月別アーカイブ: 2015年5月

酒さ2015(2)

酒さの治療についての総説 下記の雑誌より訳出しました。今回のものは前回のものに引き続いて書かれたパート2です。

Two AM,Wu W,Gallo RL,Hata TR. Rosacea Part II. Topical and systemic therapies in the treatment of rosacea. J Am Acad Dermatol. 2015;72:761-770.

治療は3つの分野からなる。
患者さんの教育、スキンケア、薬物/理学的な療法

酒さそのものは、身体的には良性の疾患だが、患者のQOL(生活、人生の質)の低下をまねき、欝的な傾向のオッズ比は健康な人の4.81倍にも上る。

【患者教育】
もし、増悪因子や悪化の引き金となる特有のものがあればそれを避けることが重要。一般的には風、低温、高温、運動、香辛料、刺激の強い食べ物、アルコール、熱い飲み物、身体的・精神的ストレスなどが当たる。時に薬物(内服、外用薬、化粧品も含めて)が悪化因子になっていることがある。

【スキンケア】
酒さの皮膚では水分の蒸散が増しているので、保湿することが重要。紫外線を防御することはLL-37や活性酸素を減少させ、悪化因子を防ぐ。
0.75%のメトロニダゾールゲル単独とそれに低刺激の保湿剤を加えたものを比較すると、保湿剤を加えたものの方が、自覚的にも他覚的にも改善
する。どの日焼け止めが主さの患者さんに合うか、は難しい問題である。ただ、最低SPF30以上で肌を刺激しないものを選ぶべきである。

