月別アーカイブ: 2017年5月

薬疹と感染症

 すでに賞味期限切れかも知れませんが、先日の神戸での日臨皮総会の続きです。
薬疹のセッションを覗いてみました。それぞれの演題を通して、薬疹と感染症との鑑別の重要性、困難さ、はたまた細菌、ウイルスと薬疹の密接かつ微妙な関連が話題となっていました。
感染症と薬疹の関係は本当に難しく、奥深いテーマです。個人的には永遠のテーマかとも思います。
 この関係については、ごく初歩的なものから非常に困難な、現在の最先端の医学でも解明できていないものまであるかと思います。
例えていえば、”とびひ”を薬疹と診断したり、”水ぼうそう”(水痘)を薬疹と診断したりするのは前者でしょう。
 しかし、これも時期によっては診断が難しく、ごく初期の水痘は虫刺されと区別がつきません。また”とびひ”などのブドウ球菌性感染症もSSSS(ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群)やブドウ球菌毒素性ショック症候群となるとSJS/TENなどの重症薬疹との区別が難しいこともあり、重症薬疹のガイドラインではSSSSを除外することは重要な項目の1つとなっているほどです。
診断がついてしまえば、なんでわからなかったと非難されることもありますが、「後医は名医」という言葉もあります。出来上がった皮疹なら簡単に診断できることもあります。
 さらに、困難な、いわば上級編の感染症と薬疹の関係もあります。麻疹(はしか)と伝染性単核球症、DIHS(薬剤性過敏症候群)との区別は時に困難です。会場からは麻疹はコプリック斑などをみれば確実に診断できる、はなから薬疹との鑑別が困難と決めつけるのは如何なものかと思う、との意見もありましたが、確かに専門医でも困難な例はあるようです。コプリック斑も明確でない、IgMは時とし偽陽性を示す、皮疹の分布、白血球数、発熱も典型的でない、特に単回予防接種後の修飾麻疹では難しいことを専門の先生が述べていました。ウイルス抗体価検査は、1回、1種類の検査では確定診断できず、ウイルス間の交叉反応もあり却って誤診する危険性もあります。
さらに、DIHSのウイルスと薬疹の関係、HIV患者での薬疹、GVHDにおける発疹、ヘリコバクター・ピロリでの除菌後の薬疹、ピロリ菌そのものの関与などになるともう、感染症、薬疹が両者とも密接にからみあった病態ともいえる程です。
 これらは専門の先生の話を聴いても完全に理解するのはかなり難しい感があります。細かく書き写しても一般的にはあまり意味はなさそうです。ただ、外来診療において急性の全身性の発疹のある患者さんを前にしてよく「原因は何ですか?」「うつりますか?」と聞かれ、なかなかすっきりした答えができないなかには上記のようなとても難しい背景が隠れていることも理解してほしいのです。(最近では、風疹、麻疹だけでは話は終わりません。皆さんご存知のように、突発疹 、デング熱、チクングニア熱、ジカ熱もあります。聞いたことも無いようなウイルス感染症の報告も有ります。実臨床では原因の特定できていないウイルス性発疹症は結構有るのだと思います。それでも原因は何ですかと、仰るお母さんもあります。抗体価を調べられないことはないけれど2週間ごとのペア血清の採血が必要で全部やると保険はきかないので数万円もかかります、しかもその頃には治っていますというとやめますと仰います。)

中でも小児の急性発疹症で急性ウイルス性発疹症の種類の多さ、原因ウイルスの同定の難しさ、細菌感染症、さらに川崎病などと薬疹の鑑別診断の難しさ、多彩さを考えるとさらにその感が増します。
そこいらの鑑別、対応が非常に難しいながら、日常的によく遭遇し、対応を誤ると後々トラブルにもなりかねない小児急性発疹症のエキスパートの講演内容は次回に。

オテズラ始動

オテズラ錠発売記念講演会が東京のホテルで開催されました。乾癬を診療している皮膚科の医師500名余を全国から集めての記念講演会で25年ぶりの乾癬の内服治療薬の登場とあってセルジーン株式会社の熱の入れようも相当なものでした。このところ乾癬治療は生物学的製剤の相次ぐ登場で、バイオ時代とも呼ばれますが、使用出来るのは大学病院などの基幹病院で、開業医は蚊帳の外の感がありました。勿論、病診連携がうたわれてはいますが、大学などに患者さんを紹介して後は、その後の治療をお願いしたまま経過はみないような、なかなか開業医には敷居が高い薬剤という思いでした。久しぶりに開業医でも難治性の乾癬の治療に参画出来る感があります。

