブリン血症など

Ⅱ型CG・・・混合性:単クローン性IgM(RF)と多クローン性Igの混成
Ⅲ型CG・・・混合性:多クローン性IgM(RF)と多クローン性Igの混成
本態性および感染症(特にⅡ型はC型肝炎)、ウイルス、細菌、寄生虫、原虫など、膠原病(SLE,RA,PAN,Sjogrenなど)
悪性腫瘍(白血病、リンパ腫など)、リンパ増殖性疾患、マクログロブリン血症など、腎炎、サルコイドーシスなど
【病因】
Ⅰ型CGは血液粘度亢進による微小血栓がその本態であり、血管炎はみられません。
Ⅱ、Ⅲ型CGは単クローン性あるいは多クローン性IgMと多クローン性の免疫グロブリンが免疫複合体を形成したものであり、血管炎がその本態となります。ただし混合性CG全例が血管炎を発症するわけではなく、その10~15%のみがクリオグロブリン血症性血管炎を発症します。これは混合型CGによるIC血管炎でⅢ型アレルギー反応が関係します。また寒冷曝露時の血液粘度の亢進も関与すると考えられています。
近年HCV抗体陽性例が多数あることがわかり、従来本態性として原因の解らなかった例の中にも多く含まれることがわかってきました。(本態性CGは10%以下まで低下してきました。)CGP患者の80~90% もの多くにHCV陽性とのことです。特にⅡ型でその傾向が強いです。またC型肝炎の3~4割にCGが陽性とのことです。HCV感染に伴う血管炎の発症機序としては、HCVに感染したB細胞がクローナルに増殖し、IgM型リウマトイド因子を産生して免疫複合体を形成することが原因と推定されています。また膠原病中でもシェーグレン症候群では約2割と高頻度にCG血症を認めます。
【臨床症状】
男性より女性に多く、40,50歳代に多くみられます。
発熱、全身倦怠感、筋・関節症状、神経症状(末梢神経知覚障害など)、腎症状、肝障害、高血圧、呼吸器症状、腹部症状など多彩な臨床症状を認めます。皮膚症状はほぼ全例に出現し、レイノー症状、寒冷曝露時に下肢に紫斑、血水疱、網状皮斑、色素沈着、潰瘍、寒冷蕁麻疹、指趾壊疽などを認めます。また鼻、耳介など寒冷にさらされる部位にも出現します。しかしながらこれらは他の血管炎でも生じうるもので臨床症状のみではCGPと断定することはできません。
【検査所見】
CGの証明には、温めた注射シリンジで採血し、37度下で分離した血清を4度に冷却して5~7日放置した後、遠沈して沈殿物を確認します。更にその内容を定量、分析して型を決定します。
また各種原因検索によって感染症、膠原病、血液疾患などを割り出していきます。
血液検査ではCRP、赤沈値上昇、血清ガンマグロブリン値上昇、IgMリウマトイド因子陽性、CH50,C4値低下などがみられ参考になります。
【病理組織】
真皮上層から中層の小血管にフィブリノイド沈着、赤血球の漏出、血管周囲の核塵などを伴う白血球破砕性血管炎の像を認め、時にそれは真皮下層、脂肪織境界部の小動・静脈にも及びます。蛍光抗体直接法では内皮下にIgG,IgM,C3の沈着を認めます。
【診断】
皮膚症状だけでは確診はできませんが、冬季、寒冷時に悪化するレイノー症状、紫斑、リベド、皮膚潰瘍などの血管性病変をみたら疑います。さらにC型肝炎、シェーグレン症候群などの膠原病、骨髄腫などの血液疾患を有するケースではCG精査が必要となります。ただし、必ずしも寒冷期に発症するとも限らず、静脈うっ滞などに伴う皮膚潰瘍として対処されているケースなどもありえますので、やはりANCA陰性群ではCGの有無を確認する必要がありそうです。
【治療】
まず、いずれのタイプでも寒冷曝露を避け、保湿に努めることが重要です。
CGのタイプによって治療は異なってきます。まず本態性なのか、原疾患に続発するものかによります。原疾患があればその治療を優先します。感染症、悪性腫瘍、膠原病などの治療で血中CGは消失することが多いとされます。
タイプⅠでは、血管炎よりも血管内の血栓・塞栓が病変の本態となるので、血管拡張薬、凝固阻害薬などを使用します。
タイプⅡ、Ⅲでは血管炎を伴うことが多いので、急速進行性の臓器障害、臓器不全への徴候がみられる場合は原因疾患の如何にかかわらずステロイド(パルス療法を含む)、免疫抑制薬(シクロスホスファミド、アザチオプリンなど)が適応となります。
重症例では抗CD20モノクローナル抗体であるリツキシマブ(RTX)の併用や血漿交換療法も用いられています。しかしこれらの2者は本邦では保険適用がないために治療の際は十分なインフォームドコンセントを得る必要性があります。

皮膚血管炎 川名誠司 陳 科榮 東京 医学書院 2012からの抜粋 まとめによる

参考文献

血管炎・血管障害診療ガイドライン2016年改訂版 日皮会誌:127(3),299-415,2017(平成29)

血管炎症候群の診療ガイドライン 2017年改訂版 日本循環器学会

伊崎誠一 クリオグロブリン血症の診断と皮膚症状 pp148-150
伊崎誠一 クリオグロブリン血症の治療と臨床経過・予後 pp151-152
皮膚科臨床アセット 5 皮膚の血管炎・血行障害 総編集◎古江増隆 専門編集◎勝岡憲生 東京 中山書店 2011
 
菅谷 誠 平林 恵 クリオグロブリン(HCV)と皮膚血管炎 J Visual Dermatology Vol.13 No.7:780,2014
ガイドラインに照らして考えるふつうの血管炎 責任編集 川上民裕

皮膚白血球破砕性血管炎

皮膚白血球破砕性血管炎(cutaneous leukocytoclastic angiitis(CLA)はCHCC1994(Chapel-Hill会議)によって「全身性血管炎症状や糸球体腎炎を伴わない皮膚限局性血管炎で、組織学的に真皮小血管のleukocytoclastic vasculitis(LCV)を認める。」と定義されました。しかしLCVをきたす疾患は多数あり、そもそもLCVは疾患名というより、病理診断であり皮膚科専門医からはCLA,LCVを個別の疾患名とすることに疑念があがっていました。近年D-CHCC(Nomenclature of cutaneous vasculitis: Dermatological addendum to the CHCC2012)はこの疾患に対して皮膚IgM/IgG ICV(cutaneous IgM/IgG immune complex vasculitis)という名称を暫定的に提唱しています。

