月別アーカイブ: 2013年12月

中原寺メール12/31

【前住職閑話】~磁石の如し~
 大晦日、あと数時間で年越しですね。
今年もあっという間の一年でした。
昭和が終わって、時の官房長官小渕さんが元号「平成」と書いた紙をテレビ画面で国民に示したのがついこの間のように思われます。
 「あーあーやんなっちゃった、あーあーあーあ驚いた♪」と笑わせた牧伸二さんも今年逝ってしまいましたね。
 年を取ると嘆き節ばかりがあちこちから聞こえてきますが、これだけは愚痴だから注意したいものです。年はみんな平等に取るのですから、自分ばかり被害者意識を持つのは正しいことではありません。
 体の衰えに反比例して、心が豊かになることに努める人こそ仏法者といえる人です。仏法を聞くことを大切にする人は開かれた人間に変わります。
「真実に必ず目覚めさせる!」との阿弥陀さまの願いとはたらきを「本願力」(ほんがんりき)といいますが、それを親鸞聖人は「磁石の如し」と喩えています。
 錆びついた釘も磁石に吸い取られると、釘自身が磁石となり他のものを引く力を発揮するようなものです。
 常に新鮮ないのちをいただいていることを忘れないように、「ありがとうで年が暮れ、ありがとうで年を迎えましょう」。

谷川岳一ノ倉沢

先日山岳雑誌岳人の頁を何の気なしにめくっていると「一ノ倉沢衝立岩グリズリー+コンドル」という登山クロニクルの記事が目に止まりました。
 谷川岳一ノ倉沢衝立岩正面壁といえば登攀不可能として長らく岩登りを目指す岳人の憧れのまととなった岩壁でした。人工登攀のテクニックを駆使して初めて登られたのが1959年8月のことでした。その中の代表的ともいえる雲稜第1ルートとダイレクトカンテルートのフリークライミングの報告でした。
あのオーバーハングの連続するルートをオールフリーで登るなどは小生の想像を絶する行為なので、驚き以外の何のコメントもありませんが、写真や登攀ルート図などを見ているうちにかつて青春の一時期岩登りに血道をあげていた頃の甘酸っぱい思いが甦ってきました。
70年代の頃は街の山岳会が盛んで、鉄の時代、スーパーアルピニズムの時代といわれて人工登攀が華やかな頃でした。
小生も20代の一時期谷川岳に入れ込んだ頃がありました。その中でも一ノ倉沢の思い出は特別のものです。

一ノ倉沢は谷川岳を代表する険悪な沢というか、その奥にすり鉢を縦に断ち切ったようなかたちに屹立する岩壁群を抱えています。その出会いに立つと正面に衝立岩が他を睥睨するように聳えています。
 ある時、衝立正面壁を登るべくクラブのパートナーとテールリッジを登って基部まで行きました。その日は台風が近づいていましたが、まだ曇り空で風もありませんでした。しばしの思案の後、壁に取りつきました。冷静に考えれば初めての衝立でそんな日に登るのは無謀でした。登るに連れて雨が降り出し、風も出てきてザイルがほとんど真横に流されていたことを記憶しています。撤退するにもいくつかハングを越えてしまって上に抜けた方が易しい状況でした。
アクシデントは最後の洞穴ハングで起きました。多分相当疲れて消耗していたのだと思います。オーバーハングは出口を抜け出るのが一番骨が折れます。鐙に乗って上を見ると赤いシュリンゲ(細縄)がぶら下がっているのが見えました。これにつかまって体を引き上げればもうハングを乗っ越せる、と引っ張ったとたんにブチッときれて真っ逆さまに墜落してしまいました。冷静に考えれば残置シュリンゲに体重をかけるなどあってはならない初歩的なミスです。疲れ果てて甘い誘惑にかられたのでしょう。ジッヘルしていたセカンドは壁にしたたかぶつけられたようでしたが、小生はハングの頂点からの落下だったので空中を飛び、滑り台のような下の斜面にぶつかっただけで怪我はありませんでした。しかし、ショックは大きくトップは替わってもらいました。どうやって上まであがったかよく覚えていません。ただ、ほうほうの体で雨の中北陵を懸垂下降しました。懸垂下降器の間から泥水がしぶきのように噴出していたのを覚えています。
 また、ある時はダイレクトカンテの垂壁を直上している時に、鐙をかけたハーケンがちぎれて墜落してしまいました。この時ルートを見失いがちになって曲がったハーケンにカラビナをかけてしまいました。やはり余裕がなかったのでしょう。鐙に体重をかけた時にハーケンが途中から千切れて中のジュラルミン色の銀色が拡がって鉄が裂けていくのがいまだに目に焼き付いています。ほんの2、3秒の出来事でしたがその絶望的な時間は忘れようもありません。この時も自分は空中を飛んで、怪我一つありませんでしたが、パートナーは握っていたザイルが滑り、やけどをして指の肉をごっそり持っていかれてしまいました。
 衝立岩はよくよく因縁のあるところらしく、後日リベンジに臨んだダイレクトカンテで衝立岩正面の上部から大音響とともに落石がありました。人の体程もあろうかという岩が崩落し、なんとその後から登攀者も一緒に落ちてきました。ザイルが一杯に伸びきって一瞬、止まったかに見えたその直後にそのザイルに引っ張られるかのようにもう一人の確保者も空中に投げ出されてしまいました。2人は弧を描くかのようにして墜落していってしまいました。一瞬の出来事でした。実はその日は偶然クラブの若手が衝立岩を狙っていて、正面壁に挑んでいました。つい今しがた基部で別れたばかりで彼らが墜ちたのかもしれないと気が動転しました。ダイレクトカンテ終了点から急ぎ下降し、衝立スラブをひたすら駆け上りました。遭難者はクラブの仲間ではありませんでしたが、先程まで元気にしていた人の無残な姿に愕然とし、ひたすら合掌するしかありませんでした。
 一の沢も意外と悪相でした。草付きというか泥壁で掴んでも掴んでもずるずるすべり、そのまま沢床まで滑り台のように墜ちたことがありました。その後も滝口で透明な苔に気付かず滑り落ち、大の字になりましたが、偶然靴のコバが襞のような岩棚に引っ掛かり墜落せずに済みました。
 コップの広場(といっても斜面ですが)では浮石に乗ってスリップするし、左岩壁ルートではどろ壁でスリップするも、なぜが岩に挟まって墜落を免れました。
 こうやって思い起こすと、怪我もせずに無事で済んだのがむしろ不思議な位です。上記の一つでも一寸間違えば土合の慰霊塔の仲間入りをしていたかもしれません。こうもあちこちで墜ちたのは実力的に劣っていたのかもしれません。
 でも20代のひと頃は谷川岳に魅せられていてその魔力に引き寄せられていたのでしょう。冬の一ノ倉沢にまで出かけていました。滝沢からの雪崩をかいくぐりながら何度かテールリッジを行き来したものでした。

