月別アーカイブ: 2012年2月

表皮水疱症

先日、「皮膚と骨髄のクロストークを利用した皮膚病治療の新展開」という、何だか難しそうな演題の講演がありました。阪大再生誘導医学講座教授というこれもまた難しそうな講座の教授玉井克人先生の講演でした。
 先天性表皮水疱症という疾患をご存じでしょうか。先天性に表皮が脆弱で、一寸した刺激で破れてしまい水疱や、びらんができる難病です。
 先生は若い頃からこの病気の研究に取り組み、米国に留学、最先端の研究を進めていたUitto教授の元で病因の解明に取り組んできたとのことです。1991年に同研究所で同僚がその中の1つの型である栄養障害型の原因が表皮と真皮を繋いでいる係留繊維のⅦ型コラーゲンに異常があることを発見したとのことです。
留学中はBP230という別(水疱性類天疱瘡)の水疱症の抗原の研究をしていて、結果を見いだせなかったという先生は、帰国後もずっと表皮水疱症の研究を続けていたそうです。
そして、2006年にノックアウトマウスを使って骨髄移植でⅦ型コラーゲンの欠損したマウスにⅦ型コラーゲンが表現できることを見出しました。これは、画期的なことでした。すなわち、骨髄移植によって栄養障害型表皮水疱症が治療でき、病状の寛解に持っていける希望の光がさしたことを証明したからでした。
早速、外国で実際の患者に骨髄移植がなされ、患者の寛解に至った例も報告されたのです。しかしながら、重篤な感染症や、移植後の白血病で死亡した例も報告されました。
 先生はより、安全な方法を模索して、骨髄移植に際し、GVHD(移植片対宿主病)を発症し易い造血幹細胞を取り除き、間葉系細胞のみを骨髄から選択的に取り出して、患者に移植する方法を確立中とのことでした。そして実施に向けて奮闘中とのことでした。
 難しい話題を、よく理解していない者が伝えるので更に解りづらく、誤解釈もあるかもしれませんが、その空気は感じていただけると思います。
 先生は若い頃、患児にこの病気はいつ頃治るようになるのと聞かれ、この子らが生きているうちに、瘢痕癌を起こさないうちに何とかしたいと念じたといいます。患者さんはなぜか、真っ直ぐな澄んだ心もちの人が多いといいます。
最先端の研究を行いながら、常に患者に視点がある臨床研究者だと思いました。研究の成果が待たれる思いでした。もう、一寸老化しかけた頭にはついていけませんが、若い皮膚科医が目を輝かせて、先生の話に聴きいっていろいろ質問していたのは素晴らしいと思いました。若々しい彼らの頭脳と情熱に期待しましょう。