この疾患、病態を表す言葉は従来様々な疾患名が用いられてきました。
IgA-negative ICV, 過敏性血管炎hypersensitivity vasculitis(Rich, Zeek), idiopathic cutaneous LCV, 皮膚アレルギー性血管炎vasculitis allergica cutis(Ruiter)などです。しかしながらいずれも明確な疾患概念とはいいがたいものでした。
では、この疾患の本態はというと、「ANCA関連血管炎やIgA血管炎、各種続発性血管炎など他の小血管炎をすべて除外した皮膚限局性の小血管炎であり、病理学的にIgM/IgG-IC血管炎に属する」と定義されます。従ってD-CHCCが皮膚IgM/IgG ICVとの名称を提唱した訳です。しかしこの名称はまだ定着していませんので、従来通りCLAと表記して続けます。
【病因・発症機序】
CLAはIgM/IgG-ICが関与する免疫複合体血管炎とされますが、その抗原はほぼ不明です。逆にその病因に感染症、薬剤、膠原病、悪性腫瘍などが明確に関与したとわかれば続発性(症候性)CLAとなり、特発性(本態性)CLAからはずれ、全身性疾患関連血管炎や推定病因を有する血管炎となってしまう訳です。従って特発性CLAのみを本来のCLAとするのが厳密な定義となります。
【臨床症状】
時に発熱、関節痛、筋肉痛などの全身症状を伴うことはあってもいずれも軽度とされ、腎、肝、心肺症状などの臓器症状は伴いません。
皮膚では、下肢に蝕知性紫斑や、壊疽性丘疹、結節、水疱、血水疱、小潰瘍が混在して多発してきます。中には蝕知性紫斑主体の単調な皮疹をとることもあります。
【病理所見】
真皮細静脈の血管壁にフィブリノイド変性を伴う壊死性細静脈炎、LCVを認めます。また直接蛍光抗体法所見で50~70%の症例にIgG,IgMが血管壁に陽性に認められます。C3は70~90%に陽性に認められます。血水疱、結節を有する例では真皮皮下境界部までの細静脈に血管炎が及ぶこともあります。
【鑑別疾患】
特に単調な蝕知性紫斑を呈した場合はIgA血管炎と視診上では鑑別が付きません。組織学的に蛍光抗体所見が鑑別の決め手になりますが、必ずしも陽性にでるとは限らず、IgA,IgM/IgGともにその沈着の陽性率は50~70%とされます。
また顕微鏡的多発血管炎などのANCA関連血管炎や、続発性血管炎との鑑別が難しい場合もあるとのことです。各種抗体検査や全身疾患の検査、また続発性の血管炎の精査をして推定病因を否定しておくことも重要です。
また一旦CLAと診断した後に膠原病や感染症や、悪性腫瘍の関連が顕在化するケースもあるそうで経過観察は怠らないことが肝要とのことです。
【治療・予後】
下肢の安静を保つことが肝要です。弾性包帯、非ステロイド系抗炎症薬、血管強化薬などが用いられます。
時にDDS50mg~75mg/日,コルヒチン1.0mg~1.5mg/日、ミノマイシンなども使われます。皮膚症状の進展の強いケース、重症例ではプレドニゾロン10~30mg/日の投与が推奨されます。

皮膚血管炎 川名誠司 陳 科榮 東京 医学書院 2012からの抜粋 まとめによる

参考文献

血管炎・血管障害診療ガイドライン2016年改訂版 日皮会誌:127(3),299-415,2017(平成29)

川名誠司 2012年Chapel Hill会議による血管炎の命名法を踏まえた新たな皮膚血管炎の命名法 日皮会誌:129,23-38,2019

蕁麻疹様血管炎

蕁麻疹性の病変を示す疾患は多数あります。皮疹の性状から、短時間で出没を繰り返す通常型の定型的蕁麻疹と個疹の持続が1〜3日とやや長期である蕁麻疹様紅斑に分けると理解しやすいと思われます。
蕁麻疹様紅斑は通常の蕁麻疹の5〜20%と数は少ないですが、種々の基礎疾患と関連することも多くそれを見出すことは重要です。組織学的に炎症性細胞浸潤を伴っています。その中で蕁麻疹様血管炎(urticarial vasculitis: UV)は約20%を占めており、多くはありませんが代表的な疾患であり、組織学的に白血球破砕性血管炎(leukocytoclastic vasculitis:LCV)を認めます。
UVには血清補体値の低下を伴う低補体血症性蕁麻疹様血管炎(hypocomplementemic UV: HUV)と補体の低下を伴わない正補体血症性蕁麻疹様血管炎(normocomplementemic UV: NUV)がありますが、HUVが7割以上を占めるとされます。
またHUVの最重症型として低補体血症性蕁麻疹様血管炎症候群(HUV syndrome: HUVS)があり、これには抗C1q自己抗体が関与します。HUVSはHUVの5%にも満たない稀な病態とされます。
【病因】
最も多いのが全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus: SLE)に伴うものです。その他では、その他の膠原病、感染症、血液疾患、悪性腫瘍、薬剤などが原因となります。これらが抗原として免疫複合体(immune complex: IC)を形成しⅢ型アレルギーを起こすと考えられています。HUVSではC1qと結合してICを生じます。
NUVではⅢ型アレルギーではなく、Ⅰ型アレルギーの遅発反応やマスト細胞の活性化が関与すると考えられています。
【症状】
数日間続く蕁麻疹様紅斑が反復します。中に点状または斑状の紫斑を混在します。あとに色素沈着、落屑を残しえます。自覚症状はかゆいというよりピリピリした痛み、灼熱感や違和感があります。NUVは発熱などの全身症状は伴いませんが、HUVでは発熱、倦怠感、関節炎、筋肉痛などを伴い、約半数に肝腎症状をきたします。HUVSになると高度の低補体血症と臓器傷害を認め、閉塞性肺障害(COPD)、喘息などの肺症状や眼症状(上強膜炎、ブドウ膜炎)レイノー症状、腹痛、心膜炎、末梢・中枢神経症状を呈します。
【検査所見】
NUVでは非特異的な炎症マーカー(赤沈、CRP,白血球など)の上昇以外は異常を認めません。
HUVではさらに補体値の低下、循環免疫複合体陽性を認めます。また基礎疾患によってそれに伴う異常値を認めます。例えば膠原病ならば各種自己抗体陽性、ウイルス、細菌感染症ならばそれらのマーカー、肝腎心障害異常値など。
HUVSになると上記に加えて血清C1qの低下、抗C1q抗体の上昇、肺所見などです。
【病理組織】
蕁麻疹と同様に真皮に血管周囲と間質の浮腫が顕著にみられますが、さらに真皮上~中層の小血管の白血球破砕性血管炎(Leukocytoclassic Vasculitis)を認めます。すなわち血管壁とその周囲に核塵を伴う好中球浸潤、フィブリン沈着がみられます。蛍光抗体直接法では血管壁へのIgG,IgM,C3の沈着を認めSLEに続発する例では表皮基底膜にも陽性所見がみられます。これらの所見の程度はNUVでは軽く、HUV,HUVSでは高度になってきます。
【治療】
NUVでは一過性で予後がよく、通常の蕁麻疹治療に沿った治療、抗ヒスタミン薬が試みられ、さらにインドメタシン、DDS,コルヒチンなどを適宜組み合わせて治療されています。無効例では内服ステロイド剤も使われます。
HUVでは、基礎疾患の治療とともにステロイド剤の全身投与(PSL:0.5~1mg/day)が第一選択です。さらに重症度に応じて各種免疫抑制剤、血漿交換療法、免疫グロブリン、リツキシマブなどが考慮されます。