岩から遠ざかってから数十年もたち、岩登りの様相もすっかり変わってきてしまいました。当時新しかったものは逆に古くなり、今時どた靴に鐙など持ち出して来たら周りから笑われるか顰蹙をかうかもしれません。先日、街のクライミングジムに行き、フリークライミングのまねごとをしたらスリップして肩を脱臼しそうになりました。まさに年寄りの冷や水でした。
 若い頃に岩登りをした経験が何かの役に立っていることはまずありません。しかし、一度しかない人生に深い彩を与えてくれたのだろうと思います。
 もうザイルのトップを務める技量も体力もありません。しかし、すこし頑張ってガイドに引っ張り上げてもらえたらな、などと夢物語のように思ったものでした。

炎症後色素沈着

炎症後色素沈着( Post inflammatory hyperpigmentation: PIH)

様々な疾患や外傷などがその原因になります。
各種の感染症(とびひ、癜風、帯状疱疹など)、アレルギー性、免疫性の疾患(接触皮膚炎、アトピー性皮膚炎、強皮症、エリテマトーデスなど)炎症性角化症(乾癬、扁平苔癬など)薬疹(固定薬疹、光線過敏性薬疹)、ニキビなどの疾患があげられます。それ以外にも炎症を生じる疾患ならばその治癒過程で色素沈着を生じます。
 また炎症性の疾患ではなくても、物理的な外傷、擦過傷、日焼け、熱傷、レーザー治療、凍結療法などによっても生じます。また引っ掻くこと、擦ることなどで起こる炎症後色素沈着は意外と無視できないほどに多くの場面で隠れた原因となっています。

炎症性色素沈着の発症には、スキンタイプが関係します。スキンタイプⅣ、Ⅴなどの色黒で日焼け後に黒くなり易いタイプの人は発症し易いので注意を要します。
スキンタイプⅣ  サンバーンなし、常にサンタン
スキンタイプⅤ  茶色の皮膚色
日本人の多くはこのスキンタイプに入りますので、白人に比べて炎症後色素沈着が起き易い人種といえます。Qスイッチレーザー治療後の色素沈着はほぼ50%の人に生じるといいます。

炎症後の色素沈着が生じる機序は完全には解明されていません。しかし、皮膚に炎症が生じるとアラキドン酸代謝産物やさまざまなサイトカインが活性化され、その刺激によってメラニン産生が促進されると考えられています。
 その関係するサイトカインは炎症の種類によってさまざまに異なるようです。例えば紫外線ではエンドセリンやstem cell factor(SCF)が重要な役割を担っていますし、外傷などでは創傷治癒に関係するTGF-α,PDGF,EGFなどが関係しているとのことです。

炎症後色素沈着には大きく分けて、2種類あります。1つは表皮メラノサイトが活性化することによって生じるものです。2つ目は表皮のメラニンが真皮に滴落して、メラノファージを形成して色素沈着を生じたものです。
これを組織学的色素失調(incontinentia pigmenti :IP)とよびますが、表皮全体に強い炎症が起きた場合に生じます。
この組織学的色素失調をきたすもので、「顔面のシミ」で忘れてはならないものにリール黒皮症(Riehl melanosis : RM)と摩擦黒皮症(friction melanosis: FM)があります。
【リール黒皮症】
1917年にリールが初めて報告した顔面の特異な色素沈着です。額から顔面の側面に黒褐色から灰色がかったスレート色の色素斑が生じますが、び慢性または網目状時に毛包性の色素沈着や丘疹を認めることもあります。軽度の紅斑、掻瘙痒、皮膚炎などの皮膚炎が先行し、その後に色素沈着が生じます。顔面が主体ですが、頸や腕、手などにでることもあります。リールは戦時下(第1次、第2次大戦)に多発した原因を戦時下の栄養不良状態からきたものと推定しました。日本では戦争黒皮症、女子顔面黒皮症などと呼ばれました。戦争が終わっても同様のケースがみられ、ある種のオイルや化粧品に含まれるアニリン染料による接触アレルギーが関与することが分かってきました。その後患者数は減少しましたが、日本では1973年から1976年頃に多く発症しました。接触アレルゲンが解明されてきてからは患者数は減少しました。
 いわゆる粗悪化粧品が一掃されてから激減したようです。
 接触アレルギーの原因物質としては、化粧品色素に含まれるSudanⅠ、PAN、衣類の染色に使われるナフトールAS、殺菌防腐剤のトリクロカルバンなどが報告されています。またフォルムアルデヒド、パラベン、香料、機械油、切削油なども報告されています。しかし全ての原因物質が同定されているわけではありません。
 文献による原因物質は多岐にわたります。衣類に使用される染料、防腐剤、殺菌剤、化粧品に使用されている色素、防腐剤、ヘアダイなど、また各種の香料、オーデコロンなどのジャスミン、麝香(ムスクアンブレッティ)、レモンオイルなどあるいは金属類、ウッドダスト、ミノキシジル(壮年性脱毛剤)など数え切れない程です。
さらにそれに紫外線の影響も関与しているケースもあります。(上記のなかには光過敏物資が多く含まれています。)
 以上の事を勘案すると女性に多いことが頷けます。現在は化粧品類の安全性が向上したとはいえ、pigmented contact dermatitis(色素沈着型の接触皮膚炎)には十分な注意が必要です。
 病理組織学的な特徴は、先に述べたように表皮基底細胞の破壊が起こり、組織学的色素失調を生じ、真皮内にメラニン色素の滴落をきたします。それで灰褐色の色素沈着を認めるようになります。
 治療はまず、原因物質の特定が重要です。炎症所見があればステロイド剤の外用を行いますが、なければ経過観察のみで1年程度で色素沈着は軽快してきます。ハイドロキノン等の美白剤やビタミンCなどの内服が使われる場合もあります。紫外線の防御も重要です。
【摩擦黒皮症】
20~30歳代のやせ形の女性に多く鎖骨上部や脊柱などの骨の直上部の皮膚に限局してみられますが、顔面や頚部など骨の突出部でない部位に生じることもあります。
 ナイロンタオル(垢すりやボディーブラシなど)の長期使用による機械的な摩擦が原因ですので、タオル黒皮症と呼ばれることもあります。一部の症例では真皮にアミロイドの沈着がみられ、その異同が問題になることもあります。体質的に摩擦刺激で斑状アミロイドーシスになり易い人があるようです。
 繰り返しの摩擦によって皮膚に微細な傷がつくことで、表皮基底層もダメージをうけ、IPが生じ、色素沈着を起こします。基底層ではメラニン色素の増強が、真皮の上層ではメラノファージが認められます。
 ナイロンタオルの使用をやめ、摩擦を中止すると徐々に色調は淡くなりますが、容易に消失しない場合もあります。

