カテゴリー別アーカイブ: 中原寺メール

中原寺メール7/31

【前住職閑話】―灼熱地獄―
連日連夜のこの暑さには閉口しますが、皆さま十分お体にお気をつけください。
さてお届けしている「閑話」も随分とご無沙汰してしまいました。怠慢をお詫びして再開します。
平安時代に比叡山横川(よかわ)に住したお坊さんで源信僧都(げんしんそうず)という方がおりました。「往生要集(おうじょうようしゅう)」という書物を著わし、苦しみの極みの世界である「地獄」のありさまをリアルに描かれたのでも有名です。よく年配の人たちは、「子どもの頃にお寺詣りをすると、本堂に地獄の絵がかかっていてお坊さんが説明するのを聞いて怖かった」と言われます。
現代っ子は、妖怪の世界を楽しんでいるようですが…。
「怖いもの知らず」、はかえって心配ですね。
その源信さんが著わされた「横川法語(よかわほうご)」の冒頭に次のような一文があります。
「まづ三悪道(地獄・餓鬼・畜生)を離れて人間に生まれること、大いなるよろこびなり。身はいやしくとも畜生に劣らんや。家は貧しくとも餓鬼にまさるべし。心に思うことかなわずとも地獄の苦にくらぶべからず。‥このゆえに人間に生まれたることをよろこぶべし。」
仏教では、三悪道は人間の作り出す行為の結果と見ます。恵まれた地球の資源を人間の果てしなき欲望のおもむくままに消費する愚かさが「灼熱地獄」を早や表しています。
人間に生まれたよろこびは、欲と怒りと愚かさにめざめるところにあります。
人間の愚かさは、つねに他人(ひと)もやっているからという、無自覚なところです。自分で判定する自分ではなくて、真実(さとりの)の眼を通して見ぬかれた自分であらねばなりません。

中原寺メール 2/1

【前住職閑話】
 1月13日から9日間の日程でインドへ3回目の旅をしてきました。
仏蹟、つまり仏教が生まれたところ(ブッダガヤー)、その教えが初めて説かれたところ(サルナート)、霊鷲山(釈尊が説法された聖地ラージギール)、ナーランダ(最も栄えたかつての佛教大学)等、2度目の聖蹟巡拝でした。
そしてこれら釈尊の聖地である州は「ビハール州」といい、サンスクリット語の「ビハーラ」ということだと聞いてとても嬉しくなりました。
ビハーラは僧院、寺院あるいは安住。休養の場所を意味します。現代では末期患者に対する仏教ホスピス、または苦痛緩和と癒しの支援活動をいいます。
 そこで偶然出会った一人旅の40代の女性。聞いてみれば船橋市に在住の方、10月に夫を亡くし、傷心の身を携えながら何かに導かれるようにこの聖地に来たといいます。
 しばし同じテーブルで夕食を共にしながら、人生について、死について、仏教について語らう中で、彼女は時に涙を浮かべながらインドへ来てよかったと、その眼は澄んで顔は清らかに安らいでいました。
 しかし帰国したその日から、連日ニュースはイスラム国の人質事件です。ビハーラどころか憎しみと殺し合いの人間世界の愚かな悪業の連鎖に、生きることの苦しみを深く感じます。
 釈尊の言葉、「怨みは怨みによって果たされず、忍を行じてのみ、よく怨みを解くことを得る。これ不変の真理なり。」を繰り返し味わっています。