講演は、次のような内容でした。
🔷講演1 
「乾癬ジャーニーへの旅立ち」 森田明理先生(名古屋市立大学)
乾癬の治療の歴史的な流れと、オテズラの皮膚だけではなく、関節症状、quality of life(QOL)、難治性部位(頭部、手、爪など)に対する適応への可能性、有効性のイントロダクションとオーバービューでした。

🔷講演2
「製品プロファイル」
➊ アプレミラストの製品特性 飯塚 一先生(札幌乾癬研究所/旭川医科大学)
オテズラのPDE4阻害剤としての作用メカニズムの基礎的な解説でした。極めて基礎的で、小生の頭では理解できませんでした。
要約すると乾癬はTh17 (γδTh17, ILC3)性疾患で、さらにTreg(制御性T細胞)の機能不全が生じている。
cAMPはTregの発現を上昇することによって、過剰なTh17の発現を抑制する。PDE4はcAMPを不活性型のAMPに分解する酵素です。経口PDE4阻害剤であるオテズラはPDE4を阻害し、細胞内cAMP濃度を上昇させます。先の原理によってTh17の発現を抑制し、乾癬の炎症を抑えて、乾癬に効くという理論です。
TGF-β,PKA,CREB,IL-6,STAT3,RORγtなどもでてきましたが、その流れはよく理解できませんでした。(以前慶応の吉村先生の話を聞いてもやはりついていけませんでした。でも性懲りもなく、仙台の日本皮膚科学会のシグナル伝達の講演を聴きにいく予定ですが。)
上記以外にも「今日は時間が限られているので、免疫細胞(Treg)だけを話しましたが、実はcAMPは表皮細胞(の増殖)にも働いているのです。」とのことで実際のメカニズムはさらに複雑そうです。最後に座長の根本 治先生の「cAMPはセカンドメッセンジャーとして作用しているのですね。」の言葉で何となく納得、安心したような気になりました。
➋アプレミラストの臨床成績 今福信一先生(福岡大学)
海外の臨床成績のオーバービューをされました。16週でのPASI75達成率は33.1%,NAPSIスコア変化率(爪乾癬の症状)は-22.5% ,ScPGAスコア0/1達成率(頭皮乾癬の改善)46.5%,VAS(痒みの改善)2週目から-30~40%, DLQI(皮膚疾患に特有なQOLの改善)16週で-6.6点、PALACE-1試験(関節症性乾癬)でACR20達成率は-38.1%でした。
投与16週でのPASI75達成率は日本人でも28.2%と海外と似たような改善率を示しました。
さらに最近の海外報告ではESTEEM-1,2試験で156週の長期投与においても重篤な副作用の報告はありませんでした。
軽度の副作用は感染症と消化器症状ですが、吐き気、下痢などの副作用はむしろ薬理作用といってもよいものです。大部分はコントロール可能なものです。