皮膚血管炎 川名誠司 陳 科榮 医学書院 2012 からの抜粋 まとめによる

◆補遺
Chapel Hill Consensus Conference 2012(CHCC2012)での分類ではUVの中でHUVを、とりわけ抗C1q血管炎のみを取り上げて、免疫複合体性小血管炎の中の一つとして挙げてあります。これはHUVSに相当するものであり、UVの全体像をとらえていません。それで日皮会の血管炎・血管障害診療ガイドライン2016年改訂版もそのことに言及しHUVのみではなく、NUVも取り上げて記載されています。
CHCC2012は国際基準の血管炎分類として確立されていますが、そもそもそこには皮膚科医は参画しておらず、皮膚血管炎の取り扱いは不十分であるとの皮膚科専門家の懸念がありました。そこで欧米日の皮膚科血管炎専門家からなる作業部会によって新たな皮膚血管炎の命名法であるNomenclature of cutaneous vasculitis:dermatological addendum to the CHCC2012(D-CHCC)が2018年に発表されました。それには日本から川名先生、陳先生が依頼参加されたそうです。

川名誠司 2012年Chapel Hill会議による血管炎の命名法を踏まえた新たな皮膚血管炎の命名法 日皮会誌 129:23-38,2019

D-CHCCでは血管炎の皮膚病変を詳述し、さらにCHCC2012に採用されていない皮膚のSOV(single organ vasculitis)も取り入れてあります。その中のひとつにNUVも入っています。
D-CHCCにおいてもCHCC2012をベースに小型血管炎をANCA関連血管炎(AAV)と免疫複合体性血管炎(ICV)の2つにわけて、IVCの中の4番目にHUVが入っています。
すなわちD-CHCCではUVは2つの別の項目で記載されて全体像をとらえています。
「NUVはHUVに類似した皮膚症状と病理所見を呈するが、臓器症状を認めない皮膚のSOVであり、低補体血症、抗C1q抗体も伴わない」
HUVについては、CHCC2012におけるHUV(anti-C1q vasculitis)の定義はまさにHUVSのことを記載していて、これでHUV全体像とするには合理性に欠けると思われ、HUVには症状も軽く、抗体陰性例もあることから「抗C1q抗体が陽性となることがある」という表現に改められています。
またHUVの診断にはneutrophilic urticarial dermatosis(NUD)との異同が問題になるとのことです。近年NUDは自己炎症性症候群やSLEの炎症様式として注目されています。皮膚症状は淡紅色斑、丘疹、あるいはわずかに隆起した斑でHUVとは異なるとされ、病理組織ではフィブリノイド壊死や白血球破砕像は認めない代わりに、好中球の上皮向性浸潤像が顕著とのことです。またHUV,NUVとNUDは共存あるいは相互に移行することから、いずれも好中球性皮膚症のスペクトラムにあるとの考えもあります。
なお、SLEに生じた血管炎は本来ならば全身性疾患関連血管炎の中のループス血管炎に分類されるべきでしょうが、SLE患者に蕁麻疹様紅斑主体の皮膚症状がみられ、病理組織学的に後毛細管静脈のLCVが確認された時にはHUVと診断されます。一方真皮下層~皮下脂肪組織までの小動脈炎が生じた場合はループス血管炎とされ、蕁麻疹様紅斑以外に紫斑、血水疱、浸潤性紅斑、網状皮斑、結節性紅斑などが混在してきます。

