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重症薬疹の講演

先日、浦安皮膚臨床懇話会で重症薬物アレルギーの講演がありました。講師は横浜市大の相原道子病院長でした。
挨拶で、高森先生が述べられたように、招聘をお願いしてから2年越しの講演とのことで、全国的な要職もこなされいかに忙しい人かが納得でした。
講演の後の質疑応答がまた多く色々な質問が延々と続き、「この会は凄い会ですね。」と講師がびっくりするほどで、高森先生がこの続きは情報交換会で、と打ち切りました。小生も色々と聞きたいこともありましたが、現役の薬疹治療に携わっている先生方のホットな討論の中では口を挟むのも躊躇してしまいました。
色々なことを教わり、理解しようと思いましたが、実際にその臨床現場に立ち会わず耳学問なのでよく解らずもやもや感が残りました。
盛りだくさんな中で、討論にもでてきた薬疹とウイルスの関連は特に今一自分のなかで解らない部分でした。
後で当日のメモと記憶を辿りつつ、教本を見直して疑問点を整理してみました。
【重症薬疹の発症機序】
一般に重症薬疹といえば、スティーブンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnson syndrome:SJS )、中毒性表皮壊死症(toxic epidermal necrolysis:TEN)、薬剤性過敏症症候群(drug-induced hypersensitivity syndrome:DIHS)が挙げられます。即時型ではアナフィラキシーも含まれますが、今回はSJS,TEN,DIHSに話を絞ってみます。
SJS/TENとDIHSは臨床症状的にもかなり離れたものなので、分けてみる方がよいかと思います。
SJSは多形紅斑が広範囲にでき、眼や口腔粘膜などのびらん・潰瘍、および発熱などの全身症状を伴うもので、TENは加えて全身にびらん・水疱・表皮剥離を形成するより重症の薬疹です。
この両者の発症機序には薬剤を外来抗原とした免疫反応が関与していることが想定されます。薬剤は非常に小さい分子なので生体内の蛋白質と結合しハプテン抗原として働いていると考えられます。
最近の研究では特定のHLA(主要組織適合抗原)を持つ人に特定の薬剤アレルギーが高頻度に発症することが分かってきました。その最たるものがHLA-B*15:02を持つ漢民族の人のカルバマゼピンのSJSの薬疹で、その発症頻度がそれを持たない人の2500倍高頻度に起こることが明らかになりました。台湾では事前にそれをチェックすることによりこの薬疹を激減させることができたといいます。ただ人種差は大きく、日本人でこのHLAは0.1%以下です。
SJS/TENでは細胞傷害性T細胞(CD8+)が主に表皮細胞をターゲットとして働き、CD4+細胞が補助として働くと考えられます。それ以外にもNK細胞や制御性T細胞(Treg)の関与も考えられています。重症化しない多形紅斑ではTregの機能は保たれていますが、SJS/TENではTregの機能異常がありCD8+細胞の細胞傷害性を抑制できずに重症化すると考えられています。
浸潤細胞がどのような細胞死誘導因子を誘導し、広範な表皮壊死をおこしているかについては明確な結論は得られていないようです。種々の可溶性因子が細胞のアポトーシスやネクロプトーシス(プログラム化されたネクローシス)をおこすとされますが、今後の研究段階のようです。
DIHSについてはその臨床経過の特徴とヘルペスウイルスの再活性化が特徴です。
🔷DIHSの発症機序(ウイルス再活性化の機序)
DIHSにおけるヘルペスウイルスの再活性化が明らかにされてからすでに20年経っています。その臨床経過、検査データの異常、推移は詳らかにされていますが、薬疹の発生からウイルス活性化に至る機序、病態への関与の全貌はなお明らかではありません。
当然、薬剤の侵入を契機として、生体内で免疫反応が起き、潜伏感染しているヘルペスウイルスが再び増殖して病像を複雑化させ、遷延化させている訳ですが、詳細な生体内反応、免疫反応の理論解明は未だしです。
ただ、塩原らは実験データや、DIHSの特徴的な臨床経過から次のように考えています。
 SJS/TENではTreg(regulatory T細胞)の機能不全が起こっており、エフェクターT細胞の過剰な活性化が表皮壊死に繋がっていますが、DIHSでは急性期はTregが逆に著明に増加しています。その中でも免疫反応の抑制力の高いinduced Treg(iTreg)が著明に増加しているといいます。Tregの増加はウイルス特異的なT細胞の活性化やB細胞やNK細胞の機能発現を抑制する結果、潜伏するウイルスのさらなる再活性化をもたらします。この間はDLSTも陰性となります。一方慢性期、回復期になるとTregの頻度,機能は健常人を下回るまでに低下し、これと反比例するようにTh17細胞が増加したそうです。この回復期のTreg/Th17のバランスのくずれは、この時期にみられる自己免疫疾患の発症を説明可能です。HHV-6は単球に潜伏感染し、活性化T細胞に感染することがその増殖に必要です。単球の中の分画のpMOs(proinflammatory or patorolling monocyte)はSJS/TENで表皮を傷害することで注目されてきましたが、DIHSにおいて急性期にはpMOsが特異的に消失することが明らかになりました。逆に回復期にはpMosも急速に回復していました。塩原らはpMos,cMosの変化がTregのダイナミックな変化をもたらし、DIHSの免疫異常をうまく説明できるとしています。(この項、当ブログの薬剤性過敏症症候群より再掲)また最近はTh2サイトカインであるTARCやIL-5、好酸球などの産生亢進がみられることよりTh2細胞の活性化が病態に大きく関与していると考えられています。
このように重症薬疹の免疫学的な病態機序の解明は飛躍的に進んできたようですが、ではなぜ同じ薬剤が違った免疫動態をとり、異なる薬疹となるのかは分からないとのことです。またHLAにしても全てがそれで同じ病態をとるわけでもなく、重症薬疹の一つの大きな要因との位置づけのようです。
【薬疹とウイルス】
これらのいずれの薬疹にもウイルス感染症は関与します。ではそのウイルスと薬疹の関係はどうなのか、病因や免疫学的な繋がりはどうなっているのかは解明されていないようです。ヘルペスウイルス(HHV-6)の再活性化がクローズアップされたDIHSにしてもそれが、病因にどのように関与しているかも明確ではありません。HHV-6だけではなく、サイトメガロウイルスやEBウイルスなどその他のヘルペスウイルス群の再活性化もみられています。海外(特にフランス)ではDRESS(drug reaction with eosinophilia and systemic symptoms)のほうがよく用いられていて、ウイルスの再活性化についても病因かT細胞性組織傷害の結果か未だ明らかではないといったスタンスのようです。
長年この命題に取り組んできた塩原哲夫先生の説は十分に説得力があります。
「我々はステロイドのパルスが奏功すると薬疹だったと思い込みがちだが、ウイルス性発疹、薬疹、GVHDを本当に鑑別できているわけではないことも理解しておくべきなのである。極端なことをいえば、麻疹の発疹でさえも、投与している薬剤の関与が全くないと言いきれないし、典型的な薬疹といえども基盤にウイルス感染(あるいはマイコプラズマ感染)がある可能性は否定できないのである。薬疹/ウイルス性発疹症候群のスペクトラムの中で、両極端のもののみが典型的な薬疹あるいはウイルス性発疹と考えるべきではないかと思うのである。」
「ウイルス(ヘルペスウイルス)に特異的に反応するT細胞が薬剤と交差反応すれば薬疹となり、アロ抗原と反応すればGVHDになるのではないかとの仮説を提唱しているが、これはまだ仮説の段階にとどまっている。しかしウイルス抗原と薬剤の関連を示唆する状況証拠は増え続けており、直接的証明がなされる日も近いと考えている。」
また当日も話題になったヘルペス、マイコプラズマによるSJSの眼、口腔内の症状ですが、発症の機序の複雑さを物語っていました。特に小児におけるSJS発症にはマイコプラズマ感染症が誘因となるとの報告が多いですが、遺伝子素因のある人に微生物感染が生じると(MRSA,MRSEなどの二次感染が多い)、異常な自然免疫応答が生じて、その上に感冒薬などが加わって異常な免疫応答がさらに助長されることが想定されています。マイコプラズマ感染では1年以上もの長期間に亘っTregの機能は低下し続けるのでSJS/TENが生じ易い状況があるのではと考えられています。

当日は、重症薬疹の治療法の進歩により、近年死亡率が格段に低下してきたことも話されました。ただ、ベースとなるステロイド剤の使用方法、量、漸減方法などは個別の症例によって異なること、また専門家の間にも若干の意見の違いもあることなども述べられました。治療はIVIG療法、血漿交換療法など格段に進歩しているので、実地医家としては早期に症状の見極めをして専門病院へコンサルトし、手遅れにしないことかと思われました。
この他に、新しく登場してきた薬剤による薬疹、周術期アナフィラキシーの話題もありましたが、さらに長くなるので割愛します。

参考文献

薬疹の診断と治療 アップデート 重症薬疹を中心に 塩原哲夫 編 医薬ジャーナル社 2016

満屋先生のこと

前回皮膚科学会ではエイズの講演はとんとないようなことを書きましたが、近日開催された東京支部総会(千葉大学松江弘之教授 会頭)では、満屋裕明先生の特別講演がありました。これは聴かねばなるまいと思い、同時間に別会場で重なってしまった「ハンズオンセミナー プリックテストを極めよう」の講習予約を取り消して聴講しました。
こんなにも著名なノーベル賞クラスの先生のまたとない演者の講演のわりには広い会場は空席が目立ちました。しかし満屋先生の講演は聴衆に感銘をあたえるものでした。
      HIV感染症とAIDSに対する治療薬の研究開発ーーAIDS IS LOSINGーー