🔷特別講演
John Koo 先生(UCSF Medical Center)
元々精神科を専攻された先生ですが、皮膚科では乾癬の外用剤、光線療法に造詣が深く、週日のビタミンD3製剤、週末だけのデルモベート外用剤(strongest)を使用するsequential therapyを提唱して、ステロイド剤、ビタミンD3合剤の先駆けを作ったともいえる先生です。中国系アメリカ人で小学校まで日本に住んでいたとあって、日本語は堪能で、現在はサンフランシスコにいながら漫画本、DVDなどで日本語を維持しているそうです。そういったことで、日本にもよく招待されている先生です。所々変な日本語はありますが、ほぼ完璧な日本語の講演で楽でした。
本人の使用経験を基にしながら、オテズラのオーバービューをされました。精神科、臨床心理学などの素養をベースに患者サイドにたった、患者の心理や希望を踏まえた上でのオテズラの使い方(doctor center practiceからpatient satisfactory practice medicationへ) のノウハウを教えていただきました。またアメリカの医療保険事情も、ざっくばらんに話され、非常に興味深く、参考になりました。しかしながら、当然彼我の医療保険、行政の違いからオテズラについても使用法など多少の違いがあり、そこは参考程度に留めて日本の使用法を遵守するのが必要かと感じました。
【オテズラの特徴】
*内服薬であること
*検査(採血、レントゲン検査、結核、癌に対する検査など)一切不要
米国では下手に検査すると、その後その異常で後に問題になったら、放置していたと責任問題(訴訟)になりうる、それならEBMで検査不要のオテズラに敢えて検査をして、後でクレームになることは避けたが無難。
*「免疫抑制」との表示がなく、生物学的製剤やその他の免疫抑制剤より、受け入れられ易い。米国では免疫抑制とか、副作用に過敏に反応し、嫌がる傾向がある。最近PASI clearなど劇的に効くバイオ製剤を差し置いて、オテズラが非常に好まれ使われ、宣伝も盛ん。
*それ程効かないが、それでもバイオ製剤のエタネルセプト(エンブレル)とほぼ同等の効果がある。
*副作用は下痢、吐き気、頭痛が主。
*関節症性乾癬にも効く。
*頭部、手、足、爪などの難治部位の乾癬にも効く。
*2つのインパクトがあった。1つは生物学的製剤を使うほどの重症例でもオテズラが役立った。長期の注射、癌、結核などの感染症への不安、精神的な心配からなかなかバイオ製剤に踏み出せず、医師側の患者への説明も長い時間がかかった。それでも多くは拒否された。オテズラはその高いバリアを非常に下げた。オテズラなら飲むか、それで大丈夫ならバイオもトライするか、という心理的な負担の減少がみられた。(ice breaking effect)。
もう一つはオテズラはほぼ全ての多剤との併用が可能であり、また相乗効果がある。バイオとの併用も可能。(保険でカバーできるかどうかは別問題)。
*注射の嫌いな人(needle-phobia)に向いている。
*途中で投薬を中断しても、リバウンドはほとんどない。勿論徐々に悪化して元に戻っていくが、再開してもまた効く。さらに2度目は腸が慣れているので、スターターパックは不要。
*オテズラは早く効く人(fast responder)と遅く効く人(slow responder)がある。
*副作用、特に下痢への対応が成功の鍵。前もって十分に起こりうる副作用を説明しておけば、患者はパニックにならない。後から説明すると言い訳となり不信感を増す。スターターパックを活用する。必要ならそれを2つ、3つ使用してゆっくり増量していく。あるいはpill cutter(錠剤をカットする器具)を利用して2分割、4分割として少量から増量する。(日本ではこれは認められていませんのでカットしないで下さい。--- 会社からの回答)。ビスマスなどのOTC製剤を使用させる。日本ではビオフェルミン、ラックB,正露丸などが良いとの医師からの報告あり。下痢があっても少量でも続ける。耐えられる量まで落として続ければいずれ慣れる。そしたら徐々に増量する。無理に我慢すると挫折する。
【使用方法への質問】
*増量は可能か?・・・米国では150Kg超の体重の人はざらにいる。増量すれば効くでしょうが、下痢、吐き気も増すでしょう。それよりも保険会社が支払わない。
*小児に使えるか?・・・米国では18歳以上となっている。日本では「低出生体重児、新生児、乳児、及び小児に対する安全性は確率していない。」との記載があるが何歳以下はダメとの記載はない。むしろファジーで使えるかもしれないが、今後の検討事項とのこと。米国では現在phaseⅡ、Ⅲのトライアルが進行中で12-18歳、6-12歳の結果がそのうちでてくる予定と。(メーカー米国担当者よりの回答)
*妊婦へは使えるか?・・・米国ではFDAでランクCに位置づけられており、妊婦へも使用可能。但し、日本では使用禁忌です。