中原寺メール1/13

【前住職閑話】―2015年1月13日発―
 新年は笑いでスタートしたいとの思いがあって、5年ほど前から仏教婦人会の新年懇親会で座興に私の落語を披露しています。
 もちろん下手の横好き以前のお粗末さではありますが、案外落語好きの人っているもんです。
また実際やってみると話芸の面白さと結構やりがいがあるものです。
 先日10日の出し物は、かつての落語界の大御所古今亭志ん生の滑稽ばなし「千早ふる」でした。急ごしらえの芸名は、勝手に孫弟子と自称した「古今亭こんちく生」。
 おなじみ百人一首の在原業平の和歌「千早ふる 神代もきかず竜田川 からくれないに 水くぐるとは」の珍解釈の話です。
 落語は仏教と結びつく話が意外に多く、「寿限無」、「蒟蒻問答」、「宗論」など聞き覚えがあると思います。
 笑いとかユーモアのある日々を心がけてみませんか。
滑稽話は頭の回転と柔らかさを助長してくれる薬です。お医者さんの出す薬は薬害を伴いますが、特に古典の笑い話は心の健康を作り出す効能がることは科学や医学でも実証しているのはご存じだと思います。 
 落語から仏教を知り、関心を持つようにするのも一つの方法です。
外から出演の声?がかかるよう(ありえませんが)芸を磨いていきます。
もっとも本業は仏法を伝える僧侶、布教使であることは少しも揺るぎませんが…。今年もよろしくお願いします。

中原寺メール12/25

【前住職閑話】
この季節、華やかな趣向を凝らしたイルミネーションに人々は誘われて何処も賑やかです。
しかし、冬枯れの自然の光景は何とも言えない深さがあります。
すっかり枯れ葉を落とした丸裸の幹や枝ぶりのたくましさ、寒風に見上げる遠い青空の美しさ、夜空に輝く大三角をはじめとする星座群は、人間の作り出すどんなイルミネーションでも比較になりません。
 久しぶりに混雑を避けて3,5キロほどの駅からの家路を歩いて帰りました。
ところが今の道路は人の歩く道ではなく、車道であることに気づき腹立たしくなりました。人が通らなければならない端っこの狭い道はガタガタ、障害だらけのでこぼこで細心の注意を払わなければなりません。
 車いすや杖や目の不自由な方たちはとてもとても通れるような道ではありません。何がアベノミクスだ、何が経済効果だ、政治家の視線は結局人間疎外の社会を作り出しているのが現状ではないかと苦々しい思いになりました。
 モノのない貧しさは困るけれど、弱者を中心としない心の貧困の広がる社会は最も恐ろしいことです。
 やさしさのない人間社会は、また私たち一人ひとりの問題であります。
みんなが安心して自然を眺め、心の育みと豊かさを感じられる時代になってもらいたいものです。

中原寺メール5/28

【前住職閑話】~三国ってどこの国~
 歴史上の人物で、名前ぐらいは聞いたことはあってもよくは知らないという人は意外に多いですね。
 「三浦按針」(みうらあんじん)のことはご存知ですか?
先日の中原寺門徒旅行では、三浦按針ゆかりの寺、横須賀の浄土寺を参拝しました。
 三浦按針つまりイギリス人ウィリアム・アダムスはオランダの東洋遠征探検艦隊の航海士で1600年に大分県臼杵に漂着し、9日目大坂城で徳川家康に謁見、その後、天下人となった家康の外交顧問として徴用されるようになりました。その功績により、現在の横須賀市逸見に二百五十石の知行を授けられ領主となった日本で唯一の外国人サムライです。
 当時まだ世界の全容を知らなかった日本において、彼が家康に、持っていた世界の海図や辿った航路を示したことは、初めて世界というものを知った端緒になったようです。
 因みに「三国一の花嫁」という言葉がありますが、「この花嫁は世界一だ!」とのほめ言葉です。三国とは仏教が伝来した天竺(インド)、唐土(中国)、日本ですから、世界はこの三国しかないと思われていた時代だということです。
 三浦按針によって、やがて日本は広い世界を知り大きく羽ばたくことになっていったわけです。
 人間の精神界も「我」という小さな殻に捉われず、人間を超えた大きな広い世界に導き出されてこそ真に自由な生き方が生れてくるのです。
 「仏法は無我にて候ふ」。ここがほんとうのいのちが活動する世界です。