講演が終わってから満屋裕明とはどういう人でどのような経緯でAZTを発見したのか興味があり、調べていたら
      エイズ治療薬を発見した男 満屋裕明(文春文庫)堀田佳男
       『MIYSUYA–エイズ治療薬を発見した男』(旬報社)(1999年)の単行本を文庫化したもの
という本がネットでみつかり、読んでみました。この本は著者が1987年に米国NIHで満屋先生にインタビューを始めてから長きに亘って取材を重ねた本で研究開発の経緯、その周辺の社会的な、製薬会社の商売的な側面も書かれていて、講演で満屋先生が話された純粋に医学的な面と共に当日話されなかった先生の栄光と苦悩の歴史の一端を知ることのできる本でした。今回の講演とこの本をネタに知りえたことを物語風に書いてみたいと思います。
(満屋先生は多く出てきますので、満屋と書いて敬称は省略します。)
1950年 長崎県佐世保市 出身
1969年 熊本大学医学部 入学
1975年 熊本大学第2内科 入局 岸本 進 教授 免疫 老化が専門
共済組合中央病院、熊本大学で原発性免疫不全症の研究
1981年 岸本先生が阪大第3内科教授へ転任
1982年10月 岸本教授が米国NCI(国立ガン研究所)のトム・ウォルドマンに依頼し、その下のラボ・チーフのサミュエル・ブローダーを推薦され渡米。
1983年 成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-1)が手にいるようになり、ウイルス感染で引き起こされる免疫不全の研究にシフトする。
1984年春 サミュエル・ブローダーからエイズの研究の打診。当時はウイルスが発見されたばかりでばたばたと患者の死亡が続き、誰もが研究を躊躇していた。同じNIHにウイルスを発見したギャロのラボがあり(実はフランスのモンタニエのラボからのウイルスと後に判明するのだが)簡単にウイルスを入手できた。
満屋はすでに熊本時代に成人T細胞白血病の研究、実験、臨床の経験があったこと(返り血を浴びても伝染しなかった)、エイズの診療に当たっていた医療人に伝染したということは聞いていなかったこと、T細胞のストックを持っていたこと、誰もがやらなければ現に蔓延しつつある「現代のペスト」ともいわれた病気に誰かが立ち向かわなければならないという使命感(少しの功名心)などが満屋を研究へと向かわせた。また妻の後押しも手伝ったという。
研究は順調だったわけではない。ボスは指示はするが、ラボのある13階には日に数回顔を出すだけ、事務員や研究員は感染を恐れて自分らの前での実験を拒否、夜間別棟のギャロのラボで実験をはじめる。ブローダーは数か月でこの研究から手を引こうかと満屋に打診するも満屋は続行。その頃満屋はヘルパーTリンパ球のクローンをもっており大量に培養・増殖できた。それを用いて抗ウイルス薬を探し出すシステムができないかと作業仮説を思案していたところだった。そしてリンパ球の挙動にも個体差があった。「金沢大学からきていた谷内江先生から採血して取り出したヘルパーTリンパ球がよく増えたんです。そしてエイズウイルスにかけるとよく死ぬことがわかった。というより谷内江先生の血液でないとうまくいかなかった。」
1984年7月 バイエル製薬が1920年に開発したツェツェバエによる眠り病の特効薬スラミンがマウスのレトロウイルスにも効果があることが分かっていた(1979)。それをヘルパーT細胞に感染させたHIVウイルスに投与したところ、試験管内でウイルス抑制効果があることを世界で初めて実証した。
残念ながらスラミンの臨床治験では効果がなく、肝腎機能異常のために打ち切りとなってしまった。
当時の製薬業界はエイズの感染を恐れて、また患者数が3000人程度だったためにうま味を感じずに積極的に治療薬の研究には乗り出してこなかった。
ウイルス治療薬の開発・研究に強い1社(B-W社)だけがブローダーの誘いに応じた。そして可能性のある薬剤を送ってきたが、会社に所有権があるために、その正体は明かされていなかった。
年末、それまで使用してきた谷内江明宏(やちえあきひろ、金沢大学から来ていた留学生)からとったヘルパーT細胞の増殖がにぶくなり、実験に支障をきたしつつあった。細胞そのものの老化と考えられた。ここで、成人型T細胞白血病ウイルスに感染させたヘルパーT細胞を使用してみた。その細胞は正常細胞より簡単にエイズウイルスに感染した。
それを使用することで、新たなT細胞の材料を見出した。その細胞に満屋は「ATH8」という名前を付けた。「A」は谷内江の頭文字、「T」はテタノストキソイド(破傷風毒素)、「H」はHTLV-1(成人T細胞白血病ウイルス)の頭文字からそれぞれ取った。「8」は8番目に得た細胞群を意味している。
ひとつの試験管内のヘルパーT細胞とHIVの比率は20万個対100万個、1:5が最適であった。満屋の実験方法ではこれらを混ぜて1週間程度培養すれば試験管の底のペレット(細胞集塊)の様子を肉眼で見るだけで、薬剤の効果が判定できる簡便かつ超速の優れものだった。
1985年2月、B-W社からコード名「S」という薬剤が送付されてきた。1週間後その薬剤を加えた試験管ではHIVを加えたT細胞が死なずに生きていた。同社は他の研究室にも薬剤を送付していたが、その効果は判定できずにいた。満屋のみが初めてその薬剤の効果を発見した。後にそれはアジドチミジン(AZT)という20年も前に抗がん剤として合成された古い薬であることが明らかにされた。有機化学者のジェローム・ホーウィッツがサケとニシンの精子から抽出したチミジン誘導体だったが、抗がん剤としては効き目なく日の目を見ないでいた薬剤であった。1978年同剤がマウスのレトロウイルスの増殖を阻止することが分かったていた。それで同社が送ってきたものだった。効果が分かったあとでも同社はウイルス感染を恐れて検体の受け取りを拒否し、そちらで実験するようにいった。
その後も満屋は第2、第3の薬剤を見出すべく、日本の生化学の教科書(山村雄一 著)を元にアイデアを考え続け、DNAチェーンターミネーター(ジデオキシヌクレオシド系)が効くのではないかと閃いたという。ddA, ddC, ddG, ddI, ddTを検討し始めた。
1985年7月 AZTの臨床治験がFDAで認可された。異例ともいえる超速の速さであった。いかにこの薬剤が切望されていたかが分かる。治験ではAZTの強い骨髄抑制などの副作用がみられたものの、偽薬との比較で明らかな死亡者数の差、免疫力回復の差がでた。FDAは24週の治験予定を16週で打ち切った。偽薬グループの死者は19名だったのに対し、AZT投与群の死亡者は1名のみであった。これ以上治験を続けるのは非人道的という結論だった。治験薬が効くという理由で臨床治験が中断された前例はなかった。
1985年10月 満屋 PNASにAZTの試験管内での抗HIV効果を報告。
1986年9月から翌年3月まで認可前にAZTが全米のエイズ患者に無料配布された。
1987年 B-Z社はAZTの認可により巨額の利益を見込んでいた。患者は4万人を越え、死者はすでに2万3千人に達していた。
同年3月AZTがFDAよりエイズ治療薬として認可された。薬価は高額で1年間服用すると1万ドルに達した。
FDAの会見ではブローダー、NCI, B-W社、FDA職員の名前を出して米国政府を賞賛したが満屋の名前は一切でなかった。
無料配布されていた患者の多くは薬価の高額さに薬剤を十分に買えないという状況に陥った。満屋やブローダーは唖然としたという。
さらに、B-W社は本社の英国と米国特許庁にもAZTの発明特許を申請するが、発明者は社内の人間のみでそこには満屋、ブローダーなどの名前は一切なく彼らには内密にしていた。一旦米国特許庁に却下されたが、繰り返しの申請の末ついに会社は特許を手に入れた。
ニューヨークタイムズもラルフ・ネーダーの「パブリック・シチズン」、後発のカナダの製薬会社などがこの特許の無効性、法外な薬価の高さなどに異論を唱え訴訟を起こした。米国政府機関であるNIHでの仕事であったので、政府も民間の会社とは対峙すべきであった。しかし米国政府は動かなかった。そして米国の司法(B-W社のあるノースカロライナの地方裁判所)はこれを却下した。B-W社は巨額の資金を使って辣腕の弁護士を雇い、訴訟に勝訴した。満屋は裁判所から証人喚問されたりもした。2万5千ページにも亘る資料の提出を求めてきたが、それでも裁判に非協力的であると糾弾された。当然医学者の満屋に特許の知識が長けているわけではなかった。素人的に考えれば、満屋が発明したのは紛れもない事実だが、会社はすでに抗ウイルス効果は知っていて、AZTのエイズウイルスへの効果を発案したのは会社であり単に満屋はそれを追試しただけ、との言い分のようである。しかも彼の行動は冒険主義であるとされた。ためにする詭弁としか思えない。しかしそれが米国の裁判では通ったのである。
この本の著者の堀田は書いている。
「96年1月16日、最高裁も控訴を棄却した。それにより、満屋の名前がアメリカの特許に共同発明者として名を連ねる機会は、無くなった。それは平等と公正を基礎にした民主主義を実践しているはずのアメリカが、ひとつの「発明」を殺した瞬間であった。」と。
1991年 ddI(ジダノシン)が新薬の認可をうけた。
1992年 ddC(ザルシタビン)が新薬の認可をうけた。 今度は満屋は両薬の特許を手にした。 これによってAZTの市場での独占は崩れた。しかしそれまでにB-W社は10億ドル以上の売上をあげていた。
1997年 母校熊本大学の第2内科教授に迎えられる。
2003年 プロテアーゼ阻害剤の「ダルナビル」を発見 アラン・ゴーシュ教授との共同研究
2006年 FDAがダルナビルを新薬として認可、日本の厚労省も翌年認可。米国はアフリカなどに特許料なしで使用できるようにした。(特許無償委譲)。これは満屋が望んでいたことだった。
2015年 世界のHIV患者 3500万人  年間150万人のエイズ患者が死亡
2015年 日本学士院賞を受賞
2018年 「EFdA」という逆転写酵素阻害剤の研究開発中 抗ウイルス活性はAZTの400倍以上
後に満屋は述懐している。
「AZTを飲まなかったことで何百、何千という患者さんが死んだのです」
「そういうときに研究者が取り得る道というのは、第二、第三の薬を開発することなんです。研究を通じて戦うことだけ。それ以外、製薬会社に報復する手はない」「そして思ったのはザマーみろ、ということでした。」とインタビューで答えていたのはさんざん満屋をないがしろにした製薬会社へのせめてもの控えめな反論かと思いました。