【薬物治療】
<外用剤>
◇FDA(米国食品医薬局)で認可、推奨されているもの
・硫酸ナトリウム・・・特に脂漏性皮膚炎を合併している人には有効。10%のローション、クリーム、クレンザーがある。5%の硫黄ローションを含むものがも最も一般的に使われている。丘疹、膿胞型のものに一日2回使用。明確な機序は不明だが経験的に抗炎症作用によるものと思われる。最も多い副作用は乾燥と刺激感と赤み。
・メトロニダゾール・・・活性酸素を減弱することによって効くと思われている。1950年代から使われている。紅斑、丘疹、膿胞を抑えることが比較試験で判明している。0.75%と1%のクリームがあるが、同様の効果がある。抗生剤などの治療を中止した後の再燃も抑える効果がある。
・アゼライン酸・・・天然のジカルボン酸で15%ゲルと20%クリームがある。70-80%の人が酒さの症状が改善する、と報告されている(対照患者では5割程度)。活性酸素を減弱する他、近年の研究でカリクレイン5やカセリサイディンの発現を抑制することがわかった。これらの直接作用によって効果を発揮すると考えられる。
・アルファアドレナリン受容体作動薬・・・皮膚血管の平滑筋に作用して血管収縮を起こし、酒さの発赤を抑える。しかし毛細血管拡張の血管には効かない。アルファ2作動薬のbrimonidine gel 0.33%は最近FDAにより承認された。使用後30分で紅斑が減弱し始め、6,7時間効果が持続する。その後は元に戻る。総じて安全だが、たまにリバウンドの報告がある。アルファ1作動薬のoxymetazolin 0.05%も使用後1-3時間で効果が現れ、数時間持続する。現在phase IIIの治験中である。これらは他の治療薬と併用することが可能である。
◇FDAで認可されていないもの(off-label)
FDAで認可されていなくても、効果のあるとされるもの
・レチノイド・・・光でダメージを受けた膠原線維組織を再構築することによって修復する。トレチノインは実験的にトル様受容体2(TLR2)の発現を抑制することがわかっている。紅斑、丘疹、膿胞、毛細血管拡張を抑える。臨床効果がある報告はあるが、大規模な統計的な報告はない。
・カルシニューリン阻害剤・・・タクロリムス、ピメクロリムスは理論的にT細胞の活性化を抑制することによって、炎症性サイトカインを減少させ、酒さの症状を軽減させうる。紅斑に効果があったとする報告の一方で、明確な効果はみられなかったとするものもあり、更なる検討が必要である。
・ペルメトリンクリーム・・・Demodexを抑制する目的で5%クリームが使用されている。紅斑、丘疹については0.75%メトロニダゾールと同等の効果があった。しかし、毛細血管拡張、鼻瘤、膿胞には効果がなかった。
・イベルメクチンクリーム・・・現在酒さへの効果は研究中である(Phase III)。内服剤はDemodexを抑制する目的で酒さに用いられている。
<全身投与>
・テトラサイクリン
50年以上の使用経験があるが、FDAで認可されたのはまだ2006年のことである。ドキシサイクリンが抗炎症作用の低用量で認可された。それ以前は抗菌剤として50-200 mg/日も使用されていた。しかし原因となる細菌は検出されず、その使用意義が疑問視されていた。ドキシサイクリンはmatrix metalloproteinase(MMPs)(蛋白質分解酵素)の発現を低下させるが、MMPはセリンプロテアーゼのひとつであるカリクレイン5(KLK5)を切断してその活性型に変える。またその他に、炎症性サイトカインを減少させ好中球を浸潤を抑える、膠原線維を破壊する反応性酸化物質(reactive oxygen species: ROS)を抑制する、一酸化窒素を減少し、血管拡張を抑制する。これらの作用によって酒さの症状を軽減していると思われる。以上のことから、ドキシサイクリンの抗菌効果による酒さに対する作用は限定的と考えられる。
・ベータブロッカー
ある種の薬剤は皮膚の血管周囲の平滑筋のベータアドレナリン受容体を遮断して血管を収縮させる。propranolol(インデラル),carvedilol(アーチスト)。これらの薬剤はまた動悸や焦燥感を軽減させ発赤を軽減させる。
・イソトレチノイン
FDAでは認可されていないが、難治性の酒さには0.5-1mg/kg/day内服が奏功する。1日10mgなどのもっと低用量でも有効であるし副作用も少ない。実験系ではレチノイドは培養ケラチノサイトに対してKLK5,7を誘導するが臨床上では患者の単球のTLR2の発現を抑制する。それでトレチノイン(レチノイド)の酒さに奏功する機序はトル様受容体の発現を抑えることによると思われる。
<ガイドライン>
2014年米国ざ瘡酒さ協会(American Acne and Rosacea Society)は酒さの治療の推奨プランを公表した。大きく紅斑のみのグループとそれに丘疹、膿胞を伴うグループに2分した。後者を更に丘疹、膿胞の数で3分した。(軽症:10個以下、中等症:10-19個、重症:20個以上)
概略をみると、保湿、遮光から始まって、軽症のものは上記の外用療法を施行、中等以上になるとそれにドキシサイクリンを追加、6-8週間経過をみる。それで軽快すればドキシサイクリンを漸減する。軽快しなければ12週間同様治療を行い、反応しなければドキシサイクリンの増量、イソトレチノインなども考慮というアルゴリズムを作成した。ただし、これは全ての症状を網羅したものではなく多くの文献から得られたコンセンサスであるとしている。
<新たな治療>
・セリンプロテアーゼ阻害薬
Part Iで示したように酒さでは、表皮セリンプロテアーゼであるカリクレイン5(KLK5)のレベルが高くなっている。KLK5は活性のないカセリサイディンの前駆物質を切断して活性のあるLL-37をもたらす。高KLK5はカセリサイディンの高レベルに寄与しているが、これらは酒さの病因を形作ると思われる。KLK5を抑制することが治療に役立つことはアゼライン酸が病巣でのKLK5, LL-37の発現を抑えて症状を改善することからも実証されている。外用セリンプロテアーゼ阻害薬であるepsilon-aminocaproic acid(ACA)を使用したグループでは12週間後にはセリンプロテアーゼの活性は低下し、紅斑も軽減していた。
・肥満細胞安定化薬
肥満細胞はLL-37,MMPs,炎症性サイトカインを放出することによってカセリサイディンによって誘導される酒さの炎症に関与していると考えられてきた。それで肥満細胞の脱顆粒を抑制することは治療に繋がると想定される。実際最近肥満細胞安定剤であるcromolyn sodium4%液を10人の紅斑型の酒さの人に8週間使用したところ、顔面の赤みとともにMMP,KLK5,カセリサイディンのレベルも減少した。これらを実証するためには更なる大きな検討が必要である。

【まとめ】
最近の酒さの病態の解明が(自然免疫機構の科学的な研究の進歩に伴って)進歩してきたことで外用、内服薬の開発も進んできた。最近はさらにセリンプロテアーゼ阻害薬、肥満細胞安定化薬なども有効な治療手段として検討されだしている。

酒さ2015(1)

JAADの最近の雑誌に酒さについての総説がでていました。酒さについては何回か書いてきていますので、繰り返しになるところも多いですが、欧米での最新事情が書かれていると思いますので、抜書きしてまとめてみました。下記の論文からのものです。

Aimee M.Two,Wiggin Wu, Richard L. Gallo, Tissa R. Hata. Rosacea:PartI. Introduction,categorization,histology,pathogenesis,and risk factors. J Am Acad Dermatol. 2015;72:749-758.