中原寺メール4/30

~【前住職閑話】~
 久しぶりにまとまった雨が降って、明日からはもう5月です。
いつのまにか青葉となった周囲の景色が心をしっとりとさせてくれます。
 4月のニュースのなかで、二つの事件が心に引っ掛かりました。
一つは北海道で海岸べりを散歩中の女性が飼い主から放たれた土佐犬に襲われかまれて水死したという痛ましい事件です。
飼い主の責任が厳しく問われなければなりません。そして直ちにその犬は殺処分されました。
 今一つは徘徊をしていた痴呆老人が電車にはねられ、ダイヤを乱した損害賠償は監督不十分の配偶者にあるという二審判決のニュースです。
 二つの事件から思うのは世法(人間が作った法)には常に矛盾があることです。
人を襲った土佐犬はなぜ殺処分されるのか?
人間が腹を満たすために牛や馬や鶏を屠殺するのはどうなのか?
 世法はあくまでも人間中心の見方です。
徘徊の痴呆老人にとって電車は凶器ではなかったのか?
営業利益は人の命より優先されるのか?
 世法は都合よく作られていて誰もが納得できるものではありません。
そんな世法の中で生きなければならない人生に光を与えてくれるのが仏法です。
仏法は人間が作ったものではない真理です。真理とはいかなるものにも通用するものです。
 親鸞聖人は「わたしどもはあらゆる煩悩(人間中心)をそなえた凡夫であり、この世は燃えさかる家のようにたちまちに移り変わる世界であって、すべてはむなしくいつわりで、真実といえるものは何一つない。その中にあって、ただ念仏(仏法)だけが真実なのである」とのお言葉をあらためて深く味わいました。

中原寺メール4/17

【前住職閑話】~ダライ・ラマ法王の手は柔らかい~

昨日はチベット仏教の最高指導者でノーベル平和賞のダライ・ラマ法王とごく間近に接する機会をいただきました。

港区芝にあるグランドホテルで曹洞宗教誨師連合会結成50周年があり、ダライ・ラマ法王の記念講演がありました。来賓として招かれた私の席が法王とわずか4メートルほどの近い障害物のない距離で話を聞くことができたことは幸運であり、終わって降壇されたときに法王の差しのべた手を握れたのは感激でした。慈悲の実践者にふさわしい柔らかい手でありました。

法王は世界各地を巡り、平和・非暴力・異なる宗教間の調和・地球規模での責任感・仏教の慈悲を伝えるメッセージを発信し続けています。また科学者との対話にも力を入れ、さらに中国によるチベットの仏教が迫害されている歴史の中で、法王の徹底した慈悲心の考えや行動に欧米では多くの人びとが関心をもって法王のもとに集まってくるそうです。

話の中で特に印象に残ったのは、常に70億人の一人であること。わが心の持ち方が怒りや敵を作る。因果の道理を知らない無智が平安(さとり)を妨げる。もろもろの事象には実体(それ自身によって存在するもの)がないので執われを持ってはならないこと、などでした。

しかしこれらの言葉の説く一つ一つは、言葉によって伝わるのではなく、語り手のすべてを包み込む柔和な人格によるものだと深く感じました。

よき人に出会い、よき言葉に出会った、仕合わせな恵みのひと時でした。

中原寺メール3/23

【前住職閑話】~受け継がれない淋しさ
 今の時代、受け継がれないものが非常に多くなりました。
その中でも一番淋しく感じるのは宗教心です。
「息子たちはどうなるかわかりません。信仰の強要はできないし、仕方ありません。時代は変わってきていますから…。」
こうした言葉をよく耳にするようになりました。一見次世代に引き継ぐことの困難さに苦労しているようですが、どうも言っている本人に納得いかないものがあります。
 なぜならばそういう本人に確固たる「宗教への姿勢」そのものが感じられないからです。「受け継ぐ」とは、まず子や孫に継いでほしいと思う親本人が信心をしっかりと身に受けているかどうかではないでしょうか。そのことが曖昧であったり自信がなければ受け継がれるはずはありません。
 浄土真宗にあっては理屈で伝えるよりも宗教的態度を大切にしてきました。具体的には三つの日々の行動です。その三つとは、身(からだ)と口(ことば)と意(こころ)です。これらを身・口・意の三業(さんごう)といいます。身には仏さまに手を合わす姿です。そして口にお念仏を称えることです。そしてこころに感謝の念を持つことです。
 これらの行為の中で一番大事にしたいのは、「なんまんだぶつ、なんまんだぶつ」とお念仏を申すことです。時をも言わず処をも嫌わず念仏申す声は、人の耳に必ず届きます。この声は仏さまの声だからどなたの耳にも自然に入り心の底にとどまります。
 もしあなたの中でどこかに引き継いだ宗教への感覚があるとしたらきっとお念仏の声ではなかったでしょうか。
 お念仏が受け継がれないのはお念仏の声が聞かれなくなったからです。