当日の講演の終わりに現在のエイズの治療の進歩によって、エイズはすでに現在の黒死病ではなく、天寿を全うできる慢性病にまでなったと。AIDS is losing. そしてあと10年、自分はまだまだ治療薬がない疾患、例えば成人T細胞白血病、B型肝炎ウイルスの治療薬の開発に情熱を捧げたいと述懐されていました。これ程の業績をあげながら、まだまだ新たな夢に邁進するその情熱はどこから湧き出てくるのか、ただただ恐れ入り仰ぎ見る思いでした。
またさらに、プルーストの箴言を引用されました。
「真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目でみることなのだ。」
そして、常に愚直に問題の現場にいること、という現場主義の大切さを述べていました。
Stay Hungry Stay Foolish
これは若い医学者に向けたメッセージでしょうか。
講演の座長の山梨大学の島田教授は若かりし頃、NIHで共に過ごした思い出を述べ、長年サポーターとして付き合ってきたこと、また特許無償提供は山梨大学のノーベル賞の大村先生を思い起こすと述べられたことが印象的でした。まさに日本人の優れた倫理観を体現する人々だと思いました。

エイズの歴史において忘れてはならない先生であることを再認識したことでした。

エイズは今

今年の秋のEADVの講演の中でAIDSの治療についてのレビューがありました。普段皮膚科の講演会でエイズについての治療の演題など(多分)なく、セミナリーでも皮膚科関連の皮疹の解説であったり、梅毒との関連の講演が主でした。皮膚科医は診断には関わっても、治療は感染症専門家に依頼して自らは治療に携わってはいないと思います。
小生は最近のエイズ事情には疎く、ほぼ素人同然ですが、死に至る恐い病気と思っていたのが、近年の治療の進歩で慢性の病気で治療はずっと必要だが死に至る病ではなくなったという現実に驚き、目から鱗の感じでした。
それで一寸帰国後気になっていたところでした。
たまたま目にした皮膚病診療10月号のトピックスが独立行政法人国立病院機構大阪医療センターHIV/AIDS先端医療開発センター長の白阪琢磨先生の寄稿【「エイズ診療」について】でした。それにそって書いてみようと考えました。

エイズは梅毒の近年の爆発的ともいえる都市部の増加に伴って増加が危惧されてはいます。しかし、絶対数は日本ではまだ諸外国と比べて少なく一般社会での危機感、感心はそれ程高くはないように思われます。
しかしながら、たまたまでしょうが、このところエイズに関わる話題がにわかに多く報道されるようになりました。
真偽のほどは分かりませんが、AV女優にHIV陽性者がでて、業界の男優がパニックに陥ったとか。
また映画ボヘミアン・ラプソディーが大ヒットとなり、往年のクイーンのフレディ・マーキュリーが再び俄かに脚光を浴びてきたことで、エイズへの関心も高まってきた(?)こと。
さらに近日はあろうことか、中国からエイズになりにくい遺伝子を受精卵に導入しゲノム編集した双子の女児を誕生させたニュースまで飛び込んできました。(これも実は虚偽だと否定する報道もありますが)
ことほど左様にこのところエイズの話題はさかんです。今はネットをみると週刊誌的な興味本位の記事から厚労省の専門的、学術的な啓蒙記事まで情報が満ちあふれています。
小生がわざわざここに専門記事を書き写す必要もないでしょうが、一般の人は膨大な情報の洪水の中で何が本当の処か、つかみにくいのではないでしょうか。
それでここではエイズがウイルス疾患で性行為や血液などを介して伝染する病気だ程度の認識しかない人を想定して概要を書いてみます。ただ、免疫だの遺伝子だの専門外の医師ではなかなかついていけない部分もあるなかでは、一般の人には一寸読む気にもならないかもしれません。ただAIDSの歴史、現況だけは読み物として頭に入ってくると思います。
【AIDSの歴史】
1920年頃 アフリカコンゴの首都Kinshasa市でチンパンジーのレトロウイルスがヒトに伝染し、HIVが誕生したと現在では信じられている。
1981年 米国ロサンゼルスで元々元気であった若いゲイ男性5人がニューモシスティス肺炎という稀な普通免疫の低下した人が罹る肺炎に罹患したという報告がなされた。
同時期ニューヨークやカリフォルニア州の男性達にKaposi肉腫の発生が報告、次いで薬物注射常用者にもニューモシスティス肺炎が報告。
NEJM誌に米国大都市のゲイ男性に原因不明の免疫不全の集団発生があり、血中のCD4リンパ球数の著減が指摘された。感染症、栄養、薬剤などの原因が推定されたが確定されなかった。
1982年 共通の原因として性的接触が指摘されたが、その後血友病患者やハイチ人の発症もあり、米国疾病予防管理センター(CDC)がこの疾患を後天性免疫不全症候群(acquired immune deficiency syndrome: AIDS)と命名した。
1983年 男性患者のパートナーの女性でもエイズの発症が報告された。フランスのパスツール研究所、ついで翌年に米国で病原体としてレトロウイルスが発見された。
年末までにエイズ報告者は3000人を超え、うち1300人が死亡した。
1984には薬物注射を避け、注射針の共用を避ける勧告をした。年末までに約8000人の報告があり、うち4000名弱が死亡した。
1985年 米国食品医薬品局(FDA)はHIVの抗体検査(ELISA)を承認した。米国の映画俳優ロック・ハドソンがエイズで死亡した。彼の遺産が米国エイズ研究財団の設立基金となった。年末までに全世界から患者の報告があり、総数は2万人を超えた。
1985年 満屋裕明博士が世界で初めて抗HIV薬AZVの有効性を発見した。
1987年 AZVが臨床の場で認可されて、同剤の延命効果が証明されたが、副作用は強く、効果は限定的であった。
1996年 三者併用療法(highly active anti-retroviral therapy: HAART 現在のART)の劇的な効果が報告された。
HIVのウイルス量をRT-PCRで測定できるようになった。
2007年 世界初のHIVインテグラーゼ阻害薬であるラルテグラビルが承認された。

【HIVとAIDS】
HIVはhuman immunodeficiency virusの頭文字でエイズの病原体ウイルスのことです。レトロウイルス科レンチウイルス亜科に属し、HIV-1,HIV-2がありますが、世界に蔓延しているのはHIV-1です。それぞれの起源はチンパンジーとマカク、マンガペイなどの猿(霊長類)に感染していたウイルスに分かれるそうです。
HIVに感染すると(1)急性感染 (2)無症候性キャリア (3)AIDS発症 の3期の経過をとります。
(1)急性感染
HIVに感染すると、1ヶ月前後で約7割にウイルス血症に基づく感冒様症状が発生します。ただこれは未治療でも自然に軽快し次の無症候性キャリアの時期にはいっていきます。HIV感染初期には血液検査をしてもまだ結果が陰性となり、感染していることが分からない時期があります。これをウインドウ期と呼び、感染機会から約4週間といわれます。この時期を過ぎると血液中にHIVに対する抗体を検出できるようになります。そのため保健所などでは感染が気になる機会から3か月後の検査を推奨しています。このウイルスは性行為、血液媒介、母子感染で伝染するので、それ以外の例えば汗、唾液、公衆トイレ、プール、温泉などでは伝染しません。
HIVは多くは傷のある皮膚・粘膜から侵入していきますが、その際皮膚の樹状細胞やランゲルハンス細胞がHIVの初期の免疫応答、侵入、防御に重要な役割をもっていることが明らかになってきました。それを活用した治療、さらには予防薬も検討されています。倫理的側面は別として、今回の中国でのHIVに感染しにくい遺伝子導入によるゲノム編集ベビーの誕生もこの理論を応用したものかと思います。
(2)無症候性キャリア
この時期は無症状ですが、リンパ組織を中心にHIV感染による免疫能の障害が進行し、CD4の値は緩やかに低下し続けます。未治療だと約10年の潜伏期間ののち大半がエイズを発症します。近年は発症までの期間が短くなっている可能性も示唆されています。
(3)エイズ発症
CD4陽性リンパ球が200/μlを下回るころから種々の日和見感染症を呈するようになってきます。厚労省エイズ動向委員会の定めるエイズ指標23疾患に該当するとエイズと診断されます。ART療法が行われない場合は発症から約2年で死亡するとされます。
指標疾患(indicator disease)の概略を示しますが、皮膚科に関連する疾患も多く、診断のきっかけになる場合もあります(いわゆる”いきなりエイズ”)。概して普通の疾患よりも重症だったり、何か定型的でない場合が多いようです。
A.真菌症・・・食道・肺カンジダ症、ニューモシスティス肺炎など
B.原虫症・・・トキソプラズマ脳症など
C.細菌感染症・・・、肺結核、敗血症など
D.ウイルス感染症・・・サイトメガロウイルス、単純ヘルペス、帯状疱疹、伝染性軟属腫、陰部の疣贅、ポリオーマウイルス感染など
E.腫瘍・・・カポジ肉腫、非ホジキンリンパ腫、子宮頸がんなど
F.その他・・・反復性肺炎、間質性肺炎、HIV脳症、全身衰弱など
【治療】
1987年 米国で満屋裕明博士が世界初の抗HIV薬AZT(アジドチミジン)を開発しました。その後ddC,ddI,3TCなどの逆転写酵素阻害薬も開発されましたが、臨床効果は限定的でした。
1995年 サキナビル、リトナビル、インジナビルというHIVのプロテアーゼ阻害薬を含む三者併用療法(highly active anti-retroviral therapy: HAART)が承認されました。
1996年 RT-PCR法でウイルス量が計測できるようになりました。
2007年にはHIVインテグラーゼ阻害薬であるラルテグラビルが承認されました。
現在では、逆転写酵素阻害薬(核酸系、非核酸系)、プロテアーゼ阻害薬、インテグラーゼ阻害薬、侵入阻害薬の5クラスの抗HIV薬をガイドラインに従い、組み合わせ多剤併用療法が行われています。以前はCD4陽性リンパ球の低下をみて治療を開始する考えもありましたが、近年は治療薬の進歩もあり、副作用も少なく、早期治療の様々な利点が明らかになり、できるだけ早期の治療が推奨されています。
(但し、CD4数が500/μLより多い場合は医療費助成制度を使えない可能性もあるとのことです。)
ART療法の導入によって今やエイズの生命予後は飛躍的に改善され、もはや致死的な疾患ではなくなり、慢性疾患と呼ばれるまでになりQOLも大きく改善してきました。内服をすることによって他への感染を防止しうるまでになりました。しかしながら日和見感染症や悪性腫瘍のリスクは高く、抗HIV薬は一生飲み続けていくことになります。また近年は慢性例で軽度の認知症例が増加傾向にあり問題になっています。HIV関連神経認知障害(HIV Associated Neurocogenitive Dysfunction: HAND)とよばれます。きちっと内服を続けていた人が飲み忘れたり、いい加減になったりしたらこれを疑う必要があるそうです。
HIV治療法は年々進歩をとげ、現在では1日1回1錠の投与も可能になり、これからは1か月に1回の注射、1週間に1回1錠の内服でも可能になる治療法も期待されているそうです。