【炎症後色素沈着(PIH)の治療】
PIHの治療、対応は表皮性の場合と、真皮性のIPを伴うものによって異なってきます。
表皮性のものは、原疾患、原因がとり除かれれば、メラノサイトの活性化は徐々に終息し、数か月以内で元に戻っていきます。しかし、衣服に覆われた部分では日光暴露などの刺激に晒される機会が少ないために、修復の対応が鈍く、半年以上も色素沈着が遷延することもあるとのことです。しかし1年以上も続いたり、灰褐色調があればIPを考える必要性があります。
 いずれの場合もまず初めは遮光に心がけ、摩擦を避けることが重要です。その上で、通常の美白治療を行います。ハイドロキノンなどが有効ですが、そのかぶれ、オクロノーシス(色素増強)などの副作用に注意を要します。従って、その連続使用は3-6か月以内に留めるべきだとされています。
 1年以上たって、IPの可能性が高い場合は、FDM(太田母斑やADM/SDM)と同様に考えてQスイッチレーザーが有効な場合もあります。
しかし、表皮基底層にメラニン色素、活性化メラノサイトが残存している場合はそれを破壊することによってかえってIPを助長したり、逆に表皮のメラノサイトを破壊することによって永久色素脱失をきたす恐れもあるとのことです。
表皮の炎症後色素沈着があるうちにレーザー治療を行うことは色素脱失を生じる危険性があることを十分認識する必要性があるとのことです。(渡辺による)

ステロイド外用剤そのものでは、色素沈着を起こす作用はありませんが、炎症が鎮静化した後もずっと使用すると高率にPIHを起こす可能性があるとのことです。それはステロイド外用剤が表皮のターンオーバーを抑制し、メラニン色素の排泄を遅らせる可能性があるからです。

顔面のシミ、特に色黒の女性の場合は、さまざまな割合でPIHが混ざっているケースが多いようです。アトピー性皮膚炎や化粧かぶれ、肝斑にしても、SDMにしても、それを治すために皆さまざまなスキンケアをしています。良かれと思ってやっていることが逆に刺激になってPIHを引き起こし悪化しているケースはかなり多いように思われます。
治療の根幹は以下のように纏められるかと思います。
・紫外線の防御
・摩擦の禁止
・リール黒皮症などのように接触源、光接触源を断つこと
・ハイドロキノンなどの美白剤による治療、欧米ではトレチノインも使われますが日本人では刺激に注意
・ビタミンC,トランサミンなどによる美白。(但し、欧米でのトランサミンのEBM評価は確立されていない)
・適切なレーザー治療

参考文献

皮膚科臨床アセット 11 シミと白斑 最新診療ガイド 中山書店 2012 東京
総編集◎古江増隆 専門編集◎市橋正光
11.わたしの勧めるシミ対策(1) 皮膚科の立場から   米井 希、山本有紀 p61
12.わたしの勧めるシミ対策(2) 形成外科の立場から  久野慎一郎、吉村浩太郎p64
31.新しいシミ治療を展望する:形成外科の立場から  山下理絵 p162