🔷パネルディスカッション
乾癬の専門家の先生方によるオテズラについての討論が行われました。
John Koo先生(UCSF Medical Center) 今福信一先生(福岡大学) 五十嵐敦之先生(NTT東日本関東病院) 安部正敏先生(札幌皮膚科クリニック) 小宮根真弓先生(自治医科大学)
様々な討論の中で参考となるものの抜粋
【これまでの乾癬の治療の実態と課題】
外用剤も配合剤が発売され、光線療法(ナローバンドUVB,エキシマランプ)、チガソン、シクロスポリン、生物学的製剤と治療の選択肢は大きく拡大し、乾癬治療は近年長足の発展を遂げた。しかしなかなか満足できる域までは達していない。オテズラはunmet needs(満たされない要求)に答えてくれる使いやすい薬剤と思われる。
安全な薬剤で、クリニックレベルでも使える内服薬だが、どう安全に使っていくか、が重要。
治療は確かに長足の進歩を遂げてきているが、医師と患者の考えのギャップがある。患者満足度は必ずしも高くないのがアンケート調査でみてとれる。重症でも全身療法を受けていない人が1割もいる。また多くの人は軽症(4割以上)だが、これらの患者さんは、バイオの恩恵は受けていない。今まで痒みは医師の目に触れないためにPASIの項目にも入っておらず、盲点だったが意外とQOLを障害する。オテズラは早期から痒みに効くことでQOLの改善に役立つ。
【新たな選択肢が乾癬治療に与えるインパクト】
重症の患者さんは、今までは光線療法、シクロスポリン、バイオなど主に基幹病院でなされるという制約があった。オテズラは入院も必要なく、敷居が低く誰でも使える(皮膚科医も患者も)ようになった。
そして、シクロスポリンでもMTXでもバイオでもいろいろな要因で使いづらい患者さんが大病院でもたまってきていた。オテズラはそういう患者への希望となりうる。保険での使用範囲内かどうかを度外視すれば生物学的製剤など他剤との併用が多く可能である。
【今後の乾癬治療のアルゴリズム予測】
乾癬のピラミッド計画(飯塚)の中間、第2-4段の紫外線、チガソン、シクロスポリンなどからの変更、またオテズラからこれらへの移行などの位置づけとなりうる。米国ではなるべく安全な治療を先に提供するのが普通の考えであり、免疫抑制もなく、定期的な副作用検査も不要なオテズラは広く受け入れられ易い素地があった。現在多くの患者が使用し始めて爆発的に売れている。日本ではどうなるか?
乾癬治療は外用から生物学的製剤まで広いスペックがある。例えていえば、コンピューターの世界に置き換えられる。生物学的製剤をハイスペックなコンピューターとすれば、オテズラはエントリーモデルに位置付けてもよい。入りやすく、使いやすい。
【今後、日本の乾癬治療の目指すべきゴールと新薬への期待】
オテズラは中等症の乾癬の治療に対して、バランスがとれた安全性の高い薬剤で、併用が可能。
副作用も156週もの長期検討でも重篤なものはなかった。
*悪性腫瘍の発生率の増加はなかった。
*感染症でも重篤なものは見られなかった。上気道感染、細菌感染症などがみられるが軽度。
*妊婦への使用について
オテズラは構造式でサリドマイドやポマリドミドなどの化学構造を構成しているフタルイミド基を含む化合物。しかし催奇形性を有するのはグルタルイミド基とされる。オテズラはグルタルイミド基を持っていない。したがって、米国では妊婦への使用も認められてはいる。
臨床試験では催奇形性は認められていない。しかし、「マウスで臨床用量の2.3倍に相当する用量で早期吸収胚数及び着床後胚損失率の増加、胎児体重の減少、骨化遅延が、サルで臨床用量の2.1倍に相当する用量で流産が認められており、ヒトにおいて胚胎児毒性を引き起こす可能性が否定できない」と添付文書に記載がある。
従って、日本では妊婦への使用は禁忌‼️。

オテズラは安全に使用できて、中等度の乾癬への効果が期待できる新規薬剤です。
しかし、クロージングの挨拶で大槻マミ太郎先生がいみじくも述べられていたように、全ての患者さんに効く訳ではありませんし、使ってみないと効果のある人か否かも分かっていません。それに、やはり生物学的製剤と比較すると効果は劣ります。
胃腸症状などの初期対応に失敗すると、悪い印象を与えてしまい医師への信頼感も薬への信頼感もなくして治療全体への意欲も落としかねません。
十分に薬剤を知り、慎重に適応を判断して使うことが求められています。そして乾癬の専門病院への紹介が遅れて適切な治療の機会を失うことのないような心がけが必要となります。