【臨床症状】
4つの亜型(subtype)に分けられる。
1.紅斑毛細血管拡張型(I亜型)
2.丘疹膿胞型(II亜型)
3.鼻瘤型(III亜型)
4.眼型(IV亜型)
各亜型は同時に生じることもあるが、1.→2.または2.→3.の型への移行はごく少数。
基本の症状はカーッと赤くなること(一時的な紅斑)、持続的な紅斑、丘疹および膿胞、毛細血管拡張。
二次的な症状はあつく焼けるようなひりひりする感覚、局面、乾燥、浮腫、眼の症状、周辺への分布、鼻瘤。
タイプIでは、顔の中心あるいは耳、頚まで持続的な赤みを生じるが目の周りは避ける。血管拡張を伴うが、なくてもよい。
タイプIIでは上記に加えて一時的に丘疹、膿胞を伴う。ひどくなれば浮腫も伴う。
タイプIIIでは顔の脂腺部位の皮膚が厚くでこぼこに伸びて結節状になってくる。鼻の部位がもっとも多い。このタイプだけは男性に多い。
タイプIVでは充血した目、異物感、ちくちく感、乾燥、かゆみ、まぶしさ、かすんだ見え方、結膜、眼瞼の血管拡張、紅斑などがみられる。結膜炎やものもらいもみられる。特別な検査はないので眼科医の臨床診断による。皮膚症状を伴わないこともあるし、重症度は皮膚症状とは比例しない。
【病理所見】
皮膚生検をしても非特異的な変化しかみられない。従って一般的には不必要。ただし他の病気を否定するためには必要なこともある。
【病態生理】
正確な病因は不明。ケルト人や北欧諸国の人々に多いことから人種的な要因は想定されているが、遺伝子は不明。しかし酒さの人では自然免疫や獲得免疫に伴って発現する様々な遺伝子が過剰に発現していることがわかってきた。デモデックスや黄色ぶどう球菌や紫外線などがこれらに関与していることも臨床的、基礎研究からわかってきた。
【自然免疫機構の変調】
正常な生理的な状態では種々の刺激によって自然免疫機構ではサイトカインや抗菌ペプチドが制御された範囲で上昇する。ところが酒さではこのシグナル制御機構が破綻しているようだ。酒さでは抗菌ペプチドの一つであるカセリサイディンの発現が上昇しており、それを分解して活性型のLL-37を作る酵素セリンプロテアーゼのカリクレイン5(KLK5)も上昇している。しかも酒さではカセリサイディンやLL-37の形は正常のものとは異なっている。酒さのLL-37はより短く切断された形で、これは白血球の走化性や血管新生、細胞外成分の発現を制御している。これをマウスの皮膚に注入すると酒さと似た反応を生じることはこれらの機構が酒さの病因に関与していることを強く示唆する。
Toll様受容体は自然免疫機構を担う細胞表面のたんぱく質だが、Toll様受容体2(TLR2)はその中で細菌や反応性酸化物質をリガンドとして認識している。酒さでこれが過剰発現していることは事実だが、なぜ上昇しているかは未だに不明である。Matrix metalloproteinase(MMP)もその前駆物質を切断し活性化させることによってKLK5を上昇させる。酒さではMMP-2,MMP-9が増えている。
最近肥満細胞の酒さでの役割がわかってきた。肥満細胞はLL-37やMMP-9や炎症性サイトカインを分泌するが、酒さではこの細胞は増えている。動物実験で肥満細胞欠損したマウスや肥満細胞の働きをブロックしたマウスではLL-37を注射しても酒さ様変化はできないが、肥満細胞のあるマウスでは酒さ様の変化が生じる。
【微生物】
Demodex folliculorumやStaphylococcus epidermidisやHelicobacter pyloriなどの酒さでの関与が考えられているがその正確な病因は明らかではない。相反する報告があるし、これらが酒さの原因なのか、結果なのかもよくわかっていない。S epidermidisは健康な皮膚で広く認められる抗菌ペプチドであるが酒さでは正常のものとは種類が異なっている。
【紫外線】
紫外線は臨床的に酒さの悪化要因として知られている。UVA(長波長紫外線)はMMPを発現させ、膠原線維を変性させる。UVB(中波長紫外線)は線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor 2: FGF2)や血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor 2: VEGF2)を産生する。また紫外線は皮膚の反応性酸化物質(reactive oxygen species: ROS)の多くに関与している。ROSは皮膚の炎症に関与し、、またTLR2のシグナルを通じてKLK5-cathelicidinの炎症経路を活性化させ酒さを悪化させる。
【神経系の変調】
温度、香辛料、辛い食物などが発赤を起こす事実は酒さでの皮膚の知覚神経の病因への関与をうかがわせる。transient receptor potential(TRP)ファミリーの中のvanilloid TRP( TRPV1-4)とankyrin TRP(TRPA1)が酒さで活性化している。これらの受容体の経路、役割は完全には判っていないが、これらが酒さの発赤やひりひり感に寄与していると思われる。
【バリア機能の異常】
酒さの皮膚ではバリア機能が低下している。皮膚からの水分の蒸散が増している。また皮膚の水分量は減少している。これはミノサイクリンで治療すると改善する。これにはprotease-activated receptor2(PAR2)の活性化がバリアの恒常性を阻害していて、serine protease の阻害薬でバリア機能が回復するという報告もある。
【危険因子】
現時点では酒さに伴う明確なものはない。50歳以上の女性で偏頭痛の人はやや酒さになり易い。また酒さではやや心血管系疾患になり易いという報告もあるが限られた人数でのものでさらに統計的な調査を待つ必要がある。