IgA血管炎

IgA血管炎は以前Henoch-Schönlein purpura(HSP)あるいはアナフィラクトイド紫斑と呼ばれていました。小児では全血管炎の90%以上を占めるといわれ、成人においても多くみられ、実臨床で最も目にする皮膚の血管炎の一つです。
1970~80年代に真皮小血管、腎糸球体にDIF(蛍光抗体直接法)でIgAと補体が沈着すること、活動期の患者血清中にIgA-immune complexが証明されることが報告され、1994年のChapel-Hill会議で「HSPはIgA抗体優位の免疫複合体による小血管炎で、皮膚、消化管、腎糸球体が障害され、関節痛あるいは関節炎が合併する」疾患と定義されました。
【臨床症状】
0)先行症状
しばしば上気道炎が先行します。小児で約50%、成人で30%にみられるとされます。
1)皮膚症状
全ての患者に見られますが、30%では関節症状、腹部症状が先行するとのことです。腹部症状が激しい時は、麻痺性イレウス、腸重積、腸管穿孔など急性腹症として緊急手術をうけるケースもあるそうです。
下腿、足背の蝕知性の2~10mm程度の点状紫斑(palpable purpura)がみられます。しばしば斑状紫斑、紅斑、丘疹、膨疹、血管性浮腫なども混在し、一部は水疱、血水疱も生じます。特に高齢者では加齢変化と共に、ステロイド薬、抗血小板薬、抗凝固薬などの使用が多いために大型の斑状紫斑を形成する傾向があります。皮疹は躯幹、上肢にまで拡大することもあります。また乳幼児では顔面にも特有の紫斑をきたし、acute hemorrhagic edema of infancyとして知られています。
2)関節症状
6,7割に出現し、1割以上で初発症状となります。下肢関節に多く発症し、関節の腫れ、圧痛を認めますが、一過性、遊走性であり、慢性化することはありません。
3)腹部症状
5,6割に腹痛、2,3割に消化管出血がみられます。1割ではこれが主訴になり、先に述べたように稀には急性腹症として不要な開腹手術を受けるケースもみられます。
4)腎症状
腎症は重症度によって4型に、また紫斑性腎炎組織分類では6型に分けられています。
1.一過性の顕微鏡的血尿あるいは軽度の蛋白尿で腎機能異常を認めない。
2.急性腎炎症候群
3.ネフローゼ症候群
4.急性腎炎症候群+ネフローゼ症候群
重症度は初期の腎機能と腎組織所見に関連するそうですが、皮疹の範囲と紫斑の症状には必ずしも一致しないそうです。従って皮疹が一見軽くても一定期間腎症状に注意する必要はあります。
また腎症状の程度は年齢と相関があり小児より成人のほうが腎不全にまで移行するケースは多いそうです。ただし、小児の末期腎不全の10%はHPS腎炎が占めるとのことで、小児だからといって必ずしも腎炎の予後が良好ばかりではないことも認識する必要があるとのことです。
5)その他の症状
肝、心、肺、眼、神経症状などさまざまな臓器にも病変が及ぶこともあるそうです。
【検査所見】
約半数で血清IgA値が上昇します。血液第ⅩⅢ因子活性低下は腹部症状、疾患活動性などと相関し、治療効果判定に有用です。尿検査では顕微鏡的血尿の軽症例が多いものの、蛋白尿、クレアチニン値上昇などがあれば速やかに腎専門医の診療が必要になります。腎症状は遅れて発症することもあるので、紫斑発症後半年は毎月の定期検査を要します。
原因検索、鑑別診断の目的で各種細菌、ウイルス検査、膠原病検査、ANCA,血清クリオグロブリン検査なども必要になります。必要に応じて消化管内視鏡検査、腎生検なども必要になってきます。
【病理組織】
最も一般的に施行されるのが、皮膚生検です。蝕知性紫斑では真皮上~中層の細静脈に白血球破砕性血管炎(leukocytoclastic vasculitis)がみられます。血管壁と周辺に核塵を伴う好中球とリンパ球の細胞浸潤。赤血球の血管外漏出。フィブリノイド変性など。しかし小動脈・静脈炎はきたさない。
蛍光抗体直接法(DIF)では真皮乳頭層、真皮上層の細静脈壁にIgAとC3の顆粒状沈着を認めます。しかし48~72時間以上たつとIgAの陽性率は急速に低下します。それで出来立ての皮疹を生検することが必須です。
腎病理所見で最も一般的なものはメサンギウムの巣状、分節性、びまん性増殖、半月体形成です。
【鑑別診断】
小児HPSは血管炎全体の90%以上を占めるために、皮膚生検をしなくても蝕知性紫斑に腹部症状、関節症状を合併している例はHPSと診断可能です。一方成人では多くの小血管炎が生じうるために皮膚、または腎臓でのIgA沈着を証明することが診断に必須とされています。
ただし、HPSの皮膚DIFでのIgAの陽性率は50~80%とされ、偽陽性、偽陰性がかなりあるとのことで実臨床現場では診断の問題点、疑義の原因になっているそうです。
【病因・病態】
種々の抗原分子とIgA1抗体とが結合して形成された免疫複合体(immune complex: IC)が皮膚の真皮小血管、腎糸球体(メサンギウム細胞、内皮細胞)に沈着することが発症の契機となります。ちなみにこの両血管のサイズ、構造は同一ではないものの相似的な形態をとっているので似たような炎症を惹起します。
ICを構成する抗原としては細菌、ウイルスなどの感染物質、薬物、悪性腫瘍などが考えられています。さらに補体の活性化が関与して最終的に膜傷害複合体(membrane attack complex: MAC)が形成され、血管内皮が傷害され、血管炎が進行していくと考えられています。ICは血管分岐部に沈着しやすく、しかも下肢では血流がうっ滞し易いために血管炎が好発します。また腎臓糸球体の血管係蹄のように局所的に血圧が高く、ろ過機能を持つ部分でもICは沈着しやすいので好発します。
従来からHSPの原因抗原として細菌由来抗原が注目されてきました。特に小児では3~5割の患者が上気道感染に引き続いて発症し、A群β溶血性連鎖球菌(溶連菌)感染が多く見られます。IgA1のhinge部分が細菌やウイルスなどの作用で異常なグリコシル化を起こしIgA1分子が凝集、高分子化して補体活性化能を獲得する、あるいは腎臓のメサンギウム領域のIgA受容体に結合し、炎症を惹起する機序が考えられています。
【治療】
軽症例では安静と飲水量の保持に努めるのみで経過をみること、また紫斑に対して止血薬、血管強化薬などの対症療法が一般に施行されています。DDS(ジアフェニルスルフォン)は紫斑、関節炎に有効とされますが、DIHS,DDS症候群などの重篤な副作用もあり使用に際しては十分な注意が必要です。
ステロイド剤の全身投与は初期症状の軽減には有効ですが、全経過を短縮させるものではないとされています。従って短期間に留め、長期の漫然とした使用は勧められません。
消化管出血など症状の強い例や血尿、蛋白尿など腎症状の強い例ではステロイド剤大量療法(PSL 1mg/kg/day)やパルス療法が有効とされます。血液凝固第ⅩⅢ因子補充療法は同因子活性低下例で腹痛、関節症状に有効とされます。
重症の腎症ではメチルプレドニゾロンパルス療法に加えてシクロホスファミド後療法、アザチオプリンやシクロスポリンなどの免疫抑制剤との併用、抗血小板療法、抗凝固薬あるいは血漿交換療法、免疫グロブリン大量療法などとの併用も行われます。