かぶれについて

かぶれ、について考えてみました。
常々感じることですが、女性の患者さんが来院されて顔の湿疹が見られる時、まず最初に考えることは化粧などのかぶれではないかを見極めることです。そのことをお話すると、以前も化粧にかぶれて、今回もどうもまたそれらしい、ということなら原因もしぼれて話もかみ合いますが、そうでない場合の方が多く、だいたい「いままで同じものを使っていてかぶれたことはありません。」といわれます。それは言外に「いままでずっとかぶれなかったからその化粧品は原因ではない、他の原因です。それを調べて下さい。」との思いが見てとれます。
むろん、以前このブログにも書きましたように顔の赤みで湿疹以外の病気は山ほどあり、なかなかそれを全て鑑別するのは至難の業なのですが、ここでは「かぶれ」に限って話を進めます。
「かぶれ」とは接触皮膚炎のことで、一次刺激性とアレルギー性のものがあります。
一次刺激性とは高濃度になれば誰でもがかぶれるような薬品、化学物質などで、原則として人を選びません。すなわち濃度によっては全ての人がかぶれるわけです。
ところが、アレルギー性接触皮膚炎とは一部の人がなるものです。例えば、時計かぶれ、サンダルかぶれは誰もがかぶれるわけではありません。化粧によるアレルギーも同様です。
接触アレルギーの成り立ちを一寸、専門的過ぎますが述べてみたいと思います。
1) 単純化学物質(金属、化粧品の成分など)が皮膚に付着
2) 抗原として働く大きな担体蛋白質(表皮細胞膜たんぱく質)と結合
3) これが抗原呈示細胞であるLangerhans細胞に取り込まれ、抗原情報を獲得する
4) これは所属リンパ節に泳ぎ寄り、そこでTリンパ球に抗原情報を伝達する
5) そこでTリンパ球は増殖分化し、エフェクターT細胞(メモリーT細胞)となり、接触アレルギーの感作が成立する
6) エフェクターT細胞の全身への分布
7) 単純化学物質の皮膚への再接触
8) 抗原・担体とエフェクターT細胞との反応(Langerhans細胞の介助による)
9) エフェクターT細胞からの炎症メディエイター(サイトカイン)の放出
10) 湿疹反応(かぶれ)を引き起こす
難しい話は抜きにしても、要するにしばらく接触し続けていないと感作は成立しない、しばらく化粧品をつけていたから感作が成立した、かぶれるようになったということが解ると思います。すなわち以前かぶれていないから今もかぶれない、ということはないのです。
なぜ、特定の人が突然感作されるのか(アレルギーになるのか)までは解っていないと思いますが。
 最近巷を賑わしたお茶石鹸ももちもちした泡立ちを際立たせるために、加水分解小麦が添加されましたが、それが多くの人に使われたこともあり、小麦アレルギー、アナフィラキシーを発生してしまい発売中止になりました。原因物質は小麦成分のグルパール19Sということが判明し、プリックテストなどによる診断も確立され、皮膚科、アレルギー学会による更なる病気の解明も進められているようです。このタイプのアレルギーはⅠ型アレルギー(即時型アレルギー)またはⅢ型アレルギーといって、接触皮膚炎のⅣ型アレルギー(遅延型アレルギー)とは別のものではありますが。(詳細はリウマチ・アレルギー情報センターのホームページより調べることができます。)
 顔のかぶれの原因は多岐に亘り、化粧品だけではなく、石鹸、シャンプー、毛染め、植物(うるし、サクラソウ、ギンナン、菊など)や日焼け止め、医薬品など様々で、かぶれらしくても原因が分からずもどかしい思いをすることも多々あります。
 しかも、原因物質に日光が合わさってはじめてアレルギーになるものもあります。これを光接触皮膚炎といいますが、その代表が口紅に含まれるエオジン、オーデコロンなどに含まれるムスク・アンブレティ、サンスクリーンに含まれる紫外線吸収剤などです。
いずれまとめたいと思いますが、今までかぶれなかった化粧品でもかぶれることがあることは知っておいて下さい。

中原寺メール2/20

【住職閑話】~鍾馗って読めますか~
 立春が過ぎても今年の寒さは本当にきついですね。
とうとう風邪を引いて17日の夜と18日の午後からはベッドの中で過ごしました。今月はちょっと過密スケジュールだったかもしれません。
 ところで今は桃の節句を控えて雛人形がきれいです。吊るし雛も話題になって女の子の節句は賑やかです。
 お寺でも娘がロビーに段飾りを設けて、お参りの人たちの目にとまっています。雛人形の段飾りは昔も今も変わっていないようですが、端午の節句の段飾りは随分変化しているようです。
 私の誕生に買ってくれた戦前の五月人形は、今はお蔵入りになっていますが、上段には戦陣の武者人形があり、下段には左に真っ赤な顔をして髭もじゃの怖い鍾馗様(しょうきさま)、右に神武天皇がありました。
 デパートの人形売り場に聞いてみたら、もうこういう段飾りはないということでした。
 しょうきさま、しょうきさまとは覚えていましたが、まさか「鍾馗様」とこんな難しい字を書くとは、ついぞ知りませんでした。
そこで「鍾馗」なる人物を調べると次のようでした。
 『中国では広く信仰されていた厄除けの神で、唐の玄宗皇帝が病床に伏せていたとき、夢の中に小さな鬼が現れた。玄宗が兵士を呼んで追い払おうとすると、突然大きな鬼が現れてその小鬼を退治した。そしてその大きな鬼は、「自分は鍾馗といって、役人の採用試験に落第して自殺した者だが、もし自分を手厚く葬ってくれるならば、天下の害悪を除いてやろう」といった。目が覚めると病気がすっかり治っていたので、玄宗は兵士に命じて鍾馗の姿を描かせ、以来、鍾馗の図を門にはり出して、邪気病除けにするようになった』と。
 面白いですね。中国の民間信仰が戦前の日本の端午の節句に及んでいたなんて。それも室町時代からのようですね。
しかも、戦前、日本の陸軍二式単座戦闘機に「鍾馗」という名が付けられていたとは。
 戦後の時代は、まして現代では鍾馗様なんて知る人ぞなきでしょうか。
なんでも勇ましいものを強調した昔と比べ、草食系と言われる今の時代の変遷をしきりと覚えます。