分子標的薬の皮膚障害ー補遺

分子標的薬による皮膚障害は先に述べたEGFR阻害薬によるざ瘡様皮疹、脂漏性皮膚炎、乾皮症・皮脂欠乏性皮膚炎、爪囲炎・陥入爪と、マルチキナーゼ阻害薬による手足症候群が代表的なものです。
しかし、その他にも様々な皮膚障害、薬疹も生じえます。その他として一括りにはできませんが、一寸追加してまとめてみます。

◎毛髪障害・・・多くの薬剤で脱毛、縮毛がみられます。睫毛が束になって伸び硬くなって反り返ったりすることで、結膜炎、角膜炎を生じる場合もあります。女性では顔面、口囲の多毛の報告もあります。皮膚の色素脱失とともに、白毛になることもあります。基底細胞癌に対して使用されるVismodegibでは時に高度な脱毛になることがあります。薬剤を中止すると元に戻ります。
◎光線過敏・・・EGFR阻害薬、マルチキナーゼ阻害薬、メラノーマに使われるVemurafenib,Dabrafenibなどで報告があります。厳重な遮光、日焼け止めが推奨されています。
◎浮腫・・・c-KIT, BCR-ABL阻害薬のImatinib(グリベック)に顔面浮腫、移動性の紅斑などがみられることがあります。グリベックは慢性骨髄性白血病や消化管間質腫瘍などに使われ飛躍的な治療効果をあげています。Sunitinib(スーテント)でも顔面浮腫の報告があります。
◎創傷治癒遅延・・・血管新生を抑制する分子標的薬では傷が治りにくく、粘膜出血がでる傾向があります。手術創の離開や創感染、術後出血などの合併症につながることがあります。創傷の治癒過程では炎症反応期、増殖期をへて安定していきますが、、増殖期には線維芽細胞の働きとともに、VEGF(vascular endothelial growth factor)血管内皮細胞増殖因子による血管新生も必要になります。抗VEGFモノクローナル抗体であるBevacizumab(アバスチン)やVEGF受容体のチロシンキナーゼ活性阻害作用を持つSorafenib(ネクサバール)やSunitinib(スーテント)などでみられます。
◎粘膜症状・・・EGFR阻害薬、VEGF阻害薬などで粘膜のびらん、出血、口内炎、潰瘍などがみられることがあります。目や陰部にも炎症症状をみることがあります。
◎色素異常・・・色素増強や色素脱失、白毛などがみられることがあります。これは血小板由来成長因子受容体PDGFRやc-KITに対する阻害作用によるとされます。
◎薬疹・・・全身性の発疹、紅斑や紅色丘疹が多発する型の薬疹も頻度は少ないものの報告があります。ごくまれではありますが、Stevens-Johnson症候群やTEN型薬疹、DIHSなどの重症型の薬疹の報告もみられます。
モガムリズマブは本邦で開発されたヒト化抗CCR4モノクローナル抗体製剤で、2012年から再発または難治性のCCR4陽性の成人T細胞白血病リンパ腫に対して認可されました。 良好な治療成績の報告の一方で高い頻度で全身性の発疹の報告があります。投与回数が多い程発生頻度が高くなる傾向があるそうです。治療はそのGrade によって投与を続けながらステロイド剤などで治療するか投与を中止して全身性の治療を行うか慎重な判断が必要です。