皮膚レーザー治療プロフェッショナル  南江堂 2013 東京
渡辺晋一/岩崎泰政/葛西健一郎
色素沈着症           渡辺晋一 p81-169

皮膚科診療カラーアトラス体系3 色調異常 他  講談社 2009年 東京
編集/鈴木啓之・神崎 保
Riehl黒皮症             小塚雄民  p54

摩擦黒皮症            手塚匡哉  p56

太田母斑

顔面の主に三叉神経の第1枝、2枝支配領域に生じる褐色から青色の色素斑をいいます。
日本人を始めアジア人に多く、1939年に太田正雄が、眼・上顎部褐青色母斑(naevus fuscocaeruleus ophthalmomaxillaris)として報告されたために太田母斑とよばれます。しかし、1861年にはHulkeが眼球と顔面の皮膚に生じた色素病変を初めに報告し、1916年にはPuseyが同様な色素斑の中国人留学生の患者の報告をしているそうです。わずかながら黒人、白人にもみられるとのことです。(渡辺による)
しかし、現在では国際的にも太田母斑という名称が広く定着しています。太田母斑は真の母斑ではなく真皮メラノサイトの増加を主とした色素増加症である(渡辺による)という意見もありますが、母斑の定義は難しく明確なものはありません。
「色調ないし形の異常を示す皮膚または粘膜の奇形」(Unna)や「遺伝子の突然変異で生じる、すなわち遺伝子モザイクによる皮膚または粘膜の病変で、増殖傾向がほとんどないもの」(Happle)などいろいろあります。「先人達が母斑と呼んできた物が母斑である」(Jadassohn)との説もあります。
先人達があまりに多様な病態に母斑の名をつけてきたために、母斑と呼ばれているものすべてを的確に定義することは難しい、とのことです。(この項、三橋による)

【臨床症状】
色調は黒褐色、青色、灰色などと様々ですが、基本的には灰青色のベースの上に褐色調の色が混じっています。これは真皮のメラニン色素の深さが様々であることによります。黒は角層内のメラニンを、こげ茶は表皮内のメラニンを、淡茶は基底層のメラニンを、灰色は真皮乳頭層のメラニンを、青色は真皮内のメラニンを表しています。
色素斑はび漫性のものが70%、そばかす様の点状のものが30%の割合とのことです。
時には、眼球結膜、強膜に青色の色素斑(眼球メラノーシス)がみられます。また口蓋メラノーシスをみることもあります。(渡辺による)
太田母斑はその範囲、重症度によってⅣ型に分類されています。
Ⅰ 軽度型:a.眼窩型・・・眼瞼部にパンダのように色素がみられる
b.頬骨型・・・下眼瞼部に三日月のように色素がみられる
c.前額型・・・眉毛の上に三日月のように色素がみられる
d.鼻翼型・・・小鼻に、鼻翼に色素がみられる
Ⅱ 中等度型
隻眼のアイマスク部位に色素がみられるような型
Ⅲ 高度型
顔面の片側、額から眼瞼、頬部、ときには側頭部にまで至る部位に色素がみられる型
Ⅳ 両側型
a. 対称型・・・・後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)
対称性真皮メラノサイトーシス(SDM)
b. 非対称型

【発症年齢】
生後数か月以内というのがほとんどだそうですが、10歳以降、成人での発症もあるようです。思春期までに色調は濃くなり、拡大傾向にあるとのことです。
【病理組織】
真皮内のメラノサイトが浅層から深層までのさまざまな深さにみられます。膠原繊維束に沿って散在性にみられるために、その構築を乱すことはないとのことです。
メラノサイトは発生の過程で、胎生期に神経管から皮膚に移行して表皮の基底層に定着するのですが、この定着過程に障害があると表皮まで辿り着けずに真皮メラノサイトとして残存し、このような病態を引き起こすようです。
【治療】
Qスイッチレーザーによる治療がゴールデン・スタンダードです。真皮メラノサイトーシスの項目で書きましたので省略します。ADM/SDMと比べると色素量が多く、真皮深部まで及ぶことから回数は多く必要です。ただし、治療間隔を3-4か月以上開けないと、治療効果が悪かったり、後で色素脱失などの後遺症を残す恐れがあるとのことです。治療効果は下床に骨のあるこめかみ部が最も良く、そうでない眼瞼部が最も治りにくいそうです。
治療に際しては、特に眼瞼部では痛みが強いために、外用だけでは不十分で局所麻酔薬の注射も行うことがあります。それで、小児の場合は全身麻酔をせざるを得ないこともあるそうです。またレーザー光から眼を保護するために特別なコンタクトレンズを装着します。
(渡辺による)
太田母斑は顔面にできたものをいうのですが、同様な色素斑は肩甲部にも生じます。これを伊藤母斑と呼びます。頻度は太田母斑の1/20程度だそうです。
【鑑別診断】
対称性真皮メラノサイトーシス(SDM):
遅発性に発症する、真皮の浅い部分に色素があるために色調がより褐色で濃淡がなく、青色調などの混在はない、加齢によって色調が濃くなるなどが太田母斑との違いだそうです。頻度は太田母斑の10倍程度とかなり多く圧倒的に女性に多いそうです。
しかしながら、両側性の太田母斑とSDMのきっちりした線引き、境界はあるのでしょうか。個人的にはいま一つ分からない感じがします。
蒙古斑:
Ⅰ型 軽症型と異所性蒙古斑の鑑別が必要です。蒙古斑は単一な青色から灰青色を呈すること、徐々に消退していくことで区別がつくとのことです。しかしこれも異所性の蒙古斑では消失しにくく、成人まで残る例もあるとのことです。色調もクリアカットに分けられない場合もあるようです。こうなるとどこで両者の線引きをするのだろうと思ってしまいます。
太田母斑も典型的な例は問題ないとしても、非定型的なもの、周辺部分のものはどのように違うのか教本を読んでいても小生には良く理解できませんでした。

真皮のメラノサイトーシスはなかなか奥が深そうです。人種、個人の多様性があるようにこの分野の色素異常にも多様性があって複雑なのは仕方ないのでしょう。
まとめたつもりが纏まらない書き方になってしまったきらいがあります。請うご容赦。

参考文献
皮膚科臨床アセット 11 シミと白斑 最新診療ガイド
総編集◎古江増隆  専門編集◎市橋正光   中山書店  2011 東京
各論 16. 太田母斑の病態・診断       溝口昌子・村上富美子 p84

皮膚科臨床アセット 15 母斑と母斑症アップグレード
総編集◎古江増隆  専門編集◎金田真理   中山書店  2011 東京
各論 18.太田母斑                  村上富美子 p93
          19.伊藤母斑                  村上富美子 p97

皮膚レーザー治療プロフェッショナル
プロから学ぶ正しい知識と手技
渡辺晋一/岩崎泰政/葛西健一郎    南江堂 2013  東京
B.色素沈着症    渡辺晋一

皮膚科診療カラーアトラス体系3 色調異常 他
編集/鈴木啓之・神崎 保
太田母斑                            渡辺晋一 p46
太田母斑のレーザー療法             渡辺晋一 p47

Shinichi Watanabe and Hisashi Takahashi. Treatment of Nevus of Ota with the Q-Switched Ruby Laser. N Engl J Med 1994,331:1745-1750.