国内の現況を下の図でみると、ここ数年新規HIV感染者の数は横ばいのようです。しかし特に都市部での新規梅毒患者の発生数は爆発的ともいえるほどの増加傾向を示しています。梅毒などの性感染症に罹ると、HIV感染のリスクも数倍に増えるといわれていますので、本邦のHIV感染の増加が懸念されています。それに日本では症状が出て初めてエイズと診断されるいわゆる「いきなりエイズ」の患者さんが多いといわれています。それはすなわち本人はそれまでHIV陽性と全く気づいていなかったということです。日本人のHIV陽性者は実際は報告例よりもかなり多いとされています。性感染症に罹ったことのある人、懸念のある人は積極的にHIV検査を受けておいた方がよいでしょう。
【予防】
現在のエイズ治療はさらに進歩して、予防投与、感染初期の投与まで検討されるまでになりました。(曝露前予防投与,、曝露後予防投与)。無論予防には性交渉時のコンドームの使用が大前提ですが、ART療法によって血中ウイルス量が200コピー/ml未満とHIV未感染のカップルでは、コンドーム無しでの性交渉で感染を予防できうる報告までもなされるようになってきました.

 

斎藤 万寿吉 新興再興感染症の現状とその防御 梅毒とHIV/AIDS  日皮会誌 127:1523-1531,2017

白阪 琢磨 「エイズ診療」について 皮膚病診療:40(10);974~982,2018

タイトジャンクション物語

近着の皮膚病診療に 追悼 橋本 健 先生  橋本 健先生の「声」へのお返事:横内麻里子 久保 亮治
という記事がありました。
「皮膚バリア、最近の進歩ーケルビン14面体モデルー」(皮膚病診療:39(8);808~813,2017)への橋本先生の質問の回答でしたが、橋本先生はその後お亡くなりになったため、同誌編集委員長の斉藤隆三先生が橋本先生の奥様の了承のもとに掲載された追悼文を含めた記事でした。

 ケルビン14面体モデルによるタイトジャンクション(TJ)構造、ターンオーバーの機構の解明は横内先生の皆見賞受賞となり、当ブログでも取り上げています。(2017.6.29)。また久保先生のTJを含む皮膚バリアの総説も取り上げました。(2016.3.27)
それで、その機構については簡単に触れるに留めます。表皮は角層の下に3層の顆粒層があります。顆粒層の細胞を外側からSG1,SG2,SG3と名付けるとTJはSG2同志が接着する面の上側(apical)に存在します。
橋本先生の質問は著者(横内ら)がみたZO-1(TJ裏打ち蛋白質)の角質細胞の形態は私(橋本)がかつて報告した電顕の所見と同一であり、辺縁に二重にみられた線は重層した上の細胞の圧痕ではないか、特にZO-1が共存してもしなくても形態的な構造ではないか、という主旨のもののようでした。著者らは数十年も前に明確かつ子細な電顕構造を指摘し、角層下の顆粒層に’tight’な細胞間接着構造があり、そこに物質の浸透をブロックするバリア構造があると結論付けされた橋本先生の先見の明に敬意を表しつつも、細胞が垂直に重なった圧痕ではうまくTJの分化が進んでいかない理由も述べています。
著者らはTJの研究の歴史について、古くは19世紀末のケルビン卿の14面体の提唱、1976年のAllenとPottenの角層細胞の14面体形態の報告、1986年ZO-1、1993年occludin、1998年claudin-1というTJ蛋白の発見がありこの分野のサイエンスが進歩し、その積み重ねの上に得られた結果であることを述べています。

橋本先生は電子顕微鏡の分野では世界的大家で、我々が学んだLEVERの皮膚病理組織の教本の電顕部分は橋本先生が担当されました。長年米国で活躍され、お弟子さん達も日本から多く先生の許へ留学されました。小生がかつてミシガン大学に短期間いた時に先生はデトロイトのウエイン・ステート大学皮膚科のチェアマンでした。ある時ミシガンとウエイン・ステートの合同研究会があり、そこで堂々と講演されたり、米国人と対等に討議されている様を間近にみて、古武士のような風格を感じたことがありました。日本人でもすごい人がいるものだと感嘆したことでした。お宅にお邪魔した時は、しかしにこやかで(緊張して何を話したか覚えていませんが)、立派な邸宅のフカフカした絨毯に日本の住宅事情との違いに驚いたことを覚えています。この投稿をみるとお亡くなりになる直前まで現役として研究されていたということになります。偉大な皮膚科学者に哀悼の意を表します。

もう一人、忘れてはならない人がいます。かつて講演で久保先生が自分の生涯の恩師であると話された月田承一郎先生のことです。どんな人かどんなことをした人なのか気になって先生の本をもとめました。
「若い研究者へ遺すメッセージ 小さな小さなクローディン発見物語」という確かにわずかに93頁の小本でした。しかし中身は凄い、小さなどころか、偉大な本でした。早逝(52歳だけどそうといってもいいか)した天才の研究に捧げた人生のエッセンスが凝縮したものを割と淡々と記した本でした。表紙の帯には「亡くなるひと月前に遺した渾身の書下ろし」とありました。
灘高、東大出のエリートながら立身出世ではなく純粋に科学を愛し、同じ研究者である奥様と共に、タイトジャンクションの命題を解決していった経過が書かれていました。当時大変な流行になっていた細胞間接着分子カドヘリンの周辺を研究のターゲットにしたといいます。細胞の接着複合体(小腸上皮)はアピカル面からtight junction, adherens junction (cadherin), desmosomeがみられることが分かっていました。皆が「カドヘリン山」を目指すのならば、人も金もない貧乏旅団ならば、一ひねり二ひねりしないと目立った研究は出来ないと考え、「単離接着装置」をラットの肝臓から得て、「カドヘリン山」からはずれた分団の蛋白質群の解析に向かったそうです。そこでみつかった分子量220KDの抗原がカドヘリンの裏打ち蛋白質と想定していたところ、実はcDNAを単離してみたらZO-1と同一なことが分かったそうです。ここにTJの裏打ち蛋白質であるZO-1が沢山あるなら、この分画はTJの研究にも使えるぞ、との閃きから研究が進展していったそうです。
当初ラットの「単離接着装置」を抗原にして、モノクローナル抗体をマウスでとっても、ZO-1のみしかとれませんでした。これは種が近すぎるからとの考えで(また材料の肝臓が小さな動物ほどきれいな単離装置がとれる)、種の遠いヒヨコで行ない、また膜蛋白質だからと少量のSDSという界面活性剤を混ぜて実験したところ、見事TJから膜蛋白質を単離することに成功しました。そしてTJすなわちzonula occludensからこのたんぱく質をオクルディンと名付けました。
(ちなみにこの実験を担当した古瀬さんはJCB誌上でTJのブレイクスルーと絶賛されたそうですが、日本での評価は低く、日本学術振興会の特別研究員に落ちたそうです。カドヘリン発見者の竹市先生は彼我の目利きの差に嘆き激怒されたそうです。)
その後ヒトのオクルディンの発見への苦労、たまたま院生がコンピューターホモロジー検索から類似アミノ酸配列をみつけて、同定に至ったとのこと。しかしオクルディンをノックアウトしても予想に反して立派な上皮ができ、TJストランドも形成しました。実験を遂行した斎藤さんは「オクルディンをノックアウトしただけではなく、僕たちのオクルディンストーリーまでノックアウトしてしまった。」と揶揄されたそうです。本物は他にいる、挫折しそうになりながら「真の幻のTJ内在性膜蛋白質」があるに違いないとしてまた研究を進めていきました。
またしても古瀬さんのアイディアで普通に抽出できるものを抽出しきって駄目なのだから、最後の不溶物の中に真の物質があるだろう、との想定でその中からオクルディンと同様な挙動をする分子量23KDの膜貫通蛋白質を同定し、クローディンと命名しました。これは強力なTJストランド形成能力を有し、TJを持たない線維芽細胞でもこれを導入するとTJストランドを発現しました。その後クローディン遺伝子ファミリーの発見など研究は進展していきましたが、最大の山場は乗り越え、比較的安全な将来が見渡せる高みに到達していました。
ところが残念なことに、これらの発見からほどなくして、月田先生はすい臓がんに侵され、余りにも早い人生の最期を迎えてしまいました。いかに無念だった事でしょう。そしてこの本が人生最後のメッセージとなったわけです。
しかしTJの分野で分子生物学のバイブルのような教科書に名を残せた事は本当に幸せだったと述懐されています。
この本は題名に「若い研究者へ遺すメッセージ」とあるように志ある若い研究者にお勧めしたい本です。