皮膚科関係では、今後メラノーマ、有棘細胞癌、基底細胞癌などへの分子標的薬が本邦でも本格的に使われるようになれば様々な皮膚障害も問題になるかと思われますが、まだその使用は始まったばかりのようです。欧米ではすでに多く使われ、様々な皮膚障害も報告されていますが割愛します。

参考文献

松浦 浩徳:分子標的治療薬の皮膚症状とその対処法. 皮膚科の臨床52(3);289~296,2010

分子標的薬皮膚障害対策マニュアル2011 第62回日本皮膚科学会中部支部学術大会 三重大学医学部附属病院 皮膚科・薬剤部 発行

がん分子標的療法 ハンドブック 小松嘉人 編  ヴァン メディカル 2013

米倉健太郎:分子標的薬の新たな皮膚障害. 日皮会誌:124(13),3093-3095,2014

Macdonald JB et al. Cutaneous adverse effects of targeted therapies. Part I: Inhibitors of the cellular membrane. J Am Acad Dermatol. 2015;72:203-218.

Macdonald JB et al. Cutaneous adverse effects of targeted therapies. Part II: Inhibitors of intracellular molecular signaling pathways. J Am Acad Dermatol. 2015;72:221-236.

日本アルプスの登山と探検

本書は日本近代登山の師とも呼びならわされるウォルター・ウェストンの若き日の日本アルプスの登山記である。
ウェストンは1861年にイギリスで生まれ、宣教師として1884年に来日した。1894年に帰国したが、これはその時期の紀行文である。その後、1902年新婚のエミリー・フランシスを伴い再来日、1905年まで聖アンデレ教会の司祭として横浜に居住した。さらに1911年から1915年まで三たび来日し、横浜に居住した。
本書は1896年英文で上梓されたが、それから7年後に横浜の岡野金次郎という青年がこの本を偶然手にし、心臓が止まるばかりに驚いた。散々苦労してこの夏登ってきたばかりの槍ヶ岳の写真までも写っていたからである。
このことが小島烏水に知らされ、後にウェストンとの交流から日本山岳会への設立へと繋がっていったそうである。
彼は英国山岳会にならった団体を日本にも作るように勧め、帰国後も様々なアドバイス、激励の手紙を書いたとのことで、日本近代登山の師と仰がれ、毎年ウェストン祭が行われるのも頷ける。
しかし、この本ははただ一人の山好きなイギリスの青年の異国での見聞録で、後世の評価のような大層な目的のための書でも、日本人に向けての書でもない。その分純粋な山への情熱が伝わってくるし、率直な当時の日本への感想も知ることができ興味深い。内容について個人的な思いも含めて書いてみたい。

まず感じるのは当時の日本と英国の山登りに対する認識の違いである。日本ではまだ個人の楽しみ、趣味としての登山という概念は一般にはなかったようである。従って、彼は行く先々で何のために山に登るかと訝しがられる。銀や銅などの鉱物が目的か、何か宝物でも探すのか、といった具合である。
また、当時の中部山岳地帯の景観、地元民の生活、風習などが事細かに活き活きと簡潔に記されている。決して美文調ではないが誇張のない実態が浮き彫りにされている。
「僕が、あえて詳細な旅行記を書いたのは、その土地のほとんどが、人に踏み慣らされた道をはずれて、事実上世に知られていない土地へ足を踏み入れたからである。そこには、典型的な日本の風景とは少しも結びつかぬ雄大で野生的な景観があった。また一方、手厚いもてなしを受け、頗る楽しい交際を結ぶことのできた農民たちの間に伝わる、昔ながらの風習や迷信も、それなりに注目すべきものである。」と書かれている。