 

太田母斑.

太田母斑2

melanosis眼球メラノーシス

中原寺メール12/17

【前住職閑話】~仏法とは鉄砲の反対!
 身辺に思わぬ事情が発生して、メールの配信を2か月ほど休みましたことをお詫び致します。
 身も心も落ち着かない日々が過ぎてゆく中に、もう今年も残り少なくなって来年のカレンダーに予定を次々と書き込んでいます。
 相も変わらずバタバタと動き回っている私にぴったりの次のような逸話が目に留まりましたのでご紹介します。
 今から62年前に72歳で往生された石川県の生んだ高名な僧、高光大船師と若者との対話です。
 『ある時、日頃から仏法を聞くことに背を向けていた若者に「仏法とは何ですか」と問われた時、師は「仏法とは鉄砲の反対だ」と答えたそうです。その意味は「鉄砲は生きている者を殺すものだが、仏法は死んでいる者を生かすものだ」というのです。そこで「棺桶の中に入ったものを生かすのが仏法か」と問うた若者に、「あれは遺体であり、死んでいる者とはいわない」といい、さらに「お前のような者を死んでいるというのだ」と言われたそうです。それで、若者が「俺は生きてる」と手足を動かすと、「それは動いている
だけで、生きているのではない」といわれたそうです。この一言が縁となって、その若者は仏法を聴聞するようになったというのです。』
 さて、あなたは「生きているといえるでしょうか」、動き回ってるだけで「死んでいるといわれるのでしょうか」。
 忘年会のシーズン、仏法に生きることの大切さを忘れていませんか。

水銀皮膚炎

先日、水銀皮膚炎の患者さんが、受診されました。
診察すると、臀部、大腿部にびまん性に紅斑が認められました。細かい紅色の丘疹も認められました。患者さんは当初、食べた物が悪かったのか、など心配されていました。いわゆる中毒疹の様相もありましたので、薬剤を飲んでいないか、風邪などひいていないか、問診しましたが特別の変わったことはないとのことでした。一面の赤みはありましたが、全身に拡がっているわけではなく、臀部から下半身に限局しています。こういった場合に考えるのは、滅多にありませんが、水銀体温計を壊した場合や灯油皮膚炎などです。そういったことはありませんでしたか、と聞くと「ああ、そういえば体温計を振った時に左側の太ももに触れて割れてしまいました。」とのことでした。
経過を聞くと、割った翌日に掃除機で吸い取った、その翌日に赤みが出て、次第に拡がったとのことでした。受診は体温計破損後4日後でした。全身状態も良く、限局性の紅斑だけだったので、リンデロンV軟膏とアレグラを処方しましたが、2日後には更にひどくなったといって再受診しました。発熱も38度近くあり、背中にもびまん性の紅斑が拡大、大腿部では紫斑も混じっていました。さらに口内炎もでていました。重症化も心配しステロイド剤の内服も追加し、治癒に至りましたが、貴重な経験でしたので文献を調べてみました。

水銀体温計の破損による皮膚炎は、水銀に感作が成立している人に生じ全身性接触皮膚炎を起こします。全身性金属アレルギーは金属が何らかの経路で血中に吸収されて、金属に直接接触していない全身も症状が出るものをいいます。水銀の場合は間擦部、臀部、大腿後面のびまん性の紅斑、浮腫が特徴的です。臀部に潮紅がみられるためにヒヒ症候群(Baboon syndrome)と呼ばれることもあるそうです。本例でもお尻全体がお猿さんみたいに真っ赤になりました。水銀蒸気を吸入することによるとされますが、本例のように接触部分の症状が激しく、皮膚からの感作(経皮感作)も考えられます。
 時には、発熱を伴い、全身に紅斑、膿疱が多発して急性汎発性発疹性膿疱症(acute generalized exanthematous pustulosis: AGEP)という病態をとることがあります。
本例も明らかな膿疱は認めなかったものの、発熱があり、大腿部には潮紅、紫斑もみられプレドニンの全身投与をしなければAGEPの状態になっていたかもしれません。AGEPはペニシリン系などの抗生剤の投与によって生じることが多いですが、水銀によっても生じます。これはベースに感染症が関与した場合に起こりやすいとされていますが、抗生剤を使用したり、体温計を使用したりする機会に多いというのも頷けます。
 水銀皮膚炎の原因は水銀体温計破損が最も多いですが、近年は電子体温計が主流となり減少してきました。他に、水銀軟膏、蛍光灯破損、水銀電池誤飲などがあり、少数ですが、歯科用アマルガムによる報告もあります。
 水銀体温計による健康被害を調べていくと、水銀蒸気の毒性の強いことが記されています。掃除機などで吸い取ったりすることは厳禁のようです。室内に微量な水銀が散らばっていると長期の水銀中毒の原因になり兼ねません。パンに吸着させたり、密封した袋に入れて所定の手続きで廃棄するのがベストです。
 水銀による皮膚障害の症状としては、アマルガムによる歯肉炎、口内炎、頬粘膜の色素沈着、貨幣状湿疹や、手足の皮むけ、汗疱状皮膚炎、四肢疼痛などの報告もあります。
特に貨幣状湿疹や汗疱などの際には金属アレルギーを疑うことも必要です。