中原寺メール3/1

【前住職閑話】~どこかで春が

今日で2月も終わり。

今冬は2度も大雪に見舞われましたが自然界は着実に春を運んでくれています。

♪どこかで春が 生れてる

どこかで水がながれ出す

どこかでひばりが

ないている

どこかで芽の出る

音がする

お寺の境内の蕾いっぱいの梅の木もちらほらと花が咲きだしました。そんな風景を見ると心和んで、なつかしいわらべ歌を口ずさんでしまいます。

私たちの目にする光景は、なんでもそれを作り出している過程は見えないし気にとめません。土の中で根が張っていくすがた、バクテリアや水分や成分が関係しあって土壌を構成し、地上に幹が枝を、やがて蕾が花を咲かせるのです。

わが人生を支えているものはいつも目に見えないものですが、それを感じていく人にはおのずと感謝の念が湧いてきます。

いつも自分中心にしか考えられないのは平面思考の生き方です。常に世間の比較の中で自分の居場所を見つける生き方は、どこまでいっても安らぎを得られません。幸か不幸か、多いか少ないか、損か得か。

仏教は垂直思考の生き方を教えます。私を支えているものは何か、私に喚びかけ、願われているものは何か。自分が思う私ではなく、私の姿を教えてくれる大きな世界に出遇うと生き方が変わります。その大きな世界(仏)が小さな世界を生きる私の殻を砕いてくれます。

仏の慈悲の温もりによって生れ出る光の世界こそ、明るい人生に転じられるたしかな喜びがあります。

春の陽気に浮かれるのではなく、春風に仏の喚び声を聞きましょう。

中原寺メール1/24

【前住職閑話】~二つの多生の縁~

「袖振り合うも多生の縁」という有名な諺(ことわざ)があります。
「道で人と袖を触れあうようなちょっとしたことでも、前世からの因縁によるものだ」という意味ですが、ちょっとした出会いを大切にするひとがいるとほのぼのとした気分になります。
毎年1月の9日から16日まで京都の西本願寺で勤められる「ご正忌報恩講(宗祖親鸞聖人のお祥月命日)」に、今年もお参りいたしました。その折には国宝の書院で「お斉(とき)」のご接待があります。仏教では、「食事(じきじ)」と呼んで、午前10時から正午までの間に食事をする習わしがあり、このときに出る精進料理を「斉(とき)」といいます。
寒く薄暗い国宝の間で燗酒と朱塗りのお膳でいただく格式のある精進料理は格別な風情があります。私の隣りに座られた女性は始めてということで緊張されておられたところを私に声をかけてもらったことがとてもうれしかったようです。名刺の交換から本願寺系の女子大学の事務局長になられて間もない方でした。
しばしの間でしたが、その大学のことについて話題としながらお斉の時間を共にしましたことから、つい先日その人から丁寧なお礼の言葉を添えて大学のいろいろな資料やら記念コンサートのDVD等を送ってくれました。
まさしく「袖触り合うも多生の縁」を大切にするひとだなとあったかい気持ちになりました。
もう一つの「多生の縁」は昨日のことです。
お寺に来られる方はなるべく丁寧に応対しますが、その男性は礼儀正しく、名前と年齢を名のってから「だいぶん前に近くに住んでいたことがあり、高校生の頃祖父母に連れられてこのお寺に来た覚えがあるとのこと。今は九州のほうに一人住んでいていろいろな事情があって横浜の親戚に会うことになったが不在でここまで来てしまった。申し訳ないがカプセルホテルに泊まる少しの金を貸してもらえないか…」との事。
こちらの「袖振り合うも多生の縁」は、どうも後味の悪い出会いでした。