彼の紀行文を読み進めると、風景や風習のディテールへ良く注目していることがわかるが、それにも増して広い山域を大掴みに捉えていることもわかる。山頂から四方に眼を向けて遠望を捉えていて、岩の質、種類についても記述があり、地学の素養が感じ取れる。
紀行は碓氷峠越えから軽井沢、浅間山登山に始まって、槍ヶ岳(試登)、木曽駒ヶ岳から天竜川下り、乗鞍岳、そして念願の槍ヶ岳登頂と続く。さらに赤石岳、針ノ木雪渓から峠越え、上条嘉門次との前穂高岳登攀、5月の富士登山、恵那山から天竜川下り、白馬岳、そして、地元民の迷信に妨げられつつやっと登った笠ヶ岳、常念岳、そして御岳と書き進んでいる。
彼の紀行を通して、当時の日本の交通機関や道路事情もよくわかる。当然のことながら、文明開化間もない時期なので、鉄道は一部出来たばかり、地方までは伸びていず、鉄道馬車、人力車が多くなる。また道は貧弱で御者、車夫も慣れていない人も多かったようでいろいろと苦労している。むしろ歩いたほうがよかった所もあったようだ。ただ、一方で文明開化が急速に進み、古いよいものが壊されて便利になるにつれ、外国人擦れして、料金は高くなり、対応も良くなくなる傾向があることも嘆いている。
外国人を初めてみる人々の戸惑いや珍奇な物をみるような好奇心に当惑しながらも、一見教養のない田舎の人々でも少し接してみるととても礼儀正しく、親切で真の教養は特有の階級の専有物ではないと感心している。しかしまた一方でごまかしをしたり、知ったかぶりをして役にたたない案内人などにも触れていて人様々と感じる。
時間のルーズな事、運送便の遅さにも触れていて、日本には「時は金なり」という観念がないと述べている。現在の日本の正確、厳密な時間感覚からは想像もつかない。文明の発達というものは時間感覚を変えるのだろうが、当時はゆったりとした時の流れのままに生きていけたのだろう。
また文のあちこちで触れているのが、宿屋や山小屋での蚤の被害だ。日本への旅行者へのアドバイスとして必ずノミ取り粉を持参することと書いている。あと宿屋で辟易しているのが、夜遅くまで続くどんちゃん騒ぎと襖一枚しか隔てのないプライバシーのなさだ。こちらは現代でも当てはまる処があるのかもしれない。
彼は日本料理と温泉は気にいったようで登山の端々に記している。
彼の山行記録は実に淡々としている。客観的な事実が述べられていて取りたてて誇張もなく、すっきりした感がある。
針ノ木雪渓では「堅く凍った雪渓は、三十八度近くまで勾配がきつくなり、猟師たちは、雪渓を通るのを嫌がった。」
また、ガラ峠の先では「やがて、六十度も傾斜している赤土の斜面を横切らなければならなかった。」などと記述している。険しい岩場などではむしろその登攀を愉しんでいる様子がみられる。本場ヨーロッパアルプスでの岩登りや氷河を経験してきた彼にとっては日本アルプスでの岩場や雪渓も5月の雪の富士山も特に手強いものでもなかったのだろう。むしろ渓谷の岩の上に付いた苔でスリップし、草鞋の威力を知り、鋲靴に草鞋を重ねるなどの工夫をしている。
彼の一連の登山の中で、小生が最も興味をそそられたのは、上条嘉門次と一緒に登った前穂高岳の記録だ。嘉門次小屋を出て、前穂の東面から前穂高岳に登り、その日のうちに下山している。はっきりとルートは判らないが北尾根を登ったそうなので、5、6のコル辺りから登下降したのだろうか。(東壁~北尾根というルートをとった前穂高岳である、と訳注にあるが、まさか、現在の前穂東壁ではなかろう。これはもう本当の岩壁登攀になってしまうから)
この登攀のことも彼は「ここの岩は、ぼくが経験したどこよりも、嶮しく固かった。僕たちは、全精力を登攀に傾注した。それだけに極めて痛快であった。」と書いている。当時としては特筆すべき山行のように思われる。

この書は最初に書いたようにウェストンの第一回目の、若き日の山行の記録である。従ってまだ夫人も登場していないし、日本山岳会との交流もない。ましてや後年日本近代登山の師などと呼ばれることなど想像もつかないことだろう。また都合17年間も日本に居て、そこが第二の故郷になることも想像していなかったろう。
むしろ、後年のことを度外視して読むと、好奇心と観察眼にあふれ、温かみのある、本当に山好きな一人のイギリス青年が浮かび上がってくるように思われる。