水銀による健康障害で特に重要な物質にアマルガムとチメロサール、メチル水銀などがあります。これらについて調べてみたことを述べます。
【歯科用アマルガム】
アマルガムとは水銀と他の金属との合金の総称です。歯科金属としては19世紀のフランスで使われ始めたそうです。銀、錫のアマルガムに銅、亜鉛などを混ぜたものが使われるそうです。アマルガムは硬化時に膨張しぴったり患部を塞ぐ、安価であるなどの利点があり多用されてきましたが、銀灰色に着色すること、水銀が溶け出すことなどから最近はあまり使われなくなったそうです。

アマルガムによる口内炎、歯肉炎、肛囲皮膚炎、頬粘膜の色素沈着、口腔扁平苔癬などの報告がみられます。また、歯科医本人でアマルガムを除去することによって、貨幣状湿疹が軽快し、その後仕事でアマルガム蒸気を吸入した際皮疹が再燃したケースレポートもあります。また患者のアマルガムを切削した歯科衛生士が水銀皮膚炎を発症したケースもあります。
 古くは奈良の大仏建造の際に作業者に原因不明の病気が発生し、死亡者もでました。当時の金メッキは水銀と金のアマルガムで、塗布した後加熱して水銀を蒸散させる工法をとっていたとのことです。現在ではこれは蒸散した水銀を吸入したことによる水銀中毒と考えられています。
【マーキュロクロム】
メルブロミンというよりも「赤チン」という名称で親しまれてきた消毒薬ですが水銀とホウ素を含むためにこのような呼び名で呼ばれます。
青緑色から緑赤褐色をした有機水銀化合物ですが、2%液に水銀0.42-0.56%を含んでいます。低濃度で皮膚からの浸透性が低く安全とされましたが、日本では1973年から製造停止、欧米でも20世紀末から次第に販売停止になりました。しかし、極めて安価で便利なために未だに発展途上国ではよく使われています。
【チメロサール】
エチル水銀チオサリチル酸Naという有機水銀化合物です。マーゾニンとも呼ばれます。1930年代からワクチンの保存剤として使用されてきました。マーキュロクロムよりも殺菌力が強い、着色しないという、利点はありますが、近年は減らす方向に向かっています。
かつて細菌に汚染されたワクチンで死亡事故があり、チメロサールが添加されるようになりました。
 近年米国で自閉症やADHDなどの疾患が増えた原因の一つにワクチンに添加された水銀が考えられたこともありました。これについては科学的、疫学的な確証はなく現在は疑いのみです。しかし、チメロサールが分解してできるエチル水銀はメチル水銀に似た構造式を持っています。いずれにしても摂取は人体に良いことではないので、米国では近年のチメロサールの添加量は0.1mg/mlから0.01mg/mlに減少されました。またチメロサール無添加のワクチンも増えてきているそうです。
但し、微量でありアレルギーを除いては際立った問題は起きていないようです。
【メチル水銀】
水俣病の原因としてよく知られた物質です。有機水銀の代表的なもので、人体には非常に吸収され易く、神経毒として様々な中毒症状をおこします。環境中の無機水銀でもある種の微生物はメチル化して有機水銀に転換します。魚類は長年の間に有機水銀を蓄積しますが、食物連鎖によってマグロなどの上位にある魚に多く蓄積されていくそうです。従って米国FDAは妊婦、乳児などに対してはこれらの魚の摂取を制限する勧告を行っています。しかし、魚の摂取を極端に減らすことよりも、水銀濃度の低い魚であれば食べることによる栄養学上の利点の方が大きいとの考えもあります。
 なお、ジメチル水銀になると毒性はもっと強力でその致死量は1/1000 mlとされています。ある科学者がゴム手袋に数滴たれた液から被曝し死亡するという事故もおこっています。

水銀による健康被害は多岐にわたり、有機、無機によっても、曝露経路、濃度、期間によっても、アレルギーの有無によっても天と地ほどに異なってきます。
過小評価も過大評価も間違った情報になり兼ねませんので、正確には国の専門機関(厚労省や中毒情報センターなど)に聞くのがよいかと思います。

参考文献

visual Dermatology Vol.10 No.11 2011
[特集]最新・歯科と連携して治す皮膚疾患

木村聡子、他 歯科衛生士に生じた水銀アレルギーによる皮膚炎の1例 臨床皮膚科 60:589-591,2006

皮膚病診療 2012年増刊号 Vol.34 接触皮膚炎症例集

水銀皮膚炎1

水銀皮膚炎2

顔面の真皮メラノサイトーシス

顔面の真皮メラノサイトーシス(Facial Dermal Melanocytosis: FDM)
対称性真皮メラノサイトーシス(Symmetrical Dermal Melanocytosis: SDM)

肝斑と紛らわしいのは、顔面の真皮メラノサイトーシス(FDM/SDM)です。これは欧米では真皮型の肝斑と記載されるほど専門家でも混乱があり、分かりにくい病態です。「シミと白斑最新診療ガイド」の中でも、専門の先生によって若干の考え、名称の違いもあります。
渡辺先生は顔面の真皮メラノサイトーシスの色素異常症を一まとめにして、太田母斑も含めて顔面真皮メラノサイトーシス(FDM)としたほうが理解しやすいと提唱しています。
一方、溝口先生は対称性真皮メラノサイトーシス(SDM)という名称を提唱しています。以前はADM( acquired dermal melanocytosis)という名称がよく使われていましたが、ADMという名称は、本症が遺伝的な要素が強く、思春期以降に発症する(遅発性)にしても後天性ではないために避けたい、と述べています。
《老人性色素斑は大小のシミが顔に一部の部分にでき、肝斑のように左右対称的にはできませんので、まず間違うことは少ないと思われます。》