横内先生の投稿をみて、その本題から一寸ずれたかもしれませんが、関連する事を書いてみました。

最近の乾癬治療・生物学的製剤2018

また乾癬の記事で恐縮ですが、千葉生物学的製剤乾癬治療研究会がありました。確かに乾癬は治療のトピックスが多く、進歩が早いこともあり、このところ講演会は多い気がします。
今回は岩手医科大学の遠藤幸紀先生による生物学的製剤のレビューでした。豊富な臨床経験に基づいて分かりやすく解説して下さいました。岩手県のみならず、東北一円から患者さんが受診しているとのことでした。また若い頃は東北のクイズ王としてテレビ出演も果たしていた事などの逸話も挟みながらの面白い講演でした。
まず、乾癬の生物学的製剤のラインナップと、乾癬の病態からみてその作用点を分かり易く解説されました。また最近開発されたIL-17阻害薬については詳細に解説していただきました。
発売順に並べると
2010年 レミケード(インフリキシマブ)、ヒュミラ(アダリムマブ) 【TNFα阻害薬】
2011年 ステラーラ(ウステキヌマブ)  【IL-23阻害薬】
2015年 コセンティクス(セクキヌマブ) 【IL-17阻害薬】
2016年 トルツ(イキセキズマブ)、ルミセフ(ブロダルマブ)【IL-17阻害薬】
2018年 トレムフィア(グセルクマブ)【IL-23阻害薬】
舌を噛みそうなややこしい名前がずらーと並んでいますが、命名には法則性があるそうです。一応書いてみると。
まずモノクローナル抗体は英語でMonoclonal AntiBodyで略してmab(マブ)となります。ただ1種類の抗体産生細胞(B細胞)から作られた抗体のコピーで同一の分子構造をもちます。ちなみに蛋白質なので消化されるため経口投与ができず、静注か皮下注になります。
またマウス抗体は-omab、キメラ抗体は-ximab、ヒト化抗体は-zumab、完全ヒト抗体は-umabと命名されます。
動物由来成分を有する抗体はアレルギー反応を起こしやすいので、近年はなるべくヒト成分のみでの抗体の生成の方向へ向かっています。
更に標的によって抗腫瘍tu、免疫調節i、インターロイキンki、心血管ci、骨so、ウイルスviと細分されているそうですが却って訳が分からなくなりそうなので、スルーします。
オマブ、キマブ、ツマブ、ウマブの違いを知っているだけでもなんとなくわかる気がします。
近年は乾癬はT細胞性免疫疾患だそうで、昔は免疫疾患とは教わった記憶はなく(今でも?)時代の変遷にビックリです。
乾癬の病態はTIP-DC➡Th1➡Th17軸で説明され、それらに関わるインターロイキン、受容体などをピンポイントでブロックする抗体の効果によって乾癬の病態が理論的にさらに補強されているようです。
しかしながら、乾癬の病態論のパラダイムシフトともいえる理論の転換は結構偶然の産物もあるそうです。シクロスポリンの有効性しかり、TNF抗体製剤しかり、当初は乾癬を目指して開発されたものではなく、移植免疫や、関節リウマチの治療に使ったら乾癬にも効いたなど、偶然の結果で、各種薬剤のトライアンドエラーの積み重ねで、理論づけが進化していったそうです。

乾癬の病態、生物学的製剤の概要については藤田先生の論文から引用させていただきました。
(藤田 英樹:皮膚臨床 60(10);1489~1496,2018)

立て続けに乾癬病態の中心ともいえるTh17をターゲットにしたIL-17阻害薬が発売され、3剤とも微妙に違いますがそれぞれに今までの製剤よりも高い有効性を示しているようです。
これ程までに多くの乾癬に対する生物学的製剤が登場してくると、それぞれの製剤の特徴、使い分けが問題になってきますが、スピード、関節症状の有無、自己注射の可否、投与間隔、安全性、経済性などを指標として使い分けていくといった解説をされました。関節症状ではTNF阻害薬>IL-17阻害薬>IL-23阻害薬の順に有効である程度の導入基準はあるが、7剤に対し絶対的な使用基準はないとのことでした。遠藤先生の数百例もの豊富な使用経験からすると患者さん個々で効果に差があり、正解はない、例外があるとのことでした。
先生は最後に金子みすずの詩集の「私と小鳥と鈴と」からとってきた言葉「みんなちがって、みんないい。」という言葉で締めくくられました。これが講演演題名でもあったのですが。
ここで金子みすずが出てくるか、と一寸意外な感もあったのですが、しばし薄幸の純真でナイーブな詩人に想いを馳せました。

乾癬に対する生物学的製剤はこれで7剤も出てきました。さらに開発中の薬剤が数種類も控えているとのことです。抗体製剤は乾癬の治療において目を見張るような素晴らしい成果を上げてきました。いままでほぼあきらめるしかなかった関節症や重症乾癬が寛解にまで至る例がでてきました。しかしながらいくつかの乗り越えなければならない点も残されているようです。
その一つは寛解とはいっても治癒には至らない点でしょうか。注射している分には治っているが止めると再発する点。入口はあっても出口が見つからないような感じ。薬剤だから当たり前といえば当たり前ですが、この薬剤の非常に高額な点、免疫を抑制するなどの副作用のある点も長期的には問題となってきます。当然長期使用となってくるわけですが、患者さんも当然年を取っていきます。悪性腫瘍や糖尿病、肺炎、肝炎、心不全なども起こしてくるでしょう。こういった人には生物学的製剤は原則使用禁忌です。また高齢化してくると収入は減ってきて年金暮らしとなっていくでしょう。高額療養費制度はあるとはいえかなりな負担になり使用を諦めるケースもあるそうです。バイオシミラーといっていわば後発医薬品のようなものも発売されてきていますが、皮肉なことに安くて高額療養費の限度額を下回ると却って自己負担額が増えるという事態も起こってきます。また低所得者が使用を諦め、生保だと継続できるなどの機会均等といえないケースも起こり得ます。そもそも破綻しかかった現在の健康保険医療制度がいつまでもつのでしょうか。
使用を中止すると悪化する訳なので、そういったケースではどうケアするかといった出口戦略も専門家の先生方に研究して頂きたいという気がします。
重症乾癬に選択できる製剤が多数できたのは朗報ですが、一寸お腹一杯という気もします。本邦では40-50万人の乾癬患者さんがいるといわれますが、バイオ製剤の適応になるのはそのごく一部です。またオテズラの発売でさらに少なくなった感があります。こんなに高い薬を少ない対象に集中して製薬会社は元がとれるのだろうか、と下種の勘繰りをしてしまいます。ただ全世界的にみると数億人の患者さんがいるのでそこはしっかり計算されているのでしょうが。
あと、使用にいろいろと注意を要する薬剤なので我々開業医レベルでは使用しづらい点も難点です。病診連携は常々勧奨されていますが、実際は副作用管理などのリスクは多く、メリットは少ないという事実があります。
最後は一個人のバイアスのかかったネガティブな感想に偏ってしまい、折角の遠藤先生の講演内容の言わんとする主旨を損ねてしまったきらいがあります。(しかし、市井の片隅で皮膚病診療に当たっている一医師のぼやきを表すのもありかと思い、敢えて心配な部分も書きました。このことが杞憂に終わってしまえば却って幸甚です。)

飯塚先生の講演

 先日恒例の浦安皮膚臨床懇話会がありました。なんともう156回とのことです。毎回素晴らしい講師の先生が全国から来ていただき、千葉にいるだけで誰でも(皮膚科医なら?)聴講できる会です。小生は以前はスルーしていましたが、もうお亡くなりになり二度と聞けない大家なども含まれていていまさらながら自分の不明、不勉強を悔やんでいます。
主催者の高森先生に毎回どうしてこんな素晴らしい講演をする人が来るの、と一寸馬鹿な質問をしてみたのですが、高森先生は「いつも学会などで聴いていて、目星をつけた先生を全国から呼んでいるんだよ。」とのことでした。高森先生から声を掛けられたらどの先生も都合がつけばまず断らないでしょう。第1回は臨床の大家、宮崎医科大学の井上勝平教授だったと懐かしそうに話していました。今は亡き植木教授、森教授、玉置教授なども講演されたそうです。これらの教授の講演は今になってとても、とても聴きたいのですが永遠に叶わぬ夢となり果ててしまいました。(そういえばバンクーバーにいって偶然バスの中で同席したドイツの高名な(多分ドイツ皮膚科の大御所)先生の婦人に植木先生は知っているか、ドイツに来て退官後も熱心に勉強していたと言われて、名前は知っているけど業績はあまりよく知らずに、冷や汗ながらあいまいに答えたことがありました、皮膚科のモグリだと思われたかも。でもかつてのベルリン国際学会とかばん持ちで訪れたハイデルベルク大学のPetzoldt教授の話題で何とか繋がりましたが)。
 今回の飯塚先生は過去に数回講演したとのこと、他の会で過去に千葉に講演にいらしたこともあるのですが、今回は1年前から招聘の連絡をとっていたとのことで、高森先生も期待の人でしょうが、小生にとってもとても期待していた先生でした。
今回の講演はオテズラについての講演でしたが、PDE4(ホスホジエステラーゼ4)阻害剤であるオテズラはサイクリックAMPを不活性型のAMPに分解するPDE4を阻害する薬剤です。乾癬ではおしなべてシグナル伝達系が亢進している中で唯一の例外がadenylate cyclade系で、cAMPの上昇にブレーキがかかっています。オテズラは乾癬表皮に過剰に発現しているPDE4を阻害し、細胞内cAMP濃度を上昇させる薬剤の開発の成果として誕生しました。
cAMPの発見の話は過去にも書きましたが、1958年のSutherlandによる発見、さらにPDEの発見により、セカンドメッセンジャーとしてこの物質は一躍注目を浴び、1971年にはミシガン大学のVoorheesが乾癬表皮ではcAMPが低下していることを報告しました。阪大の吉川先生、北大の飯塚先生、根本先生らはマイアミ大学のHalprin先生や安達先生らの指導のもとVoorheesの説の検証をされました。
その当時の苦労話から、その後進化した最近の乾癬の病因、病態について懇切丁寧に、広範な知見を披瀝、解説して頂きました。難しい話を噛み砕いて素人にも分かりやすく説明して下さるのですが、何回聴いても途中でついて行けなくなります。
考えてみれば人体内、細胞内外で生じている代謝、シグナル伝達系の全貌など完全に解明されているわけではないし、その中で乾癬がどのように不調をきたしているかも完全には解明されていないわけです。はい、これが正解です、というように単純明快にはいかないのも当然です。しかしながら過去から現在に至る乾癬研究の全体に通暁していて、免疫、表皮増殖に偏らずに生体のダイナミクス全貌をみて真実に迫ろうとする迫力はなんとなく理解できました。
先生はマイアミ大学のHalprin先生の生体代謝の全般に亘る見方を教わったことがその後の先生の研究のバックボーンになっている(というような)お話をされました。
 高森先生は若かりし頃からの共に競い合い、勉強し合った仲間だとおっしゃいました。彼はどんなに少ない人数の講演でも、興味を持ってくれる人がいれば手抜きをせずに話すのだ、と言っていました。
一般向けにはいつもやや高度過ぎて、ついていけないきらいはありますが、外連味のない講演は久しぶりに学生に戻って先生の講義を受けている気になり年甲斐もなく一寸若返った気がしました。