シミ・肝斑・レーザー

学会でシミ・アザに対するレーザー治療の話がありました。
今回は特に肝斑に対するレーザートーニングの話があり、興味深いものでした。
従来は、(現在でも)学会権威の話では肝斑にはレーザーは禁忌(やってはいけない事)となっています。一旦は色素が減っても炎症後色素沈着のために却ってしみが濃くなるからです。
 QスイッチNd:YAGレーザー「メドライトC6」は532nmと1064nmの2つの波長を搭載していて、1064nmを低出力で照射する治療法がレーザートーニングだそうです。
肝斑は中年女性に多く、女性ホルモン、紫外線の影響で悪化します。典型的な例は頬部の三日月型の淡褐色のしみで眼の周囲にはできません。また表皮基底層の色素増加であるために、太田母斑や後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)のように真皮メラノサイトはみられないために青みがかった色はみられません。
 レーザートーニングでは低出力照射による穏やかな加熱で表皮基底層のメラニン色素を非侵襲的に除去することで、炎症による皮膚の日焼け症状や色素増強を抑えながらしみを改善していくというものです。
 症例の呈示がありましたが、4,5回ほどの照射でかなり肝斑のしみが改善していました。また日光黒子、Qスイッチルビーレーザー後の色素沈着にも有効だったとの報告がありました。
勿論これは肝斑を根治させる治療ではなく、いずれ再発するとのことです。
但し、施術後2年たっても遮光のみで再発してない例もあるとのことでした。この施術を可とするか不可とするかは個人の治療に対する考え方の違いでしょうが、ビタミンC,トランサミン、ハイドロキノン位しかなかった肝斑の治療に新たな武器が登場したことは間違いないでしょう。
 またレーザートーニングの利点は、マイルドな治療法であるために、麻酔が必要でなく、ダウンタイムがないために施術後、すぐに化粧ができることでしょう。
中国、韓国などでは高度な効果を求めて、美容も形成も強力に推し進める施術が好まれるということですが、日本ではむしろ特別な施術をしていることが分からない方法が好まれるとのことです。そういう意味でも効果は緩くても日本人にあっている施術かなと思いました。

 まだ導入間もない方法のようですが、注意深く効果・副作用など検討を続けていく必要があるかと思いました。

伝染性軟属腫(水いぼ)

伝染性軟属腫(水いぼ)について書きました。
スイミングスクールなどに通う子供によくみられます。今日もそういった母子が来院しました。アトピー性皮膚炎、乾燥肌の子供が多くかかりやすく、ビート板、浮き輪、友達同士の接触で感染します。湿疹化したりして痒みがあるのも辛いですが、お母さんが強く訴えていたのは、子供がプールに行きたくて仕方ないのですよ、ということでした。
専門の先生の見解では、治療完了まで水泳、プールを避けることが望ましい、となっていますが、多少の見解の相違はあるようです。水で感染するのは否定的ですので、ビート板などを共用せず、他人との接触を避け、ウエットスーツなどでガードすればプールでの感染はかなり避けられるかと思います。
ピンセットでの摘除が最も確実ですが、嫌がる子も多く痛み止めのテープも麻酔薬のアレルギーを注意しながら使う必要があり、自然治癒を待たざる得ないこともあります。
皮膚疾患解説を参考にしてみて下さい。

