月別アーカイブ: 2012年1月

中原寺メール1/31

【住職閑話】~風呂敷~  大寒とはいえ冷え込みの厳しい日が続いています。 インフルエンザも今がピークだといいますから十分に気をつけて下さい。 無理をしないことですね。自分の体は、人は守ってくれませんから。  今年は例年に比べて花粉の飛散量が少ないとのことですが、花粉に人一倍?敏感な私には、二、三日前からもう来ているように感じます。花粉に悩まされる人たちには嫌な季節ですが、これも春の訪れの間近い証拠と思えば寒さももう暫くのことです。  それに枯れ木の如くの境内の梅の枝にも小さな蕾が沢山ついているのが見受けられます。  凍てつく夜空を見上げると地球に接近中という火星が大きなオレンジ色の光をやさしく投げかけています。  仏教は「物事はいろんな角度から見なさい」と教えます。とかく一方からだけしか見ないで、それに固執するのは間違いです。 「仏法は無我にて候」。己を主張すると苦しくなり、己を空しくして見たり考えたりすると比較的楽になります。  日本人が発明したといわれる「風呂敷」は相手が四角であろうが丸いものであろうが三角のものであろうがみんな包むことができます。臨機応変に使用可能です。  それに比べて「袋」はそうはいきません。丸や三角のものを無理やり入れれば破れてしまいます。これと同じようにこちらを型にはめればそれに合うものだけしか受入れられません。 規格のない一枚の布切れならどんなものでも受け容れることが出来ます。  風呂敷的生き方をおすすめします。

スカイツリー

晴れた休日にスカイツリーを見に行ってきました。色々な表情をみせるスカイツリーの写真です。北十間川からは逆さツリーが見えるとのことでしたが、当日は光線の具合かはっきりとは見えませんでした。川も目下工事中で、散策道、遊歩道が完成すればなかなか良いビューポイントになるかもしれません。 北十間川から.jpg

近づいてみるとさすがに大きく、見上げると首が痛くなるほどでした。 スカイツリー上部.jpgスカイツリー間近.jpgスカイツリー真下.jpg
浅草寺から.jpg吾妻橋から.jpg牛嶋神社から.jpg亀有天神から.jpg

色々な場所からのスカイツリーです。 浅草寺からもお寺の瓦屋根越しに見えました。 吾妻橋からの眺めも一興です。 某ビール会社の屋上に黄金に輝くのは、フランスのデザイナー、フィリップ・スタルクによる「光のイメージ」だそうですが、巷では別名で呼ばれ有名なようです。ウィキペディアをみたら、氏が来日の際に会社からの接待で生牡蠣に当たり入院し、「生であんなグロいもん食わせるビール会社が悪い」と腹をたてて、デザインを現在のものに変えて帰国した、と書いてありました。真偽の程は分かりませんが、さもありなん、と思いました。 牛嶋神社は、墨田川に面しながら都会の喧騒はうそのように静かです。狛犬はスカイツリーを眺めるかのように鎮座していました。 亀戸天神の太鼓橋からの眺めも一興です。初詣の頃の人波は嘘のよう途絶えて静かな境内でした。藤の蔓も枯れたような佇まいで、池の亀もみえません。一寸寂しい冬の景色でしたが、澄んだ空気にスカイツリーがすっくと立って却って神の住処に似つかわしいようにみえました。しかし、やはりそうは言ってみても藤の咲き誇る景色が待ち遠しい心持でした。
富士とスカイツリー.jpgライトアップ.jpg

天気の良い日には、富士山とスカイツリーが同時に見られます。

大晦日の夜にはライトアップされて暗い夜空に浮かび上がり幻想的でした。

手足口病

手足口病について書きました。 既に昨年のブログに何回か書いたので、繰り返しにはなりますが一言。 手足口病はエンテロウイルスによって生じる病気です。このウイルスは夏季に流行するウイルスの代表で、ヘルパンギーナと手足口病が有名です。ただ、夏季にみられる無菌性髄膜炎、発疹症、熱性痙攣、非特異的な急性の熱性疾患の原因にもなります。 ヘルパンギーナは咽頭の口蓋弓部に水疱や潰瘍を作ります。手足口病は手足口に小水疱を作ります。しかし、昨年流行した様に非典型的なケースもあり、またエンテロウイルス71のように脳炎、心筋炎を起こし、致死的になったケースもありますので注意が必要です。