以下に述べるようにさまざまな名称がこの病態に対し、提唱されてきましたが、FDMまたはSDMの両者が一番汎用されているようです。
【FDMの分類】                    渡辺による
・classical nevus of Ota
・café-au-lait macules-like nevus of Ota
・speckled nevus of Ota
・symmetrical type of nevus of Ota (Hidano)
・nevus fusco-caeruleus zygomaticus (Sun`s speckled nevus)
・acquired, bilateral nevus of Ota-like macules (Hori`s nevus)
・periorbital ring-shaped melanosis (panda-like nevus of Ota)
・infraorbital ring-shaped melanosis (dark ring under the eyes)

【SDMの分類】                溝口昌子、村上富美子による
和文名
両側性太田母斑(対称性群)             肥田野  1965
遅発性両側性太田母斑様色素沈着
後天性真皮メラノサイトーシス
顔面対称性後天性真皮メラノサイトーシス        金子  1988
肥田野・堀型真皮メラノサイトーシス          金子  1988
後天性対称性真皮メラノサイトーシス          村上  2004
対称性真皮メラノサイトーシス             溝口  2006
英文名
Acquired, bilateral nevus Ota-like macules Hori 1984
Nevus fusco-caeruleus zygomaticus Sun 1987
Acquired dermal melanocytosis(ADM)
Acquired symmetrical dermal melanocytosis of the face and extremities
Acquired symmetrical dermal melanocytosis Murakami 2005
Symmetrical dermal melanocytosis Mizoguti 2006

以上のようにさまざまな名称で主に日本人皮膚科医によって、研究報告されてきた疾患ですが、ほぼ同一の病変を示しています。

【FDM, SDMの病態、組織所見】
名前の通りに、皮膚の真皮に病変があります。そこに幼弱なメラノサイトが認められます。
表皮に病変がある肝斑とは、この点で全く異なります。欧米での肝斑の真皮型という概念は不適当と思われますが、国際的には学会でのコンセンサスはどうなのでしょうか。
<臨床症状>
頬、前額、鼻翼に多くみられます。個々の色素斑は米粒大の小斑が散在、癒合してみられますが、額では大きな斑状に左右対称性にみられることが多いです。
色調に濃淡はなく、褐色あるいは灰褐色調で、太田母斑のように青色調が混じることはほとんどないとされます。それは色素の部位が太田母斑より浅い、真皮浅層に位置しているからです。肝斑と違い、眼瞼部にも色素斑が生じることがあります。
また、太田母斑に認められる眼球や口蓋のメラノーシスはほとんど認められません。
<組織所見>
紡錘形のメラニン色素が充満した細胞が真皮上層に散在性にみられます。また炎症が生じるとメラノファージも認められます。メラニン色素を持たない幼弱メラノサイトも存在します。
病変の位置は太田母斑よりも真皮の上層にあります。従って色調も青色は無く、褐色から灰褐色を呈します。

【鑑別診断】
<肝斑>
一番問題となる疾患です。
・肝斑では眼瞼部には皮疹は無く、FDM/SDMでは眼瞼にも生じます。
・肝斑では、びまん性で境界が明らかで、色調が均一な褐色調の色素沈着ですが、FDM/SDMでは色が灰褐色や灰紫色で小型の色素斑がみられます。
・肝斑は紫外線によって悪化し、冬季は軽快します。FDM/SDMではその影響が少なく季節での変化は少ないです。。
・肝斑はハイドロキノン、美白剤などの効果がみられます。FDM/SDMでは効果がありません。
・逆に肝斑にはQスイッチレーザーは効果がなく、むしろ悪化しますが、FDM/SDMには効果があります。
・ウッド灯の色調の差異である程度の色素の深さが推定できますが、正確には病理組織所見の差異によります。
・SDMでは遮光しても効果がなく、加齢と共に少しずつ増悪していきます。
【治療】
正しく、診断がなされれば、Qスイッチルビーレーザーで治癒させることができます。
太田母斑と比較して、病変が真皮の上層にあり、またメラノサイトの数も少ないのでレーザー照射の回数も少なくてすみます。
 しかし、メラニン色素のない幼弱メラノサイトはレーザー照射後も生き残るために後日に成熟して色素斑が再発する可能性もあります。
                        (溝口昌子、村上富美子)
太田母斑を含めて、FDM/SDMの治療はQスイッチレーザーを用いて行われます。
使用するレーザーはQスイッチルビーレーザー、Qスイッチアレキサンドライトレーザー、QスイッチNd:YAGレーザーなどがあります。
外用麻酔剤、局所麻酔剤などによる表面麻酔後に照射します。
照射後皮膚色が白くなりますが、(immediate whitening)20分位で消失し、その後蕁麻疹様の浮腫性紅斑が生じます。翌日には腫れはかなり軽減しますが、眼の周りなどは皮下出血を生じることもあります。表皮の色素量が多いと糜爛、水疱を形成することもあります。やがて褐色の痂皮・落屑が形成され、7-10日で剥がれ落ちます。この時点で化粧は可能になります。その後大部分の人に炎症後色素沈着が起きますが、ピークは約1カ月で2-3ヵ月後には消退していきます。通常3-4カ月以上間隔をあけて治療を繰り返します。SDMの場合は回数は太田母斑に比べて少なくてすみます。(渡辺晋一)

真皮メラノサイトーシスは教本によって、さまざまな呼び名があり、学者によって考えも微妙に異なっているように思われます。欧米の肝斑の真皮型だというのは論外としても、古くは肥田野の太田母斑のⅣ型の対称型に始まり、堀らのNevus of Hori、金子らの顔面対称性後天性真皮メラノサイトーシス、後天性真皮メラノサイトーシス(ADM)、遅発性真皮メラノサイトーシス(堀、小野)などもあり、FDM,SDMなども合わせると小生の頭ではよく理解できません。
 ただ、重要なことは顔に対称的にできるシミのうち、肝斑や炎症後色素沈着に似ているけれど表皮には病変はなく、真皮の浅い所にメラニン色素のある主として中年の病気があり、Qスイッチレーザーで治りうるということで、肝斑との治療方法は全く異なるということでしょう。