皮膚血管炎 川名誠司 陳 科榮 医学書院 2012 からの抜粋 まとめによる

血管炎分類

結節性多発動脈炎は1866年にKussmaul&Maierが剖検例で諸臓器の動脈周囲に結節状の肥厚を認める壊死性血管炎の症例を結節性動脈周囲炎(periarteritis nododa)として報告したのが最初です。その後病変は動脈全層性にみられることがわかり、結節性多発動脈炎(polyarteritis nodosa: PAN)と改名されました。
全身性の血管炎の分類は1952年のZeekの分類が最初といわれています。彼女は血管炎を過敏性血管炎、アレルギー性肉芽腫性血管炎、リウマチ性血管炎、結節性多発動脈炎、側頭動脈炎の5つに分類しました。その後疾患の数が増え、さらに1982年にはANCAの発見によりANCA関連血管炎の概念も確立されは変化してきました。それらも踏まえ腎臓病理組織所見に基づきChapell Hill分類が発表されました。1993年に米国ノースカロライナ州のChapel Hill で開催された血管炎の名称と定義の合意形成を目的とした国際会議で原発性血管炎の10疾患が採用されました(CHCC1994)。そして、罹患血管サイズによって大型・中型・小型血管炎に分類されました。(表1参照)

この分類は20年近く世界中で流用されてきましたが、それは罹患血管サイズによる分類が簡便でわかりやすかったという理由があります。また大型、中型の血管炎では罹患臓器の虚血症状が出、小型血管炎ではその血管のサイズにあった症状(蝕知可能な紫斑、多発神経炎、糸球体腎炎、肺胞出血など)の症状が出るなど、疾患の鑑別に便利でもありました。

また、大型血管炎は肉芽腫形成性の自己反応性T細胞異常、小型血管炎はANCAなどの自己抗体、液性免疫の関与するものが含まれており、分類と病因の関係に一定の関連がみられました。

しかしながら、その分類には改善を要する問題点もありました。1994年版では10疾患しか含まれていませんでしたが、多くの血管炎がこの分類から漏れていたこと。人名を冠した疾患名(Eponym)の取り扱いを避けて、病理学的所見に基づく命名への変更が問題とされたことなどがありました。それで、2012年再び全世界の血管炎の専門家がChapel Hillに集まって分類の改変が行われました。
Eponymについては、人名を廃止する方向性のようですが、高安病、川崎病と2つ日本人名は替わるものがないと残りました。日本からの希望もあったようです。ただCogan症候群は残っていますし、それをいったらベーチェット病はどうするのだ、とチャチャを入れたくなります。ある種の人名を残したくなかったなどのウワサは聞こえてきますが、将来は日本人の名前はどうなるのでしょう。(学問と関係ない横道にそれてしまいました。)(CHCC2012)(表2)。
大きく変わった点は大中小の血管炎のほかに新たに4つのカテゴリーが加えられたことです。すなわち、種々の血管を侵す血管炎、単一臓器の血管炎、全身性疾患に続発する血管炎、誘因の推定される続発性血管炎の4つです。それに伴って含まれる対象疾患数は10から26へと大幅に増加しました。(下記の表2参照)

ただし、CHCC2012はリウマチ内科や腎臓内科が中心となって作成されており、この会議では皮膚科医は1人も含まれていなかったといい、皮膚科で使われる血管炎が本分類ではすべて包括されているわけではなく、皮膚科からするとやや使いにくく今後改善の余地があるとのことです。しかしながらこれに替わる国際的な皮膚科血管炎のガイドラインはないとのことでCHCC2012をベースとして本邦の皮膚科の血管炎のガイドラインは作成されています。皮膚科に関係の深い血管炎は真皮の細動脈から毛細血管、細静脈、さらに皮下組織までの血管で、それはChapell Hill分類の基本になった腎臓の動静脈の病理組織と相似性があるといいます。

次から皮膚に関連のある個々の疾患について順次みていきたいと思います。

(図、表はいずれも日本皮膚科学会ホームページで一般公開された血管炎・血管障害診療ガイドラインから)

血管炎・循環障害

皮膚科を長くやっていても一向に解らない領域もあります。血管炎、循環障害もその一つです。いろんな病態、疾患がからみあっていてすっきり理解できません。講演を聴いても分かったような、わからなかったような・・・、結局よく分かりません。小生の理解力のなさ、苦手意識もあるかもしれませんが、まわりの皮膚科医に聞いても結構同様な苦手意識をもっている人は多いようです。重要な分野ではあり、普通患者さんも大きな病院や大学病院に行くので、あまり診ませんがたまにみると丸投げ状態で紹介してしまいます。
そんな病気について無理に敢えて取り上げなくてもよいのでしょうが(でも過去にちらちらとそれなりに書いてはきましたが、)2018年の皮膚科講習会でまとめて血管炎の話を聞く機会がありました。よくわからないながらも重要な疾患群でもあるので自分の知識のまとめの意味も含めて数回に分けてまとめてみたいと思います。
2018.8.25 「皮膚血管炎、循環障害」
1.血管炎――総論 川上 民裕(聖マリアンナ医科大学)
2.結節性多発動脈炎・リベド血管症 石黒 直子(東京女子医科大学)
3.膠原病と血管炎 長谷川 稔(福井大学)
4.循環障害:動脈疾患・静脈疾患の臨床と診断 沢田 泰之(東京都立墨東病院)

話を聞いてもよく解らずもうすでに記憶も忘却の彼方にあります。幸い日本皮膚科学会ガイドライン「血管炎・血管障害診療ガイドライン2016年改訂版」が公表されていますのでそれにならってまとめてみたいと思います。さらに下記の本・雑誌もよりどころにして。
気持ちは大海に乗り出す小舟のような気分でもうすでに難破しそうで萎えかかっていますが、乗りかかった船で兎に角書き始めてみます。

皮膚血管炎 川名 誠司 陳 科榮 医学書院、東京、2013
下腿潰瘍・足趾壊疽 皮膚科医の関わり方 責任編集 沢田 泰之 Visual Dermatology Vol.9 No.9 2010
ガイドラインに照らして考えるふつうの血管炎 責任編集 川上 民裕 Visual Vol.13 No.7 2014

ワルテル・ボナッティ わが山々へ

20世紀アルピニズムのレジェンドといわれる人の若き日の山行の記録です。
何で、今その読書感想文を、と思うと自分でも全くその理由を書けません。ただ、読む気になってその時間があったからというのも安直すぎるけど、もう10年近く前に亡くなってからずっと心に引っかかっていたというのもうそっぽいのです。
とにかくいつか書こうかなと思っていたその感想文(?)を。
ある雑誌の切り抜きをこの本の裏に挟んでいて、それをみると2011.9.13 81歳で(すい臓がんのために)死亡と書いてあります。
ただ、この稀代の天才アルピニストが活躍した期間は短く、1949年(19歳)のグランド・ジョラス北壁登攀から1966年(36歳)のマッターホルン北壁冬季単独登攀までの高々20年足らずです。この本はその中の1961年のモンブランフレネイ中央岩稜の遭難顛末までの記録が書かれています。
その活躍した時代から分かるように、ある世代から上のアルピニストにとってはレジェンドというか、むしろ神様のような存在かもしれませんし、若い世代の岳人にとっては単に過去の人、或いはそれ誰、といった感じかもしれません。