種痘様水疱症と蚊刺過敏症

種痘様水疱症とは、幼少時に日光露光部を中心に中心臍窩を伴う水疱や痂皮が付着した丘疹が多発し、瘢痕を残して治癒する疾患です。蚊のアレルギーとは一見何の関係も無いようですが、重症型ではEBウイルス関連のT/NKリンパ球増殖症を発症して予後不良になる点で繋がりがあります。

まず種痘様水疱症(hydroa vacciniforme:HV) について
歴史的には発疹が種痘に似ていることから、1862年にBazinがHVと命名しました。また症状が似ていることから当初は骨髄性ポルフィリン症も紛れ込んでいたようです。

近年、HVの皮膚病変部には(Epstein Barr virus:EBV)が存在することが明らかになりました。ほとんどの症例では、成人前に自然軽快します。古典型HV(classical HV: cHV)。しかしながらごく一部(10%?)ではHVの臨床像ではあっても次第に非露光部にも皮疹を認め、発熱、リンパ節腫脹などの全身症状あるいは血液学的異常を伴う全身型HV(systemic HV: sHV)に移行するケースもあります。
最近三宅らは9歳以上で発症した場合と、EBV再活性化マーカーであるBZLF1 mRNAの皮膚組織での発現が予後不良の因子である可能性を報告しています。
EBウイルスが潜伏感染したT/NK細胞が皮膚病変部に浸潤していますが、これが皮疹の形成にどのように関わっているかは明らかではありません。
HVの他に皮膚科関連では、重症の蚊のアレルギー、蚊刺(ぶんし)過敏症(hypersensitivity to mosquito bites: HMB)があり、慢性活動性EBウイルス感染症(CAEBV)と合わせてEBウイルス関連T/NKリンパ増殖症(lymphoproliferative disorders: LPD)と呼びます。
血液中にはEBウイルス感染γδT細胞が増殖しています。
HMBは、虫刺されやワクチン注射に続いて、激しい皮膚反応と発熱や肝障害などの全身症状をきたします。
cHV群は、良好な経過をとりますが、sHVとHMBの予後は不良で発症後それぞれ10年、5年で死亡率5割とされています。

ちなみに慢性活動性EBウイルス感染症とは遷延あるいは再発する伝染性単核球症様症状を呈し、血液中および病変組織にEBウイルスのDNAが見られる疾患です。日本など東アジアと中南米に多く、遺伝的な背景が考えられています。
通常はB細胞を標的とするEBVが、TあるいはNK細胞に感染して増殖を誘発するとされていますが、その詳しい機構はまだ不明です。腫瘍性疾患の特徴と免疫不全症の特徴を併せ持っています。
それで、種痘様水疱症、蚊刺過敏症の他に多臓器不全、血球貪食症候群、悪性リンパ腫などを合併します。
また慢性疲労症候群とよばれる疾患群の一部にCAEBVが含まれていることもわかってきましたが、疾患の全貌はこれからの研究に委ねられているとのことです。
治療は、抗ウイルス剤のアシクロビル、ガンシクロビル、IL-2、IFN、ステロイド、シクロスポリンなどの免疫抑制剤、抗がん剤などがつかわれますが、なかなか完治には至らないようです。。唯一造血幹細胞移植が完治しうる治療のようです。
最近、これらの患者さんのEBV感染細胞の中では、転写因子STAT3が恒常的に活性化していて、免疫、炎症の暴走を起こしているが、これを抑制するJAK阻害薬でその活性化が抑制され、さらに炎症性サイトカインの産生も抑制されるとの研究があります。臨床上での効果に期待したいところです。(ちなみにこのチロシンキナーゼのシグナル伝達系でSTAT3は乾癬表皮においても活性化しているとされ(高知大学 佐野)興味あるところです。)

参考文献

岩月啓氏  EBウイルス関連皮膚T/NKリンパ増殖症ー種痘様水疱症と蚊刺過敏症ー
日本小児血液・がん学会雑誌・52巻(2015)3号 p.317-325

三宅智子 種痘様水疱症 皮膚疾患 最新の治療 2017-2018 編集・渡辺晋一・古川福実 南江堂 東京 2017

薬剤性光線過敏症・光接触皮膚炎

平成29年度日皮会研修講習会の内容です。
講師は浜松医科大学皮膚科の戸倉先生でした。
薬剤性光線過敏症・光接触皮膚炎  浜松医科大学  戸倉新樹

以前、当ブログでも「薬による光線過敏症」という題で2013年7月7日に同様の記事をアップしていますのでそちらも参照してみて下さい。

光線過敏症には種々のものがあり、色素性乾皮症などの遺伝性疾患、ポルフィリン症などもありますが極めて稀です。日常診療で出会うのは、日光蕁麻疹(これも少ないですが)、多形日光疹などもありますが、実はこれから述べる薬剤性光線過敏症、光接触皮膚炎が最も多い光線過敏性疾患です。