ローマ人の物語

塩野七生「ローマ人の物語」を読んでみました。数年前にこの本を知り、次第にそのファンになっていきました。古代ローマ人の建国からカエサル、アウグストゥスに到る発展の歴史は人口に膾炙した壮大なドラマですが、国が栄えて行く時の物語はわくわくするような勢いを感じられ、前半は一気呵成に読みました。特にハンニバルの象によるアルプス越え、カンネの戦い、スキピオによるカルタゴへの逆襲、などはまるでリアルなの戦記を読むかのような思いでした。そして、「賽は投げられた!」であまりにも有名なカエサルのルビコン川越えは、この物語のハイライトといえる場面といえます。当時、北の国境とされたルビコン川を軍団と共に渡るのは国法で禁じられていました。しかし、ガリアを制圧しながらも、元老院から解任の最終勧告をうけたカエサルにとっては最終決断の時でした。「ここを越えれば、人間世界の悲惨。越えなければ、わが破滅」「進もう、神々の待つところへ、われわれを侮辱した敵の待つところへ、賽は投げられた!」と兵士達に告げ、進軍した、と著者は書きます。著者のカエサル命は微笑ましい程で、その筆致にも勢いが感じられます。カエサルによって共和政から帝政に移行したローマでしたが、その治政は紀元前44年の3月15日に悲劇の暗殺によって幕を閉じることになります。その後のクレオパトラとアントニウスの物語も有名です。カエサルが後継者に指名したオクタヴィアヌス、後のアウグストゥスによってローマ帝国は広大な領土が統一され、パックス・ロマーナの時代に入っていきます。
しかし、その後の皇帝達は、ティベリウス、ネロなどと悪名高い皇帝として後世に残っています。2世紀にはいると、賢帝の世紀といわれるように、五賢帝が統治し「黄金の世紀」といわれるようになります。ネルヴァ、トライアヌス、ハドリアヌス、アントニウス・ピウス、マルクス・アウレリウスと続き、版図も最大になりローマ帝国の全盛期となりました。しかしながら、次第に衰退の影が忍び寄って来つつありました。飢饉、東方でのパルティア戦役、下剋上の時代へと突入していきました。
 3世紀に入ると、度重なる蛮族の侵入、辺境防衛のための軍事費増加とそれによる財政悪化、官僚機構の肥大化、次々に替わる皇帝と帝国は「3世紀の危機」を迎えるに至りました。73年間に実に22人の皇帝が入れ替わり立ち替わり登場しました。政策は一定せず、迷走しました。まるで現代のどこかの国を彷彿とさせる状況だったようです。
3世紀末になると、ディオクレチアヌス帝が現れて、帝国の分担統治を実施して広大な国土の効率的な防衛によって、帝国の再生を目指しました。さらに副帝をも置き、四頭政を導入しました。皇位継承をめぐる内乱を未然に防ぐ目的でしたが、やはり、四頭は並び立たず内乱に陥りました。また次のコンスタンティヌス帝は北方蛮族の掃討に成功し、新しい首都コンスタンティノポリスに本拠地を移し、キリスト教を公認し帝国の再生を目指しました。しかし、著者はこのことによってローマ的特質は葬り去られた、と書きます。
『ローマ帝国では、後期に入ってもなお、多人種・多民族・多宗教・多文化の帝国であったことでは変わりはない。そして、すべてが多様であるこの大帝国は、「ローマ法」と「ローマ皇帝」と「ローマの宗教」というゆるやかな輪をはめることによって、まとまりを保ってきたのであった。「ミラノ勅令」は、そのうちの「ローマ宗教」という輪をはずしたのだ。』『この2人の皇帝によってローマ帝国は再生したとする研究者は多いが、実は全く別の帝国に変えることによって帝国を存続させた。』と著者は述べます。
 コンスタンティヌス帝の後、一時ユリアヌスによる伝統的な多神教への回帰がありますが、続く皇帝達によってローマのキリスト教化は進んでいきました。「キリストの勝利」として著者はまとめて書き進んでいますが、キリスト教徒ではない著者は西洋人とは一味違ったアウトサイダー(?)としての冷めたとらえ方をしているように思われました。
後世の歴史に皇帝コンスタンティヌスが大帝(マーニュス)と呼ばれるようになったのは、ひとえに彼がキリスト教を公認したからですが、実は彼自身はキリスト教徒ではなく亡くなる前にやっと洗礼を受けたらしいこと、どうもキリスト教を公認したのは政治的理由で、以前の皇帝達がローマ市民からのリコール(?)を受けて殺されたり失脚したのをみて、自身の家系の存続を願ったためのようです。ローマの司教達を優遇して、王権を絶対的な権威にすること、いわば後世まで続いた「王権神授説」アイデアの先駆けは彼だった、と述べています。
そして、もう一人、キリスト教化について重要な人物がいました。長らくローマの高級官僚であり、キリスト者でもなかったが、後に請われてミラノ司教になったアンブロシウスです。文庫本40巻の表紙の見返しに下記のように書いてありました。
「ユリアヌスは数々の改革を実行したが、その生涯は短く終わる。政策の多くが後継の皇帝たちから無効とされ、ローマのキリスト教化は一層進んだ。そして皇帝テシオドスがキリスト教を国教と定めるに至り、キリスト教の覇権は決定的となる。ついにローマ帝国はキリスト教に呑み込まれたのだ。この大逆転の背後には、権謀術数に長けたミラノ司教、アンブロシウスの存在があった。」「彼は、キリスト教と世俗の権力の関係を、実に正確に把握していたのにちがいない。皇帝がその地位に就くのも権力を行使できるのも、神が認めたからであり、その神の意向を人間に伝えるのは司教とされている以上、皇帝といえども司教の意に逆らうことはできない。」
4世紀も末になると蛮族、とりわけフン族の侵攻が活発になってきました。それに押されるようにゲルマン民族がローマ領内に侵入してきました。そして、次第に東と西のローマ帝国は分離の道をたどり、5世紀には西ローマ帝国は崩れるように滅亡していきます。
西ゴート族、ヴァンダル族にイタリアは蹂躙され、476年西ゴート族の族長オドアケルが西ローマ皇帝を退位させ、実質的にローマ帝国は滅亡しました。東ローマ帝国は存続し続けますが、「都市アテネなき都市国家アテネがありえないのと同じに、ローマなきローマ帝国はありえない。首都がコンスタンティノポリスでは、それはもうローマ帝国ではないのである。ましてやラテン語ではなく、ギリシャ語を話すのでは」とあるように東ローマ帝国はもはや古代ローマ帝国とは別の国といえます。
 この後のイタリアはパクス・バルバリカと呼ばれる平和が半世紀も続いたとい

