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パリ遠近  サンルイ病院ムラージュ博物館

今年のEADV(ヨーロッパ皮膚科学会)はパリで開催されました。学会を一寸覗いて、あとは観光しました。
ぶらぶら歩きの一端を。
学会場はシャンゼリゼ通り、凱旋門からも近くの、2つ目のメトロ駅Porte Maillotのすぐ前にありました。Palais des Congres de Parisという大きな国際会議場でした。
賑やかな会議場を一歩外に出て、大通りを渡るとそこはもうブローニュの森の入口です。歩みを進めると、フランスの小学生の課外学習かと思われる一団やランニングをしている人達がいました。さらに歩みを進めて森の中に分け入るとそこは細いトレールだけでもう人ひとりいません。静かで森の息吹を感じながら歩け、大都会のすぐ近くにこんなところがあるのかと、山歩きの好きな小生には感激でした。しかし、たまに人や自転車が現れると一寸緊張します。あまり奥深いトレールは独り歩きには一寸不向きかもしれません。特に夜間は結構怖いところでもあるそうで。
もっと進むと広い道にでました。のびやかな道は湖沿いに南下してロンシャン競馬場やローラン・ギャロスのテニス場に続いています。森の中にはいくつもの綺麗な庭園があるそうですがスルーしました。途中の河沿いの道は広々と開けて、木立もあり、ジョッギングや散策の人もみられ素敵なところでした。競馬場まで2時間近く歩くと、さすがに疲れてきて帰りはメトロの処まで歩くのも面倒になりタクシーに乗りました。
今度の学会ではMartine Bagot教授によるサン・ルイ病院皮膚科見学のガイドツアーが組まれていて、病院の説明と共にムラージュ博物館でカクテルサービスもついているというものでした。興味があったので申し込んだのですが、定員に達し残念ながら選外でした、とのメールが入りました。はるばる日本からきて見学できないのも癪なので、何とか見学したいとメールしたら、数日後に予約がとれました。それで指定の日に行ってきました。
サン・ルイ病院のことは先代の岡本千葉大教授を始め、いろいろな先生方から聞き及んではいましたが、先年岡山大学皮膚科岩月啓氏教授らが纏められた「原著に学ぶフランス皮膚科学の古典」という書をみてからは是非機会があれば訪れたいと思っていた場所でした。先代の岡山大学名誉教授荒田次郎先生もサン・ルイ病院に留学されており、同大学との関係は深いものがあるそうです。
当日、午前10時に所定の場所に来るように、とのことでした。ムラージュ博物館はサン・ルイ病院の角の一隅にありひっそりとしていました。入口もよく解らず、近くの人に尋ね裏口から建物に入りましたが、女性職員が表の入口まで案内してくれました。ベルを押すと中年男性の係官が親切に案内して下さいましたが、英語は不案内のようでした。それでも2階に上がり、ムラージュ室を案内してくれて自由に見てよいが写真はダメとのことでした。人ひとりいない部屋で数時間じっくり見学でき、解説もウエルカムカクテルもありませんでしたがかえって自分だけの至福の時を過ごせました。
ムラージュとは皮膚疾患の蝋細工で、カラー彩色された疾患群は生々しくまるで眼前に生きた人がいるかのような臨場感があります。そしてフランスの至宝ともいうべき名医たちが名づけた疾患を含めて数々の皮膚疾患のムラージュがアルファベット順に壁一面に展示してありました。展示は講堂の1階、2階にわたっており、2階部分は回廊のようになっていました。トータル162の硝子ケースに入ったムラージュの数々の中には、今日あまりお目にかからない胎児梅毒や3期梅毒、軟性下疳、ハンセン病、皮膚結核などの疾患が豊富にありました。岩月教授はそれら古典の中から15疾患、12著者を選定し、その原典をサン・ルイ病院の図書館で閲覧・コピーして翻訳出版されました。翻訳に当たっては岡山大学からCivatte教授の許に留学され、さらにソルボンヌ大学にも在籍された大熊 登先生が担当されたそうです。
皮膚科医ならば誰もが学ぶ冠名疾患の数々。
Devergie, Gibert, Bazin, Fournier, Darier, Brocq, Vidal, Besnier, Hallopeau, Sezary, Degos などの名前が挙げられ、ムラージュと共にその疾患の記載があります。100年以上も前、電子顕微鏡もなく、免疫学、細菌学、組織学なども発展していない時期にそれでも疾患の病因に迫ろうとする熱気、皮膚症候の記載の精密さには驚かされます。
日本の皮膚科学は土肥慶蔵を創始者としてドイツ学派の影響の基に発展してきたのは事実で、フランス皮膚科学は云わば傍流の感もありますがこうしてみるとその黎明期には大きな力をもっていたことが分かります。
事実、このムラージュに関してはサン・ルイがその創始であり、ドイツ、オーストリア学派もサン・ルイのムラージュを参考にして、また技術を学んで作っていったそうです。
数時間歩きっぱなし、数多くのムラージュに圧倒されて、さすがにぐったりと疲れがでました。もっといたかったけれど係官にも迷惑だろうし、午後はメキシコからの見学者もあったようなので、お礼をいっておいとましました。
旧病院の中庭はまるで公園か庭園のようで、皆さんも芝生に寝転がってランチなどしていました。小生もしばしベンチで疲れをとりました。旧病院から道路を挟んで、これと対照的な新病院がありました。皮膚科の外来、入院もあり、Prof. M. Bagotの案内板の表示もありましたが、アポイントなしでしかもどこの誰とも分からない者がいきなり訪問するのも失礼なことと思い入口ホールを見ただけで失礼しました。最新の病院とともに古い歴史建造物も同居させた懐の深さを感じさせる病院でした。