後藤純男展

後藤純男展に行ってきました。 妻がかつて富良野の後藤純男美術館に行き、感銘を受けたことがあり、自身でも興味をもち、秋の紅葉をあしらった寺院の絵の小品を贖い季節になると観賞していました。この度横浜のそごう美術館で後藤純男美術館15周年記念と銘打って後藤純男展が開催されているというので行ってみました。  それまでの小生の後藤画伯の絵画に対するイメージは桜と紅葉とお寺の絵だけでした。 入館して、まず北海道の山、冬の景色のコーナーがあり、その迫力に息を飲みました。人を寄せ付けないような黒々とした冬の層雲峡の岩壁を氷点下の中で写生したといいます。画伯は現場主義で写真は撮らないのだといいます。アトリエからの十勝岳連峰の大きな絵には更に惹きつけられました。精緻な細部までを書き込んだ雪をまとった山々、山の中腹から山麓への針葉樹の木々の表象がモノクロのトーンながら素晴らしかったです。写実だけではなく、実際は見えない視点からの作者の心象風景も書き込んであるとのことです。しばらく行くと冬の知床半島を描いた絵もありました。宇登呂か岩尾別辺りからのものでしょうか。羅臼から硫黄山さらに半島の先への知床連山でしょうか。冬のオホーツクの海から屹立しています。まさに地の果ての、しかも冬の厳しさの中での絵は心打つものがありました。冬の北海道の山は知らないのですが、山の好きな小生には素晴らしい、いつまでも見ていたい作品群でした。 しばらくして、後藤純男美術館館長である行定俊文氏(後藤純男氏の娘婿)による解説・案内がありました。十勝岳連峰の絵の前で後藤氏自らの挨拶がありましたが、80歳を越えて足腰が弱ったためか、車椅子での登場でした。しかし、その絵にかける情熱は並大抵のものではなくて、「ここに展示してある絵の一つとして満足しているものはありません。一つ一つに加筆したい気持ちはいっぱいですが、80歳を越えては無理です。せめて60歳だったらと、」繰り返し述べられました。芸術家というものは、どこまでも貪欲というか、完璧というものはないのでしょう。画伯は挨拶の後、退席されましたが、氏の写真を撮りたくて後を追いかけました。外に出られたのかと思いましたが、別のコーナーである絵に見入っておられました。西安の郊外の鄙びた山村の絵でした。お孫さんに車椅子を押してもらいながら遠くを見るような、懐かしむような眼差しでお二人で時折お話などされていました。お邪魔するのも失礼かと思いましたが、近づいていったら、見ず知らずの小生に説明して下さいました。西安の南には秦嶺山脈というのがありましてね、一日中ずっと越えて行ってある山村に着いたのです。これはその山村での絵です、云々と。そこには緑豊かな古い農家のある長閑な風景がありました。このような風景も開発の波が押し寄せ、現代の中国では急速になくなってきているとのことです。以前旅行で一寸立ち寄った西安と敦煌のおぼろげな記憶で、西安から西はもう砂漠ですよね、などといい加減なことをいうと、氏はいやそれは何百キロも先です。敦煌からトルファン、ずっとそれから先もっと素晴らしい所が一杯あります、とおっしゃいました。今は西安の大学で画学生を教えているそうです。日本画の源となる中国への恩返しの気持ちがあるとのことです。平山郁夫画伯もそうですが、仏画を描く絵の大家は中国へ、西域へと回帰していくのでしょうか。 厚かましいかと思いましたが、館内での撮影はご法度とのことで、外まで同行して戴き写真を撮らせてもらいました。 後藤画伯は千葉県野田市の真言宗住職の子として生まれ、13歳から僧侶としての修行を始めたそうですが、幼少より絵を描くことが大好きで、22歳の時、院展に初入選したそうです。当時、教職にあり、仏道の修行中の身であったのを、父の「どうせ苦労するなら好きな道でしろ」との言に後押しされて、画業に専念するようになったといいます。そして、仏道を断念した思いがずっと尾を引いていて、敢えて明るさを押し殺したような峻烈な色調、題材の絵を描いてきたといいます。そういう目でみれば、代表ともいえる大和の寺院風景も単に写実というよりも、荘厳さ、山門に在りながら、撥ねつけられるような厳しさを感じるのは気のせいでしょうか(漱石の門を思ってしまいました。) しばらく行くと眼にも鮮やかな紅葉に溶け込んだような寺院風景が描かれた大作がありました。解説によるとこのような絵を描けるようになったのは、画伯が大病を病んで日野原先生のおかげで九死に一生を得て、無事快癒した後からとのことです。死の淵から生還して人生観が変わって生をありのままに受け入れて、リラックスして美しいものもそのまま描けるようになって、その後鮮やかな色彩を使った絵を描くようになったとのことでした。それまでは人生の喜び、楽しみは封印されていたのでしょうか。吉野の中千本の山一面を埋め尽くしたような山桜もはっと息を飲むような美しさでした。近年は桜の樹の勢いが衰えたのかこのような美しさはもう見られなくなったとのことです。 モノクロのような峻厳な世界を越えた所の極彩色の世界があるから余計その美しさが際立つように思われました。 中国を題材にしたものでは、雲海黄山雨晴という、横14mにも及ぶ大作は見ごたえがありました。画面右の方ではまだ雨が降っていますが、左の方へ進むと次第に雨もあがり、陽光が岩壁に差し込んでくる様子が何とも素晴らしいでした。あたかもビバークの朝の太陽の恵み、生の息吹を感じさせてくれる光景を思い浮かべてしまいました。黄金色に映えた紫禁城の絵も素晴らしいものでした。
現代の大家ともいえる画伯ですが、絵画にかける情熱は若者のようでしたし、尊大な風もない真摯な一画人でした。素晴らしいひと時を過ごすことができました。 後藤純男展1.jpg後藤純男展2.jpg後藤純男展3.jpg