参考文献
皮膚科臨床アセット 11 シミと白斑 最新診療ガイド
総編集◎古江増隆 専門編集◎市橋正光    中山書店 2011
シミ疾患の病態と診断               渡辺晋一 p6
シミの鑑別診断                  渡辺晋一 p11
対称性真皮メラノサイトーシスの診断・鑑別診断・発症機序  
溝口昌子・村上富美子 p87

皮膚科診療カラーアトラス体系 3 色調異常 他
編集/鈴木啓之・神埼 保
太田母斑のレーザー療法     渡辺晋一  p47
遅発性真皮メラノサイトーシス   小野友道  p49

酒さupdate

先日、日本臨床皮膚科医会の講演会で、酒皶の話がありました。講師は東北大学の山崎研志先生でした。酒皶のブログで度々引用した、酒皶の病態について先端的な研究をしている先生ですが、実際の講演は初めてでした。そのトピックスについて一寸書いてみました。
 また、最近のAADの付録(?)の雑誌にunlocking the mysteries of Rosaceaという記事があり表紙には鍵穴にぶら下がった鍵がありました。果たして酒皶のミステリーは解決への鍵をこじ開けることができたのでしょうか。それも一寸レポートしてみました。

【講演「酒皶~酒皶様皮膚炎の病態と治療の整理」】
講演の所々で記憶に残った話題など
・日本人の酒皶は外人が(日本人も)一般に思うほどには少なくない。
 雪ん子、酒やけ、火照り、日焼け、りんごほっぺ、などという言葉はごく普通に使われ特段病気を表す言葉でもありません。しかし、これらはごく初期の酒皶の紅斑、flushingを表しているかもしれません。まさに酒皶の増悪因子の多くを表しているともいえます。
紫外線、寒さ、暑さ、酒などです。米国で人口の2-4%、北欧のスウェーデンで10%が酒皶と言われますが日本でも1-3%とのことで決して稀ではありません。しかし重症の人は少ないようです。
・酒皶様皮膚炎とはステロイド剤の外用によって、悪化、増悪し、酒皶様になっていくものですが、元々の使用原因を辿っていくと、脂漏性皮膚炎や接触皮膚炎やアトピー性皮膚炎だったりすることがよくあります。これらの疾患を正しく診断し適切なステロイド剤を使うのはもっともなことですが、人によってはステロイドの外用によって外界の刺激に感受性が高まり自然免疫の作用が高まる場合があります。(かくれ酒皶、酒皶体質といってもいいかなと感じました。)近年ステロイドによって自然免疫関連分子のToll様受容体の発現が増えることが分かってきました。酒皶体質の人はその感受性がさらに高いともいえるかといえます。
ただ、最初からこれを見極めるのは難しく慎重に体質を見極めつつ使うことが重要になります。皮膚科医にとっても治療・対応の難しいポイントです。
・酒皶の病因は不明ですが、その皮膚面にはアクネ菌(にきび菌)や表皮ブドウ球菌や毛包虫がみられます。またピロリ菌やHIVの感染患者に酒皶がみられることなどから外界の環境や微生物が何らかの関与をしているのは確かそうです。そして、これらは自然免疫機構に影響を与えます。
 事実、酒皶では自然免疫機構によって誘導され、宿主細胞にも作用する抗菌ペプチド・カセリサイディンの発現が増加していることを山崎先生らは発見しました。
またそれを切断し活性化させるタンパク分解酵素セリン・プロテアーゼの一つであるカリクレイン5も高発現していました。
 ただし、上記の微生物の影響や抗菌剤の効果などについての論文は賛否両論あって、明確な結論はでていないそうです。

【AADの記事の要旨について】

・毛包虫はいろいろ検討されていますが、現在外用のイベルメクチン(ストロメクトール)が試験段階にあるそうです。
・紅斑、ほてりに対して2種類の外用剤が治験中です。
一つは血管収縮作用のあるα-2アドレナリン作動薬であるbrimonidine tartrate(BT)です。
これは10年ほど前から緑内障の点眼薬として使用されてきました。
6-8年は酒皶に対する研究がされてきました。研究の結果0.5%ゲル剤を一日1回使用するのが最も良い成績が得られました。紅斑を0-4段階で比較すると1段階改善率は80%以上でした。2段階改善でも30%程度の有効率でした。
際立った、リバウンドや悪化などの副作用は見られませんでした。
これは酒皶の紅斑に対する薬剤としては、レーザー、カバーマークなどの化粧品以外では初めて有効な薬剤といえます。
そして、すでにPhaseIII studyも完成して論文にされています。ということは、近々薬剤として承認されるということです。
BTは塗布後30分で紅斑減弱の効果が現れます。最大効果は6-12時間後です。従って一番効果を得たい時間に合わせて使用することができるということです。
 もう一つの薬剤はoxymetazolineという鼻づまりの点鼻スプレーです。しかし、これはケースレポートの段階です。
・抗菌ペプチドと自然免疫の話は山崎先生の話と重なりますので省略しますが、酒皶の治療薬として使われるアゼライン酸、ドキシサイクリンにもカセリサイディン、カリクレインの経路をブロックして効果を表すことが分かってきました。(Richard L. Gallo, MD, PhD)
・Neurotransmitter
酒皶においてもう一つの重要な病因と目されているのは、血管と免疫と神経の関連です。
Martin Steinhoff教授らは酒皶に関連する候補の300以上の種々の遺伝子を調べ、正常よりも20-30倍程も高発現しているものをみつけました。pituitary adenylate cyclase activating polypeptide (PACAP)というものです。またカルシウムイオンチャンネルが初期の病変に関与していることも遺伝子検索で分かってきているそうです。病因となる遺伝子がみつかればそれを抑える物質も分かってくるものと期待されます。

難しい遺伝子や、病因物質の解明は学者に任せるとしても、BTゲルの効果は期待できそうです。早く日本でも使用できるようになると良いと思いました。