記録は17章からなっており、それぞれが時代の最先端をいくような画期的な登攀であったり、遭難寸前の限界的な登攀であったりで、その中のいくつかは偉大な物語あるいは、登山史を形作るものといっても過言ではないような山行ばかりです。
物語はいきなりグランド・ジョラス北壁の登攀記録から始まります。生涯の友人でザイル仲間であったアンドレア・オッジョーニとパーティを組んでいます。19歳での北壁第3登を成し遂げました。
グラン・カピュサン東壁はシャモニ、ミディ針峰からバレ・ブランシュの奥にひときわ高く聳えている赤い大岩塔です。21歳の若き日に4日間の苦闘の末に初登攀を成し遂げました。ただ、前年嵐のために途中で敗退したことで事前にルート工作をしたとか、ハーケンを残置し過剰に使用したなどとの批判を浴びます。しかしオーバーハングの続くこの岩壁で半分以上のハーケンを抜き取りながら、ボルト1本使わず登り切ったことは当時では想像を超える画期的な登攀でした。彼も悪天候のために失敗した僕らの登攀はすでに勝利に手がとどきそうに感じられていた時に、退却を強制された不運な試みとみなされるべきと述べています。
24歳の最年少で彼はK2イタリア遠征隊の一員に選ばれます。イギリス、フランスなどのヒマラヤ遠征の成功に遅れじとのイタリア登山界の機運が漲っての計画でした。登頂に当たり、最終キャンプに残ったのはアレッキ・コンパニヨーニ、リノ・ラチェデッリの2人でした。第9キャンプの彼らに酸素ボンベの荷揚げをしたボナッティとポーターのマディは上の2人が約束の場所より上にテントを張り、また日没後も居場所を知らせずに、「そこに酸素ボンベを置いて下山しろ」といったきり応答がなくなったため、着の身着のまま8000mの高所でビバークを余儀なくされました。そして後に彼の行為は自らが頂上に立とうとした抜け駆け行為であり、また勝手に酸素を吸ったと非難されました。(ボナッティは自らの名誉を回復するために裁判を起こし身の潔白を訴えましたが、ラチェデッリが誤りを認め、ボナッティの言い分を認めて、イタリア山岳会が公式見解を訂正したのは実に50年後の2004年のことでした。)
K2で心に痛手を負ったボナッティは1955年、ドリュ南西岩稜の壮絶な6日間にわたる単独登攀を成し遂げます。この本では明確には書いていませんが後に「K2登攀のあとの一種の買戻し行為だ。抗議だったんだよ。」と述べています。Z型確保という独特の自動確保をとりながら、ワンピッチごとに登降を繰り返しながら登っていきました。食料をアルコール燃料の漏れでダメにしたり、ハンマーで指を叩き血だらけになったりしながらビバークを重ねました。5日目になってどうしても越えられないオーバーハングにぶつかってしまいます。ここではザイルの端にこぶを作って投げ縄で岩の突起に引っ掛け虚空に振り子トラバースを敢行します。その後も幾多の振り子トラバースを繰り返しオーバーハングを突破して6日目に一般ルートからサポートに登ってきたチェザーレ教授らと再会しました。
その後、モンブランの南東面で初登攀を含め、多くの登攀を行いました。1957年プトレイ大岩稜初登攀、ブルイヤールの赤い岩稜初登攀、ブレンバ側稜、ポアールルート、マジョールルート、そして悲劇のフレネイ中央岩稜がこの本の最後の章になっています。その間にカシンが隊長を務めたガッシャーブルムⅣ峰初登攀、南米パタゴニア・アンデスでの登攀の記録も書かれています。ガッシャーブルムⅣ峰は8000mに手が届く難峰で、ワルテルとC.マウリは高度な人工登攀、Ⅴ級のクライミングを行い初登攀を果たしました。これは画期的なことで、ヒマラヤ8000m峰のバリエーション時代の先駆けとされます。
フレネイ中央岩稜では無二の親友であったアンドレア・オッジョーニを失いました。数年来温めていたプランでした。3人でトリノ小屋から出発した彼らはフルシュの避難小屋でマゾーらのフランス隊4人が同じ壁を狙っているのに出会いました。彼らの提案を受けて合同で出発することになりました。フルシュのコル、プトレイのコルを越えて、岩稜に取りつきましたが、出発から24時間で岩稜の2/5を登り、ビバーク翌日も順調でお昼頃には最後の尖塔の下部に達しました。ところが一転嵐が襲ってきました。雷鳴、風雪のために7人は小さな岩棚に釘付けになりました。わずか半日の晴れ間があればモンブランの頂上に到達できる位置でした。しかし、吹雪は60時間たってもやむ気配すらみえません。とうとう彼らは退却を決心しました。長く苦しい下降をしてプトレイのコルの近くで4回目のビバークを耐え忍びました。その頃から皆瀕死の状態に陥ってきました。一番元気なワルテルが先頭に立ち、ルート工作をしながら危険なグルーベルの岩場を越えてガンバ小屋を目指しました。ここから次々に斃れていきました。ヴィエイユ、ギョームさらにイノミナータのコルを越せずにオッジョーニも斃れてしまいました。コールマンは半狂乱の状態となり斃れ小屋迄たどり着いたワルテルとガリエーニが救助を求め、マゾーは救出されましたが、他の隊員は亡くなりました。
「ぼくは深い麻痺状態に陥る。目を覚ました時には、3時間が過ぎていた。仲間たちの遺体は、ヴィエイユをのぞいて、次々と収容された。「オッジョーニは死んだ・・・・」この言葉を聞いて、おさえがたい悲痛な気持ちに胸をしめつけられる。救援隊が発見したただひとりの生存者の親愛なマゾーは、ぼくに抱きつき、いっしょに泣く。」
という文でこの本は終わっています。
この遭難についても、新聞はまるでボナッティは自分だけが助かったかのように書きたてました。