Ueli Steckの死

先月末に著名なアルピニストがヒマラヤで遭難死したというニュースはテレビや一般紙でも報道されたのでご存じの方もおられるかと思います。その死に驚き戸惑うところがあって、一寸関連の報道を調べてみました。
不世出のアルピニスト、クライマーで「スイス・マシーン」とも呼ばれた登山家Ueli Steck(ウーリースティック)です。
小生がその名前を知ったのはそれ程前ではありません。確か昨年あたりある山のブログ「月山で2時間もたない男とはつきあうな!」の中の記事をみていて偶然知ったのだと記憶しています。とにかく信じられない程難しい岩壁を信じられないスピードで単独で登る人のようでした。あの難関のアイガー北壁をたったの2時間半で登る? 最初は20時間の間違いだろうと思いました。You Tubeでの駆け足のように登る画像を見てあまりのすごさにまともな反応もできませんでした。昔のレジェンド達の壮絶な悪戦苦闘、遭難を経てきた北壁の歴史を軽んじられているようで、あまりすんなり肯定的には受け取れなかったようにも思います。
You Tubeなどの画像やとてつもなく超絶で派手な記録などをみると、一見命知らずの無鉄砲なソロクライマーでいずれはこうなったろうとの意見もありますが、彼をよく知る山の一流の人々は彼への賛辞と追悼の言葉を連ねていて、その暖かく、思慮深い人柄が偲ばれ決して単なる機械人間ではなかったのだとわかります。
その中から代表的な寄稿をいくつか。
【ラインホルト メスナー】
アルピニズムのゴッドファーザーとも呼ばれる人の彼への感慨(スイスのNZZ紙のインタビュー)
彼ほどの実績と経験を積んだ人の遭難は驚きです。
[Nuptseは彼の実力からするとそれ程難関でもない?]・・・多分北壁を目指したのだと思います。そこは決して楽なルートではありませんし過小評価すべきところではありません。ただなぜ彼がNupsteを最初に目指したのか釈然としません。唯一考えられるのはヌプツェ、ローツェ、エベレストの頂上を繋ぐいわゆるhorseshoe(馬蹄形)の縦走を同時に狙っていたのではないかと。それは多くのアルピニストの夢でもあります。
[彼はそれを公言してはいませんでしたが。]・・・我々は当初には控え目にしか公言しません。そしてより野心的な成果を果たせば公表する傾向があります。horseshoeは極端に困難なルートで誰も成功していません。もし、それを成し遂げることが出来るとすればそれはウーリースティックその人だったでしょう。
[ウーリースティックは限界に挑み、多くのリスクを負っていました。彼はそれを超えた?]・・・それは正しいか間違った決断かという質問ではないでしょう。むしろ可能か不可能かということかと思います。そして彼は以前不可能であったことを可能にする人でした。私の時代ではアイガー北壁登攀の最速は10時間でした。2時間23分というのは実に果てしない記録です。彼は常に大胆な野望を抱き続け着実にそれを実現してきました。それ故に私は彼を尊敬します。しかし私は彼のスピードクライミングの追求にはそれ程惹きつけられていません。
[なぜ?]・・・私にとっては誰かがアイガー北壁を10時間で登ろうが、3時間で登ろうが重要なことではありません。それよりも彼が一夏でアルプスの4000m超えの82ピーク全てを登りきった方がより印象的です。この15年間彼のスポーツにおける影響力は本質的です。
[貴方はかつて優れたアルピニストは生き残るチャンスを増やすためにはより強くより速くなければならないと言っていました。ウーリーは単に速いばかりではなく、極端に速かった。それで危険性が 増したという、あなたの理論に対して挑戦するようなことは考えられませんか?]・・・アイガーの壁でウーリーが登っているのを目撃した人は誰もが彼の行動は常にコントロール下に置かれていたことを知っているでしょう。彼は常に正確で安全に行動していました。しかしながら一定のリスクの要因は残ります。もしアイガーの壁の上方から大きな岩が落下してきて当たったら登山者は墜死するでしょう。それは基本的なルールです。しかし人は出来うる限りのことをするしかありません。それはすなわち人はその個人の限界の少し内側に留まるべきであるということです。そしてその限界が何処にあるかはクライマー自身のみ知りうることです。他の人がリスクに対して審判すべきではありません。
[全ての高山が登り尽くされ、全ての北壁が極め尽くされた今日では、エリートアルピニストにとって挑戦とは如何なるものでしょうか? 注目を浴びるために生命を危険に晒すようなプロジェクトを探さなければならないのでしょうか?]・・・
優れたクライマーが今日より少なかったかつては、ある程度真実でしょう。目立つのはより容易だったでしょう。現在では旅行はより容易で手ごろです。多くの人がヒマラヤに手が届きます。またマウンテンスポーツには多くのスポンサーが付き大金が動きます。しかし限界を広げるのならば次の3つのいずれかが要求されます。よりハード(harder)に、より危険に(more dangerous)、より露出して?(more exposed)。経験をつめば人は限界を広げられるでしょう。ウイリースティックこそはそれを常に伸ばし続ける強い情動をもった人だったと確信しています。彼は自分自身に極めて高い基準を設置していました。