中原寺メール1/17

【住職閑話】~お酒~
年が明けて半月が経てばもうどこにも正月風景はありません。
大寒を前に、ここの所の寒さは一段と厳しく、その上乾燥しきっていますから風邪には十分注意したいものです。
 この冬は節電ということもあり、テレビや新聞広告などでさまざまな防寒対策が目につきます。
 お陰さまで私はここ数年風邪も引かずにいられるのは何故でしょうか?
体の中を温めるのが一番と自分勝手に思い込んで、適量のお酒をいただく功能でしょうか。
 タバコは「百害あって一利なし」、お酒は「百薬の長」といいますが、科学的にも証明されているようです。しかし、体質に合わない方には申し訳ないことですね。
 さて先日、親鸞聖人750回大遠忌ご正当報恩講法要に京都の本山へ参拝してきました。その際、ご懇志のお礼のお扱い品の中に「法縁」というラベルのお酒が入っていてちょっとびっくりしました。
よく神社では「お神酒」といって氏子に出されますが、本来仏教では五戒の一つが「不飲酒」、禅宗寺院ではよく「葷酒(くんしゅ)山門に入らず」と書いてあります。
 浄土真宗はどうして?
たしかに宗祖親鸞聖人は「戒律を守らないことが救いの条件とはならない」と「肉食妻帯(にくじきさいたい)」をなされたし、蓮如上人はご門徒が上山参詣されると「寒い日には御酒等のかんをよくさせられて、道中の寒さを忘れさせるように」されたといいます。
 それはすべてお酒も仏法への結縁の一助となるとの考えからでしょう。
でも正直、「おみやげにするまでのことはないのに」と思いました。