日光角化症

先日、日光角化症の講演がありました。
太陽の紫外線がヒトの皮膚に癌を発生させる原因の一つであることは19世紀に既に分かっていました。また疫学的に皮膚癌は露光部に多く発生する、白色人種は皮膚癌が多い、太陽光線の強い地域に住む白人程発生頻度は高い、戸外労働者は室内労働者に比べて発生頻度は高い、ということも分かっていました。日本でも北海道から沖縄までの大学での調査がなされ概ね緯度に逆相関して皮膚癌の発生率は増加することが明らかにされています。そして、近年は日光角化症の著しい増加がこの調査から指摘されています。その原因として、まず人口の高齢化が挙げられます。また受診率の高さ、診断力の向上などもあるとされます。更に近年成層圏のオゾンは減少傾向にあり、フロンガスなどの化学物質によるその破壊が原因と考えられています。オゾンは紫外線を吸収する作用を持つので、その減少は地表の紫外線の増加につながります。特に南極オゾンホールに近いニュージーランド、オーストラリアなどではその影響は大とされます。
大腸菌などの研究により、細胞には紫外線や放射線によるDNAの傷を修復する能力があることがわかってきました。
ヒトでの紫外線と発癌、DNA修復機構の関係を確立したのは色素性乾皮症という紫外線に非常に感受性が高く、紫外線発癌し易い遺伝性の疾患の研究によるところが大です。(これについてはいずれ書きたいと思いますが)
 人間の細胞は紫外線によって細胞に傷を受けても修復します。それでも長期間光を浴びているとごく稀に正常に修復されず遺伝子変異が生じる事があります。近年癌抑制遺伝子p53の変異が発癌に関係していることが示されてきています。また免疫監視機構の低下、抑制も発癌へと繋がるとされます。
日光角化症は皮膚癌(有棘細胞癌)へと進行することもある前駆病変といえますが、最近手術だけではなく塗り薬でそれを治療する選択肢も可能になりました。(ベセルナクリーム)
いずれにしても、正しい診断が何よりも大切ですので心配な時は皮膚科の主治医に相談されることが重要です。
講演内容は「院長コラム」にまとめました。一寸覗いてみて下さい。