【Jon Griffith 】
ウーリー スティックの友人で行動を共にしていた英国のアルピニスト、カメラマンによる彼への心温まる賛辞
今後数週間に亘ってウーリーについて多くの記事が書かれることでしょう。彼は老若男女広い世代を超えて感動させ、かつてこの地球を闊歩していたどの人よりも山を渉猟したかもしれない人でした。しかし私は彼と近しい友人として、兄弟として彼のもう一つの側面を知る特権を持っています。「スイス・マシーン」としての当初の頃から、脚光を浴びてマスメディアに追い回されプレッシャーを感じていた最近までを。彼は常にクライマーとしての自分に真実であろうとすることと、他人へ感銘を与えようとする公人としての立場の中で不可能な狭間を見出そうと試みていました。それは最期の日まで人々を愛していたからです。彼はエゴに満ちたネット世界で謙虚であり、正直な完璧な見本でした。自身の内面に向かい合う人でした。彼は繊細で愛らしい人でそれが彼をして本当の友人たらしめました。私のキャリアと人生は彼への信頼に負うところが大です。彼との限界への登攀を共にしましたが、彼のEmmentalの大工としての内面は不変でした。そして私のシャモニの狭いキッチンテーブルの下で寝て楽しく語らいました。最後の数年はある人々の批判や中傷に心を痛めていました。単に過去に自分自身が経験も見たこともないとの理由で彼を信じられないとする人々からの。エベレストーローツェの横断は世の人々の目に彼の能力を再認識させる登攀でした。それは必要もないことでしたが。この先私の人生にウーリーを象った大きな空隙ができ、大きな喪失感が襲うでしょう。私の娘の成長を見ないこと、大きな笑顔と、輝く瞳を見ないこと、夜遅くまでウォッカを飲みに引っ張り出して彼のトレーニングの予定を邪魔することができないこと、人生や仕事について議論できないことを残念に思います。しかし、最も残念なのは一緒に時を過ごす内に”何でも可能だ”という気にさせる彼の存在とそのエネルギーにもう二度と接することができないことなのです。
世界中から彼への愛のメッセージが注がれるのを見るのは心温まることです。ウーリーは代々のクライマーに大きなレガシーを残すでしょう。彼は将来に見習うべき(登山)スタイルや姿勢を切り開くパイオニアでした。我々の世界に優雅さと謙虚さをもたらしてくれた真の紳士でした。しかし、私は友人としての、わが師表としての彼がいなくなったことを最も悼みます。時が傷をいやし、涙は枯れるでしょう。しかしもう二度と彼と会えず、goodbyeと言う機会がないことがとても信じられず悲しいのです。

これらの寄稿以外にも多くのメッセージや論評も寄せられているようです。多くの賛辞の中にあって、ウーリーについての負の(?)側面も述べられています。「スイス・マシーン」もやや揶揄したような表現ですし、余りにも先鋭的な安全性を確保しない登り方には眉を顰める向きもあり、2013年にエベレストでシェルパの張った固定ロープを無視したことからシェルパとの乱闘事件に発展したとあります。彼はシェルパを尊重しなかったわけではありませんが、彼のいかなるサポートも受けない登山主義は結果的に西欧と現地の登山界に軋轢をきたしたのかもしれません。
彼は通常4枚のカラビナとアイスピック、アイゼン、懸垂下降用ロープ、スイスアーミーナイフ、ボルトレンチしか持ちませんでした。酸素は”false air” “bottled doping”として拒絶していました。それ以上のギアに頼るのは登山の価値を半減するものとしていました。
表面だけみると粗野で無謀なスピード狂のアウトサイダーのようですが、彼をよく知る人、特にソロトップクライマーの評価は非常に高いようです。
彼自身、韓国のマウンテン誌のインタビューに対して、丁寧で謙虚な受け答えをしています。(上述の月山のブログから引用 2016.02.02)
長期的な登山の目標は何ですか?
「重要なのは、最終的にはそのプロセスにあると思います。私の登山は、これまで着実に成長してきたが、いつかはこれ以上進まない瞬間が来ます。遅く、弱くなる過程を喜んで受け入れ、クライミングの別の意味を発見することができたら良いでしょう。おそらく10年以内に、私の登山は、記録よりも冒険の要素がより重要になるでしょう。
 私の目標は、その変化の過程の中で、登山の楽しさを失わないことです。」