この後、モンブラン プトレイ大岩稜北壁初登攀、グランド・ジョラス北壁冬季初登攀、など瞠目的な登攀を行いましたが、先にのべたようにマッターホルン北壁冬季単独初登攀を最後に山岳登攀の世界からきっぱりと身をひいてしまいました。
アルピニズムよ、さらば!・・・僕は決心した。山を下りることになるだろう。だが、谷間にとどまるかどうかははっきりしない。というのも、あの山の上で、べつの広大な地平線を見とどけたからだ。

彼ほど自分の意図したことと違って、その山での行動に非難、中傷を浴びた人も少ないかもしれません。すべてはK2での風評が付きまとっていたからかもしれませんが、彼が他人よりも抜きんでて肉体的にも山での精神力でも強く、他の人が斃れても最後まで生き抜けたから勘繰りややっかみがあったのかもしれません。時代を突き抜けた超人の悲しさかもしれません。「人事は棺を蓋うて定まる」とはよく言われる言葉ですが、ボナッティの評価は20世紀アルピニズムのレジェンドとして高まることはあっても薄れることはないように思われます。

K2のことがなければ、もっと違った息の長いアルピニストとしての活躍があったのかもしれませんが、逆にその故にこそ超人的な限界を超えるような爆発的な輝きがあったのかもしれません。

ただ、この本にしても世間の中傷、批判から自身の身の潔白を示す意味で書かれた部分はあるのかと思いますが、そういった外部事情なしに純粋に彼の山への情熱、活躍の部分だけが読み取れればいいのにと思います。しかしながら、ついその他の雑音を気にしながらの読書となってしまうのは、何か残念な気がします。それは読み手の“下衆の勘繰り”のなせるわざかもしれませんが。

メラノーマ2019

メラノーマ(悪性黒色腫)の治療は長足の進歩を遂げつつありますが、特に昨今は本庶 佑先生のノーベル賞でメラノーマ治療薬「オプジーボ」は一躍有名になり、誰でも少なくとも名前だけは知っている薬になりました。
現代はインターネットの発達で、誰でもその気になれば最先端の知識を瞬時に知ることができます。ただ膨大な情報の中で、ある対象の正しい情報だけを正確に、かつ的確に全体像を知ることはなかなかに難しいことです。俗に「生兵法は大怪我のもと」といいます。生半可な知識で事に当たると大怪我をする、の例えです。素人知識は却って間違いの素にもなりかねません。(それはお前の事だろう、という声が聞こえてきそうですが。)
やはり、普段から実地にメラノーマ診療に当たって苦労している専門家の意見、講義を聞くのが一番的確で間違いないということになります。それで、日本皮膚科学会の今冬の講習会からの情報でのトピックを一部書いてみたいと思います。講師の話を正確に伝えたかどうかは自信はありませんが。
講師は以下の先生方でした。
臨床およびダーモスコピー診断 古賀 弘志 (信州大学)
病理診断 伊東 慶悟 (日本医科大学)
手術療法 中村 泰大 (埼玉医科大学国際医療センター)
薬物療法 大塚 篤司 (京都大学)