  夜の凱旋門

 一寸横に逸れるとこういった細道もあった。一人で分け入るのは一寸恐そう。

 湖沿いの開けた散策コース

 散策している人、ベンチでくつろいでいる人も。

 はるばるとロンシャン競馬場まで歩いてきた。流石に疲れた。

 競馬場の入口。

 岡山大学岩月教授らが纏められた。サン・ルイ病院医学図書館蔵書からフランス人皮膚科医の名を冠した代表的な疾患の原典翻訳とムラージュの紹介本。今回見学のきっかけとなった本。

 サン・ルイ病院の古い建物の入り口の一つ。

 iPadを片手に博物館をめざした。

 ムラージュ博物館の入口。意外とこじんまりとしていて見落としそう。でも写真を見くらべたら、1889年、第1回国際皮膚科学会の記念写真はこの場所にずらっと出席者が並んで写っていた。

 サン・ルイ病院の名前の由来であるフランス国王ルイ9世

(在位 1226-1270)。入口すぐのコーナーにある。

 別のコーナーには真菌で有名なサブロー博士。かつて太田正雄もパリで師事した真菌の大家である。

 旧病院の中庭。三々五々ランチタイムの休憩。

 道路を挟んで対照的に近代的な新病院。

 新病院の入口ホール。

種痘様水疱症と蚊刺過敏症

種痘様水疱症とは、幼少時に日光露光部を中心に中心臍窩を伴う水疱や痂皮が付着した丘疹が多発し、瘢痕を残して治癒する疾患です。蚊のアレルギーとは一見何の関係も無いようですが、重症型ではEBウイルス関連のT/NKリンパ球増殖症を発症して予後不良になる点で繋がりがあります。

まず種痘様水疱症(hydroa vacciniforme:HV) について
歴史的には発疹が種痘に似ていることから、1862年にBazinがHVと命名しました。また症状が似ていることから当初は骨髄性ポルフィリン症も紛れ込んでいたようです。

近年、HVの皮膚病変部には(Epstein Barr virus:EBV)が存在することが明らかになりました。ほとんどの症例では、成人前に自然軽快します。古典型HV(classical HV: cHV)。しかしながらごく一部(10%?)ではHVの臨床像ではあっても次第に非露光部にも皮疹を認め、発熱、リンパ節腫脹などの全身症状あるいは血液学的異常を伴う全身型HV(systemic HV: sHV)に移行するケースもあります。
最近三宅らは9歳以上で発症した場合と、EBV再活性化マーカーであるBZLF1 mRNAの皮膚組織での発現が予後不良の因子である可能性を報告しています。
EBウイルスが潜伏感染したT/NK細胞が皮膚病変部に浸潤していますが、これが皮疹の形成にどのように関わっているかは明らかではありません。
HVの他に皮膚科関連では、重症の蚊のアレルギー、蚊刺(ぶんし)過敏症(hypersensitivity to mosquito bites: HMB)があり、慢性活動性EBウイルス感染症(CAEBV)と合わせてEBウイルス関連T/NKリンパ増殖症(lymphoproliferative disorders: LPD)と呼びます。
血液中にはEBウイルス感染γδT細胞が増殖しています。
HMBは、虫刺されやワクチン注射に続いて、激しい皮膚反応と発熱や肝障害などの全身症状をきたします。
cHV群は、良好な経過をとりますが、sHVとHMBの予後は不良で発症後それぞれ10年、5年で死亡率5割とされています。

ちなみに慢性活動性EBウイルス感染症とは遷延あるいは再発する伝染性単核球症様症状を呈し、血液中および病変組織にEBウイルスのDNAが見られる疾患です。日本など東アジアと中南米に多く、遺伝的な背景が考えられています。
通常はB細胞を標的とするEBVが、TあるいはNK細胞に感染して増殖を誘発するとされていますが、その詳しい機構はまだ不明です。腫瘍性疾患の特徴と免疫不全症の特徴を併せ持っています。
それで、種痘様水疱症、蚊刺過敏症の他に多臓器不全、血球貪食症候群、悪性リンパ腫などを合併します。
また慢性疲労症候群とよばれる疾患群の一部にCAEBVが含まれていることもわかってきましたが、疾患の全貌はこれからの研究に委ねられているとのことです。
治療は、抗ウイルス剤のアシクロビル、ガンシクロビル、IL-2、IFN、ステロイド、シクロスポリンなどの免疫抑制剤、抗がん剤などがつかわれますが、なかなか完治には至らないようです。。唯一造血幹細胞移植が完治しうる治療のようです。
最近、これらの患者さんのEBV感染細胞の中では、転写因子STAT3が恒常的に活性化していて、免疫、炎症の暴走を起こしているが、これを抑制するJAK阻害薬でその活性化が抑制され、さらに炎症性サイトカインの産生も抑制されるとの研究があります。臨床上での効果に期待したいところです。(ちなみにこのチロシンキナーゼのシグナル伝達系でSTAT3は乾癬表皮においても活性化しているとされ(高知大学 佐野)興味あるところです。)

参考文献

岩月啓氏  EBウイルス関連皮膚T/NKリンパ増殖症ー種痘様水疱症と蚊刺過敏症ー
日本小児血液・がん学会雑誌・52巻(2015)3号 p.317-325

三宅智子 種痘様水疱症 皮膚疾患 最新の治療 2017-2018 編集・渡辺晋一・古川福実 南江堂 東京 2017