戸倉新樹先生は長年光免疫学の研究をリードしてきたその方面の専門家ですが、あまりに基礎的な部分は割愛して当日の講演の内容の骨子を紹介します。
【光毒性・光アレルギー】
外因性の光過敏症には光毒性と光アレルギー性の2つがありますが、光毒性とは光感受性物質が光を吸収して、光化学反応をおこし、それが人体に毒性を生じたものといえます。活性酸素(ROS:reactive oxygen species)がその本態を担っているとされます(光増感酸化反応で、singlet oxygenの関与する反応をtypeII,関与しないものをtypeIと呼ぶ)。これは誰にでも生じうるもので、光曝露すぐに生じえます。光アレルギーは光感受性物質が光を吸収した後に、免疫反応を起こし、アレルギー性を獲得したものです。従って曝露初回では反応は生じず、感作時間のタイムラグを経て発症します。
主にT細胞誘導性であるとされます。免疫反応ですので感作された特定の人にしか生じません。臨床的には、光毒性がサンバーン型なのに対し、光アレルギー性では湿疹型と呈するとされています。
しかしながら、実臨床でこの両者は必ずしもクリアカットに区別できないようです。光アレルギー物質は多かれ少なかれ光毒性を持つようです。
光毒性物質の代表的なものには、PUVA療法で用いられるソラレン(8-MOP)があります。乾癬、尋常性白斑などの治療に用いられますが、これを内服、または外用して紫外線(UVA)を浴びると誰にでも日焼け反応を生じます。しかしまず光アレルギー(アレルギー性光かぶれ)は起こしません。ただ、ソラレンは多くの光感受性物質がたんぱく質と結合して光化学反応を起こすのに対し、DNAに結合しクロスリンクを生じるのが特殊です。ソラレンは一般的ではありませんが、それに似た物質、フロクマリン(5-MOP)はレモンなどの柑橘類に含まれています。それで、へたにレモンパックなどを行ったりして日に当たると同様の光毒反応をおこし、シミを作ったりするので注意が必要です。ベルガモット油の入ったオーデコロンも光毒性を起こします。ペンダント型のシミを作るのでベルロック皮膚炎という名前で呼ばれています。これはソラレン誘導体のbergapten(5-MOP)による光毒性反応です。また麝香鹿の生殖腺の分泌物は天然の動物性香料としてコロンなどに使われることがありますが(musk ambretteあるいは合成香料のニトロムスク)光かぶれを起こすことがあります。
光化学反応と臨床的な紅斑などとの症状の関連、原因はなお解明されていないようです。ただ炎症メディエーターとしてのプロスタグランジンE2の働きなどの関与が明らかになりつつあります。
【光アレルギーの機序】
光アレルギーが起こるためには光感受性物質と蛋白質が紫外線照射によって共有結合することが必要です。これにはまず化学物質に光(主にUVA)が当たり、プロハプテンという光感受性物質に変化して後、蛋白質と結合するという説と、共有結合した後にUVAが当たり光感受性物質に変化するという説があります。ほとんどの光アレルギー性物質は光ハプテンであるとされます。
いずれにしても蛋白質と結合して抗原性を獲得した物質はランゲルハンス細胞(樹状細胞)上のMHC/自己ペプチドに抗原提示されてT細胞を刺激し、接触アレルギーを起こします。
外因性光感受性物質によって生じる光線過敏症の作用波長はUVA(長波長紫外線)ですが、稀にはUVB(中波長紫外線)で生じます。光毒性では吸収波長と同じで、光アレルギー性ではより長波長側にずれる傾向があるとされます。
【光接触皮膚炎】
いわゆる光かぶれのことです。
一般の接触皮膚炎で免疫反応を介さない一次刺激性の接触皮膚炎が光毒性接触皮膚炎に当たり、アレルギー性接触皮膚炎が光アレルギー性接触皮膚炎に対応します。
様々な物質が光かぶれを起こしますが、実臨床的に大きく分けると化粧品含有物質(サンスクリーン剤、香料、ヘアスプレーなど)、薬剤、機能性食品(栄養剤)に分類されます。
🔷サンスクリーン剤
Parsol, オクトクリレン、ベンゾフェノン、PABA(Para-amino-benzoic acid)、ベンゾフェノン類はプラスチック、化粧品、ゴム製品や塗料などの酸化防止剤としても含まれることがあります。
🔷香料(歴史的)
ムスクアンブレット、ベルロック皮膚炎(5-MOP:bergapten)
🔷染毛剤
PPD(Paraphenylendiamine)
🔷殺菌剤(歴史的)
サリチル酸アニリド(TCSA) クロルヘキシジン、ジクロロフェン、・・・TCSA, TBS, bithionolなどを含む石鹸、シャンプー、化粧品などによる光接触皮膚炎が多発したため1970年代にはこれらは原則使用禁止となりました。ただ、persistant light reactionとして慢性光線過敏症の原因となっている可能性もあり得ます。
🔷薬剤
*非ステロイド消炎薬(NSAIDs)・・・ケトプロフェン(貼付)、スプロフェン(貼付)、ピロキシカム
NSAIDsは優れた消炎鎮痛効果があるために内服、注射、坐薬、湿布薬として同様成分が広く内科、整形外科領域で流用されています。これらは主に光アレルギー性を持ち、交叉過敏性のあるものもあります。ピロシキカム(バキソ、フェルデン)はチメロサールと交叉過敏があり、近年多く使われているケトプロフェン(モーラス、セクター、エパテックなど)はスプロフェン、サンスクリーンに含まれるベンゾフェノンとも交叉過敏があります。またこれらの湿布薬の使用中止後も数か月にわたって光過敏性があるといわれ、またサンスクリーン剤との交差過敏性があります。内服薬のチアプロフェン酸(スルガム)、フェノフィブラート(トライコア、リピディル 高脂血症治療剤)と交叉過敏を起こします。またときに重症化してpersistent light reactorとなったり接触皮膚炎症候群を生じます。
🔷機能性食品(栄養剤)
植物でもセリ科、ミカン科、クワ科、マメ科、バラ科、キク科などが光接触皮膚炎を起こします。主な原因成分は8-MOP, 5-MOPです。掬は花屋さん、葬儀会社の人によくみられますが、sesquiterpene lactonによるものといわれています。
またあまり知られていませんが、アリナミンなどのビタミン剤でも光線過敏をおこします。
【光貼付試験】
光アレルギーの検査としては、光貼付試験を行います。通常のパッチテストと同様に貼付しますが、2系列貼付します。貼付後24時間または48時間後に片方系列にのみ、紫外線照射を行います。通常UVAを0.5~3J/cm2照射します。1,2日後判定します。光照射部位のみが赤く陽性反応して、非照射部位に反応がなければ光貼付試験陽性と判定します。
【薬剤性光線過敏症】
臨床的に、露光部に皮疹があることで比較的に診断は容易ですが、近年高齢者など多くの薬剤を内服しているケースがほとんどなので原因薬剤の究明は困難なことが多いです。
露光部のみの皮疹であれば比較的に診断は容易ですが、作用波長がほぼUVAなので薄い衣服を通しても皮疹がみられることがあります。これらのとき日光の当たらない下顎部、腋窩、臀部などには皮疹のないこと、時計部、靴で覆われた部位に皮疹を欠くことなども診断の手助けになります。
サンバーン(日焼け)様であれば、光毒性、湿疹型であれば光アレルギー性を疑いますが、先に述べたように明確ではありません。また扁平苔癬型、多形滲出性紅斑型、LE型、日光白斑黒皮症型などの特殊な臨床型をとることもあります。
薬剤性光線過敏症の原因薬剤は当然ながら時代と共に移り変わってきています。以前はヒドロクロロチアジド(サイアザイド系降圧利尿薬)による光線過敏症が多かったものが近年その使用減少によって少なくなってきました。ところがそれが最近また非常に増加してきました。その理由はヒドロクロロチアジドを少量にしてアンギオテンシンⅡ受容体拮抗剤を組み合わせた合剤が高血圧治療ガイドラインで推奨されて、使用量が増加しているからです。(プレミネント、エカード、コディオ、ミコンビ)
プレミネントが2006年に発売されてから次々に同様薬も発売されてきました。
ただ、薬剤性光線過敏症で報告例がもっとも多いのはニューキノロン系の抗生剤です。
1.スパルフロキサシン 2.フレロキサシン 3.エノキサシン 4.ロメロフロキッシン
またニューキノロン剤では交叉過敏性がありますので注意を要します。
多くの抗菌剤、消炎鎮痛剤、降圧剤、利尿薬、糖尿病治療薬、抗精神神経用薬、高脂血症治療薬、抗腫瘍薬などで薬剤性光線過敏症の報告があります。
時代とともに新薬が発売され、新たなタイプの光線過敏症も報告されています。
モガリズマブ(ポテリジオ)は2012年に発売されたCCR4陽性の成人T細胞白血病治療薬として新発売された分子標的治療薬ですが光線過敏症を発症例が報告されています。
原因薬の同定は1剤ならば、薬剤を内服したあとの紫外線の照射、内服照射試験を行います。また時には披験物質をワセリンで薄め(1~5%)光貼付試験を行います。UVAがほとんどなのでUVA 0.5~2 J/cm2程度照射します。しかしながら先にも述べましたように多剤を内服しているケースがほとんどなので同定は困難を伴います。過去の薬疹情報から頻度の高いものを推定し、投薬医師に依頼し中止、変更をお願いする方法が実臨床では一般的です。いきなり全ての薬剤を中止しがたいので1~3剤位ずつを検討していきます。そうしながら症状が軽快していくか、あるいは内服照射試験での軽減をチェックしていきます。ただし疑わしくても変え難い薬剤もありますので治療はなかなか困難です。遮光、サンスクリーン剤、ステロイド外用剤などで治療を行います。