メラノーマの記事は2016年末に網羅的に数回に亘って書きましたので、今回は箇条書きに気になったところだけを書いてみます。

*メラノーマの発症には人種差が大きい。世界最多のオーストラリアでは新規患者は人口10万人当たり33.6人だが、日本では0.6人で、実数は日本で年間2000人程度、徐々に増加傾向にある。ただ粘膜部での発症は米国の0.22と比べ、日本では0.32と逆に高率で注意を要する。
*従来から病型分類は結節型(NM)、表在拡大型(SSM)、悪性黒子型(LMM)、肢端黒子型(ALM)の4型にわけるClark分類が行われてきたが、近年はBastianらによる紫外線傷害や発生部位による分類も行われている。
CSD(慢性的紫外線曝露部)型、non-CSD型(間歇的紫外線曝露部)、Acral型(肢端部)、Mucosal型(粘膜部)
CSD: chronic sun-induced damage
*欧米ではメラノーマを疑うABCDEクライテリアという語呂合わせがあるが、最近はさらにFGが加わったものもあり、Gの増大傾向というのは特に重要である。いずれにしてもある一時点ではなく、経過を追うということが重要である。
Asymmetry:非対称 Border irregularities:境界が不整 Color variegation:色調が多彩 Diameter>6mm:直径6mm以上 Evolving: 色調、サイズ、形が変化する Firm: 硬い(引き締まった)、Growing:増大傾向
*ダーモスコピーは臨床診断の精度をさらに上げることは明らかだが、最終診断ではない。疑わしい病変では病理診断を行う習慣をつけるべき。エキスパートは10秒以内で診断する。長くみていると却って解らなくなることもある。というか長時間悩む例は病理診断すべきということ。いろいろな専門述語があるがエキスパートはいちいちチェックしない。それはむしろ専門家以外に伝えるためや後付けするため方便で、むしろ暗黙知といって一瞬の間に判定する。例えば知人の顔を一瞬の間に峻別できるのと同じ。知っている知識、面識がなければ、どれだけ長く眺めていても分からないのと同じ。(字義通りだと語弊はあるかもしれませんが、コンセプトはそういうこと。)
*メラノーマの染色マーカーはS-100, Melan-A, HMB45などがあり、細胞質に陽性となるが、SOX10は核に陽性となるのでわかり易く、今後使用されるだろう。
*治療の基本は、現在においても手術で病巣を切除することである。以前は手術範囲は病変部から5cm離して切除するのが定式であったが、現在は腫瘍の厚さが問題とされ、側方切除範囲は2cmとされる。in situ(表皮内)病変の初期病変では、本邦では0.3~0.5cm、NCCN(National Comprehensive Cancer Network)ガイドラインでは0.5~1cmと若干の差がある。ALM型、爪部のメラノーマは本邦では多く、欧米では少ないためにガイドラインには反映されず、本邦独自の検討が必要かもしれない。
*所属リンパ節群のうち最初に腫瘍細胞が到達するセンチネルリンパ節(sentinel lymph node:SLN)への生検(biopsy): SLNBは1992年に始まり、当初は同定率は82%だったが、近年は色素法、RI法、γプローブ法、ICG蛍光法に加えてCT画像を術前に施行して、同定率は100%近くにまで向上した。
*SLNBの適応、結果が陽性の場合のリンパ節廓清の施行の有無、施行範囲については統計的にまだ明確な指針はないようである。
*昨今の新規薬物療法の発展により、メラノーマの手術療法は縮小・低侵襲手術の方向へ向かっている。
*免疫チェックポイント分子とは、T細胞活性化を抑制するシグナルに関連する分子で、それを阻害する薬剤を免疫チェックポイント阻害剤という。これにより抑制されているT細胞の機能を回復し、腫瘍免疫を賦活化することによって抗腫瘍効果を発揮する。この薬剤にはプライミングフェーズに働く抗CTLA-4抗体およびエフェクターフェーズに働く抗PD-1抗体がある。前者にイピリムマブ、後者にニボルマブ(オプジーボ)、ペムブロリツマブがある。最近、抗PD-1抗体はプライミングフェースにも働いている可能性が示唆されている。但しその効果は限定的で抗CTLA-4抗体が10%、抗PD-1抗体が20~40%の奏効率を有する。
効果をあらかじめ予測するバイオマーカーとして3つある。1)癌細胞が発現するPDL-1はPD-1と結合してT細胞の活動を抑制する。従ってPDL-1の有無は抗PD-1抗体の効果、反応性と相関している。2)腫瘍内に浸潤しているT細胞(Tumor infiltrating lymphocyte: TIL)の数は相関する。CD8陽性の細胞傷害性T細胞が腫瘍周辺に多く浸潤する例では効果が高い。3)腫瘍組織遺伝子変異総量が多ければ免疫療法の効果が高い。新規の抗原いわゆるネオ抗原が標的ペプチドを持つためと考えられる。また日本人ではHLA-A26保有者は抗PD-1抗体の反応性が良く、バイオマーカーになる可能性がある。
*免疫関連有害事象(immune related adverse event: irAE)
免疫チェックポイント阻害薬はメラノーマの治療にブレイクスルーともいわれる画期的な新展開を齎しましたが、一方で新たな免疫関連の有害事象ももたらした。(2016.11.11の当ブログにもまとめましたので、その抜粋から・・・
「この薬剤は体内の腫瘍免疫抑制反応を解除することによって腫瘍免疫反応を回復させ効果を発揮します。それは一方では生体に備わった免疫反応を制御しているシステムをストップさせるために免疫反応の暴走をおこし、予期せぬ様々な免疫関連有害事象(immune-related adverse events: irAE)を引き起こします。
その原因、発症機序は完全には解明されていませんが、その多くはTregの機能不全で説明可能だそうです。
その根拠の一つとして、IPEX症候群というTregのマスター転写因子であるFOXP3遺伝子に変異のある遺伝性疾患の患者ではTregが著しく減少、または欠損しており、自己免疫性腸炎、I型糖尿病、甲状腺炎、紅皮症、肝障害、自己免疫性溶血性貧血、血小板減少症(ITP)、関節炎などが認められ、これはまさにirAEにみられる症状と一致しているいうことがあげられます。
しかしながら、実臨床への使用が始まったばかりの薬剤であり、まだ不明な点が多く今後の研究、解明が必要とのことです。・・・」。大塚らはITPを発症した患者のB細胞でPD-1の発現が高いこと、乾癬を発症した患者でADAMTSL5特異的T細胞が病態に関与している可能性を指摘している。
*薬物療法には免疫チェックポイント薬のほかに分子標的薬がある。BRAF阻害薬とMEK阻害薬がある。
NCCNのメラノーマ治療ガイドラインがあり、first lineはPD-1単独、PD-1/CTLA-4併用、BRAF/MEKの分子標的薬が挙げられる。second lineにはさらにDTIC、イマチニブ(c-kit)、放射線療法などがある。
*遺伝子発現、変異の違いにより、治療薬の適応、効果も異なってくる(特に分子標的薬)。将来は次世代シークエンサーなども活用した個別化した治療が進んでいくと予想される。

専門的な個別の事項を未消化のままに細切れに羅列したので、非常に解りにくい内容になった感があるかと思います。
ただ、メラノーマの診断、治療が日進月歩で進んでいる状況はお分かりいただけるかと思います。

なお上には挙げませんでしたが、いずれの先生方もメラノーマの治療にはチーム医療の必要性をうたっています。診療方針は1) 初期診療計画 2)フォローアップ計画 3)進行期診療計画に分けられます。 ごく初期のメラノーマを除いて10年間フォローアップを検討します。
進行期になると、いずれの癌もそうでしょうが、患者、家族と実現可能な治療の選択肢を提示して、情報を共有していくことが重要だとのことです。患者さんは癌が進行していくと「効果がなくなってきているのはわかるが今の治療を続けたい」、「緩和ケア病棟には入らず自費の免疫療法を試したい」といった、様々なバイアスに基づいた意思決定に陥る傾向があるそうです。当然、治療は皮膚科医だけがおこなうのではなく、放射線科医、内科系外科系などの他科の医師との連携のみならず、看護部門、薬剤部門、さらに緩和ケアチーム(アドバンス・ケア・プランニング)、通院治療センター、医療福祉担当者、治験/臨床研究部門といった多彩な部署との連携が必要となってくるとのことです。
いかに医療が進歩していっても最後はやはり人と人との繋がりが最も大切なのだと知らされました。

追記
古賀先生は爪のメラノーマのところで、「巨人の星」の星飛雄馬の初恋の人、日高美奈の手の指の爪の黒い点(死の星)のことに触れられました。そのことに関連してうはら皮膚科(仮想クリニック)のブログに興味ある記事が書いてあります。
星飛雄馬の恋人、日高美奈さんはメラノーマではないかも?(2007.3)
’うはら‘先生はメラノーマの専門家です。
コメントに次のようにありました。「作品に注文をつけるつもりは全くありません。半世紀近く前に、皮膚にも癌ができるのだ、ということを世間一般に知らしめてくれた功績はとても大きかったと思います。メラノーマは若い女性にも起きる病気です(25ー35歳の女性のガン死亡原因としては上位にある腫瘍です)。くだらないことをまじめにくどくど書いてしまいました。」その後に・・・この記事が英文雑誌に掲載されました、とありました。(有料記事なので残念ながら小生は抄録しかみていません。
Malignant melanoma in Star of the Giants(Kyojin no Hoshi)
The Lancet Oncology, Volume 12, Issue 6, Page 525, June 2011
「巨人の星」と聞いて、深く反応する人はそれでもう古い昭和世代という証左かもしれませんが、この記事だけではなく、このブログには随所にメラノーマ、そのほかの啓発記事が分かりやすく書いてありますので、興味ある方は覗いてみられては。(2008.5、2010.5、2018.11)