彼を生れながらの天才のように言う人もありますが、そのたゆまぬ努力は並大抵のものではなかったそうです。年間に1200回を超えるworkoutをこなし、1日で2000mを上下(3 lap?)する高度順化も相当数こなし続けたそうです。その努力を続けられるのも天才といわれる所以かもしれませんが。
それゆえに2013年には他のパーティーが8日かかったアンナプルナ南壁の7219mを単独で28時間で登って降りています。(2回目のピオレドール受賞)
これからも、彼についての様々な論評がなされるでしょうが、現在の登山界のトップランナーであり、空前絶後の巨星であったように思われます。ピークの瞬間を超えて、円熟期のウーリー スティックを見ることができないのは非常に残念なことのように思われます。

ウーリー自身は、他人との競争ではなく、自分の内なる山への渇望に邁進したのでしょう。しかしながら、後に続くトップクライマーに対してとてつもなく高いスタンダードを残しました。いつの日かこれを越えようとする人がでてくるかもしれません。アイガーやアンアプルナやエベレストをもっと速く、もっと難しいラインを、と。それは限りなく死に近づく試みになってくるのかもしれません。元々登山には危険はつきものですが、将来はどうなっていくのだろうと想像もつきません。

後爪郭部爪刺し、後方陥入爪

日臨皮総会 神戸 の続き
フットケアのセッションでは河合先生がRetronychia(後爪郭部爪刺し)についても陥入爪の中で言及されました。
後爪郭部の炎症の原因は様々あり、日常外来でも時々目にする病態ですが、retronychiaもその一つです。
しかしながらこれについての記載はあまり多くみられません。病名についても1999年初めて海外で報告された新しい概念で、日本名は2011年に東先生が「後爪郭部爪刺し」と邦訳して3例を報告しました。proximal ingrown nailを「後方陥入爪」と邦訳したものもあります。
これについて少し、調べてみました。

Retronychia(proximal ingrown nail)は外傷などが原因で、不完全に脱落した爪甲が、後爪郭部に埋め込まれた状態です。手指爪にも生じますが、最も外力がかかり易い足の第1趾(拇趾)爪に生じやすく、身体活動の盛んな若年層、特に女性に多いとされます。
外力では、ランニング、ダンス、ハイヒール、つま先立ち、つま先座りなど爪先に過度の負担がかかったケースが多いようです。足の形では第1趾が一番長いエジプト型に多くみられる傾向があります。(ちなみに第2趾のほうが長いものはギリシャ型という)。
臨床的な特徴は近位爪甲の肥厚、黄白色化、爪甲が伸びなくなること、後爪郭部の慢性炎症(痛みをとも伴う発赤、腫脹、肉芽腫など)がみられます。
発症機序は以下のように考えられます。特に爪を伸ばした状態でつま先に過度の負荷がかかると、テコの作用により爪の近位端が剥がれます。剥がれた爪は前方に押し出す力は働かずに、爪は遠位端で堅く固着します。下方から新しく伸びる爪は剥がれた古い爪を押し上げ、古い爪の近位端が後爪郭を下から圧迫します。それで、後爪郭部に炎症が生じます。これが繰り返されると、何層にも剥がれた爪が固着して屋根瓦状に重なるケースもあるそうです。
剥がれた爪が脱落しない原因の一つは炎症性の肉芽組織が爪甲を巻き込んで後方に牽引しているからとの説もあります。
治療は新しい爪甲、爪母を傷害しないように注意しながらの爪甲除去術が推奨されます。また手術のあとは正常な爪甲伸長を促すために、趾尖部皮膚を下方に引っ張るテーピング法を併用することが重要です。

参考文献

星 郁里 ほか:Retronychia;proximal ingrown nail(後爪郭部爪刺し)の1例.臨床皮膚科 67:347-352,2013.

上出康二: マルホ皮膚科セミナー 2013年8月1日放送 「第64回日本皮膚科学会西部支部学術大会➂シンポジウム3-2 陥入爪・巻き爪の治療」

 星 郁里 原図