参考文献

松尾聿朗 薬剤による光線過敏症. 監修 佐藤吉昭 編集 市橋正光 堀尾 武 光線過敏症 東京:金原出版 2002.pp111-121

日光皮膚炎

日光皮膚炎などとあえて疾患名を書くよりも、日焼けといえばそれで事足ります。
あまりにも日常茶飯事の事柄であえてブログに書くまでもないかもしれません。
しかしながら結構皮膚科の中では重要な項目でしかも奥の深い病態を内包しています。
太陽光線は、紫外線、可視光線、赤外線からなる連続スペクトル光線です。紫外線には短波長、中波長、長波長紫外線がありますが、人体に有害な短波長紫外線(C域UV,190~290nm) はオゾン層によって吸収され、地表には届かずおよそ300nm以上の中波長紫外線からより長い波長の光線が届いています。
(ただし、フロンガスなどで人為的にオゾン層が破壊されるとより危険な紫外線が地表に降り注ぐ危険性も指摘されています。)
日焼け(急性日光皮膚炎)は主に中波長紫外線、UVB(ultraviolet B, sunburn band,erythemal band、B域UV, 290~320nm)によって生じます。日光に当たった後、数時間後から赤み(紅斑)が始まり、12~24時間後にピークに達します。眼で確認できる最小の照射量を最少紅斑量(minimal erythema dose:MED)と呼びますが、真夏の伊豆では腹部でおよそ20分程度とのことです。(無論スキンタイプ、身体部位によって異なってきます。)
スキンタイプはFitzpatrickによりtypeⅠ〜Ⅵ(日焼し易い型〜し難い型)に分けられていますが、我々日本人の分類には不向きです。
日本人では佐藤によるJapanese skin type(JST1~3)がよく用いられます。紫外線高過敏型、中間型、低過敏型に分類されます。
一方長波長紫外線(UVA: ultraviolet A、320~400nm)は一般に紅斑は生じませんが、大量に照射すると紅斑を生じるとされます。また PUVA療法や薬剤性光線過敏症ではUVAが作用波長となりますので注意が必要です。
そしてUVAは窓ガラス越しでも通過するので車の運転中でも浴びることになります。
軽い日焼けならば、そのまま放置しても数日で軽快しますが、長時間日光に当たり激しい日焼けになると、紅斑、浮腫、水疱を生じ疼痛を伴います。広範囲に及ぶと発熱、悪心などの全身症状も伴うこともあります。
こうなると熱傷と同様の病態を取ります。
日焼け(sunburn)のあとはサンタン(suntan)炎症後色素沈着をきたしますが、これもUVBの作用によるとされます。強い日焼けをすると、1−3ヶ月後に両肩から上背部にかけて金米糖状、花弁状の褐色の色素斑を残します。これを光線性花弁状色素斑と呼びます。
慢性的に太陽光線を浴び続けていると肌の光老化が起きてきます。これにはUVAが大きな影響を及ぼします。紫外線は波長が長くなるほど、皮膚の深部にまで到達します。UVBは主に表皮内まで透過しますが、UVAは真皮まで透過します。真皮には膠原線維(コラーゲン)や弾性線維(エラスチン)が張り巡らされていて、肌はピンと張り、弾力が保たれていますが、UVAや近赤外線を浴び続けるとこれらが変性し、お肌の張りがなくなりシワ、タルミを生じてきます。これを光老化といいます。
さらに進むと光発がんの可能性も高くなってきます。日光角化症、有棘細胞癌、基底細胞癌、悪性黒色種などのリスクも出てきます。
【特殊なケース】
一般的な日焼けの他に、日焼けサロンなどでの人工的な日焼けのケースもあります。またPUVA療法など光線治療を受けていて、なおかつ太陽に当たったケース、薬剤性に光接触皮膚炎を起こしたケース(モーラステープなど)、降圧剤などを服用していて光線過敏性皮膚炎を生じたケースなどもあります。
その他の光線過敏症は当ブログに順次挙げています。太陽に当たった後どうも様子が変な場合は皮膚科受診することが肝要かと思います。
【治療】
軽度の日焼けであれば放置していても数日で軽快します。
高度な日焼けで紅斑・浮腫・水疱などを生じ痛みが強ければ氷水などで冷却します。治療は熱傷に準じます。アズノール軟膏やステロイド外用剤の塗布を行います。触ることすらできないほどの痛みの場合は一時的にはステロイドのスプレー剤の噴霧やローション剤が使いよいです。水疱、びらんとなった場合ではトレックスガーゼやポリウレタンなどの創傷被覆剤も使用し、湿潤環境を維持します。痛みには消炎鎮痛剤を内服します。早晩乾燥し、強いかゆみを訴えることが多いので抗ヒスタミン剤、保湿剤などを使用します。二次感染には十分注意が必要です。
【紫外線予防】
*当たり前のことですが、過度の紫外線に当たらないようにすることが大前提です。特に10-14時は紫外線が強いのでこの時間帯の太陽光線は避けることが大切です。
*戸外でも木立などなるべく日陰を利用することは日射病、熱射病の予防にも繋がります。
*日傘、帽子、襟のついた衣服で覆うこと、キャディーさんの衣服、格好が良い参考になります。
*眼の保護も必要です。特に日差しの強い海や山などでは必須です。
*日焼け止め、サンスクリーン剤を上手に使用することが大切です。
【日焼け止めの使い方】
先に述べましたように、主な日焼けの作用波長はUVBです。しかしながらお肌の老化防止にはUVAもしっかりカバーする日焼け止めが必要です。
UVBに対する日焼け防止の程度を表示する指標にSPF(sun protection factor)があります。これは例えば日光で15分で赤くなる人が日焼け止めを塗って150分まで赤くならない場合は10倍赤くなるのを延ばせたということでSPF10と表示されます。しかしこれは普段一般に使用される量よりもかなり多い厚塗りでの評価です。
この表示通りの効果を期待するには、顔にパール1個分のクリームを取り、数カ所に分散して満遍なく伸ばし塗ります。さらにパール1個分を同様に重ね塗りします。髪の生え際、うなじ、耳や目や鼻の周りなどは塗り忘れし易い部分です。
しっかり塗ったとしても汗をかいたり、こすれ取れたり、水に浸かったりすると効果はなくなってしまいます。こういった場合には2、3時間おきに付け直す必要性があります。
SPFは15~50+のものまでありますが、通常は15程度で十分です。海山などあるいは光線過敏症の患者さんではもっと数値の高いものを使うこともありますが、逆に紫外線吸収剤などによる光かぶれ(接触皮膚炎)のケースもあり注意を要します。
UVAに対してはPA(protection grade of UVA)という表示がなされます。こちらの方はPA+から++++までのものがありますが、通常は+ないし++でも十分かと思われます。
日本臨床皮膚科医会では「保育所・幼稚園での集団生活における紫外線対策に関する統一見解」をホームページ上に掲載していて、プールでも耐水性またはウォータープルーフのサンスクリーン剤を使うことを推奨しています。

参考文献

光線過敏症 改訂 第3版 監修 佐藤吉昭 編集 市橋正光 堀尾 武 東京: 金原出版;2002

錦織千佳子 日光皮膚炎. 皮膚科診療カラーアトラス体系7 編集/鈴木啓之・神崎 保 東京:講談社;2011.pp94-95

日光じんま疹と多形日光疹

平成29年度日本皮膚科学会研修講習会の講演をベースにまとめてみました。講師は関西医大の岡本先生でした。
  
日光蕁麻疹  関西医科大学  岡本 祐之
【日光蕁麻疹】
日光蕁麻疹は比較的稀れなタイプの蕁麻疹であり、日光照射後に露光皮膚に限局して紅斑・膨疹を生じますが、数時間で消退します。数分から数十分後に生じますが、ピークは30分前後が多いとされます。ごく稀には頭痛、めまいや吐き気などの全身症状を伴い、アナフィラキシー症状を呈した例の報告もあります。
小児から高齢者まで幅広い層にみられますが、女性の例が多く青年層に好発します。
発症の季節はやはり紫外線が強くなる春から夏が多数を占めていますが、夏季になるとhardeningといって光線に耐性がでてくる例もあるようです。
原因となる光線の作用波長は紫外線から可視光線まで様々ですが、日本では可視光線のみ、あるいは紫外線を含んだ可視光線領域が多くみられます。ただ、ヨーロッパ、北欧ではやや紫外線領域での発症が多い傾向があるそうです。
大部分の患者さんで、血清中に原因となる物質が存在し、作用波長の光線をin vitro(試験管内)で照射して、その血清を皮内注射すると蕁麻疹(即時型陽性反応)を生じます。それでIgE抗体依存性のⅠ型アレルギーと考えられています。ただその物質が何かは分かっていません。また症例によって作用波長が異なることより、抗原も単一ではないと推測されます。
患者さんによっては、蕁麻疹の発症を抑制する抑制波長や、逆に皮疹を増強させる増強波長を伴っていることもあります。
抑制波長は作用波長よりも長い波長のことが多く、そういった患者さんでは日光に当たっているときには蕁麻疹は出現せず、むしろ日陰に入ってからでることがあるそうです。
特殊な型の日光蕁麻疹として、日光に当たって数時間してからでるタイプの遅発型、特定の部位にだけでる固定型、眼瞼や口囲に血管浮腫がでる型、クロルプロマジンやテトラサイクリンなど薬剤が誘発因子となってでる型などがあります。
治療は他の蕁麻疹と同様に抗ヒスタミン剤が使用されますが、効果は今一つのようです。薬剤使用の前提として遮光、サンスクリーン剤の使用は重要です。
これらでなかなか改善しない例では徐々に光線を当て続けて耐性(hardening)を付けていく方法が奏功することもあります。日光浴、内服PUVA療法などが試みられています。
重症例ではシクロスポリンなどの免疫抑制療法、γグロブリン静注療法、血漿交換療法などがなされています。近年は難治例に対し、オマリズマブ(抗IgE抗体)が著効をしめした例の報告もあるそうです。

【多形日光疹】
日光照射によって生じる原因不明の内因性アレルギー性皮膚疾患と考えらえています。頻度は先の日光蕁麻疹よりも多く、それ程稀な疾患ではありません。特に欧米では治療の必要のない軽症例を含めると人口の10~20%が多形日光疹の症状を呈するとされています。青年層の成人女性に好発します。
皮疹の出現は日光に当たった後、遅発性に出現しますが、症例により異なります。照射後4~8時間以内に出現するケースが多いですが、2~3日後に発症するケースもあります。日光蕁麻疹と異なり、皮疹は24時間以上続きます。
臨床症状は露光部に丘疹、紅斑、小水疱などがみられますが、症状は多彩で、湿疹型、小水疱型、局面型、多形紅斑型などに分類されています。時に 日光蕁麻疹との合併もみられます。
大多数は春から夏にかけて発症しますが、真夏は日光に対して耐性(hardening)を示すために、症状はむしろ軽快傾向にあります。従って顔や手背などの年中日に当たっている部位は腕などと比べると皮疹が出にくいようです。季節と共に自然軽快しますが、また翌年に同様に再発することを繰り返す例が多いようです。
日光に対する遅延型(Ⅳ型)アレルギー反応と考えられていますが、その抗原となる内因性物質は明らかではありません。
作用波長は中波長紫外線(UVB)の症例が多いものの長波長紫外線(UVA)あるいはUVB~UVA両領域に過敏性を示す症例も多くみられます。ただし光線テストでは通常のテストでは正常のことも多く、大量あるいは反復照射で元々の皮疹が誘発されることが多いとされます。従って、決まった検査法は確立されていません。
鑑別診断としては薬剤性光線過敏症、光接触皮膚炎、ポルフィリン症、色素性乾皮症、日光蕁麻疹など他の光線過敏症を否定する必要性があります。これらの原因が明確でなければ多形日光疹と診断されますが、形態も作用波長も多彩であるために多形日光疹は単一疾患ではなくいろいろな疾患も混在している可能性もありえます。
時に慢性光線性皮膚炎との鑑別が問題になることもありますが、同症は発症年齢が高齢者であること、苔癬化など慢性湿疹の像を呈すること、長期に持続すること、hardening現象がみられないことなどで鑑別します。
治療は遮光、サンスクリーン剤の使用を原則とします。その上でステロイド外用剤、抗ヒスタミン剤などを使用します。hardening現象を利用して、適度の紫外線を定期的に照射する紫外線療法も行われています。PUVA療法、ナローバンドUVB療法が有効との報告もあります。

参考文献

堀尾 武. 日光蕁麻疹. 監修 佐藤吉昭 編集 市橋正光 堀尾 武 光線過敏症 東京: 金原出版;2002. pp131-141.

岡本祐之. 多形日光疹. 監修 佐藤吉昭 編集 市橋正光 堀尾 武 光線過敏症 東京: 金原出版;2002. pp141-148.

上出良一. 日光蕁麻疹の鑑別診断・治療・臨床経過. 総編集◎古江増隆 専門編集◎秀 道広 皮膚科臨床アセット16 蕁麻疹・血管性浮腫 パーフェクトマスター 東京:中山書店;2013. pp 231-236.