月別アーカイブ: 2018年11月

タイトジャンクション物語

近着の皮膚病診療に 追悼 橋本 健 先生  橋本 健先生の「声」へのお返事:横内麻里子 久保 亮治
という記事がありました。
「皮膚バリア、最近の進歩ーケルビン14面体モデルー」(皮膚病診療:39(8);808~813,2017)への橋本先生の質問の回答でしたが、橋本先生はその後お亡くなりになったため、同誌編集委員長の斉藤隆三先生が橋本先生の奥様の了承のもとに掲載された追悼文を含めた記事でした。

 ケルビン14面体モデルによるタイトジャンクション(TJ)構造、ターンオーバーの機構の解明は横内先生の皆見賞受賞となり、当ブログでも取り上げています。(2017.6.29)。また久保先生のTJを含む皮膚バリアの総説も取り上げました。(2016.3.27)
それで、その機構については簡単に触れるに留めます。表皮は角層の下に3層の顆粒層があります。顆粒層の細胞を外側からSG1,SG2,SG3と名付けるとTJはSG2同志が接着する面の上側(apical)に存在します。
橋本先生の質問は著者(横内ら)がみたZO-1(TJ裏打ち蛋白質)の角質細胞の形態は私(橋本)がかつて報告した電顕の所見と同一であり、辺縁に二重にみられた線は重層した上の細胞の圧痕ではないか、特にZO-1が共存してもしなくても形態的な構造ではないか、という主旨のもののようでした。著者らは数十年も前に明確かつ子細な電顕構造を指摘し、角層下の顆粒層に’tight’な細胞間接着構造があり、そこに物質の浸透をブロックするバリア構造があると結論付けされた橋本先生の先見の明に敬意を表しつつも、細胞が垂直に重なった圧痕ではうまくTJの分化が進んでいかない理由も述べています。
著者らはTJの研究の歴史について、古くは19世紀末のケルビン卿の14面体の提唱、1976年のAllenとPottenの角層細胞の14面体形態の報告、1986年ZO-1、1993年occludin、1998年claudin-1というTJ蛋白の発見がありこの分野のサイエンスが進歩し、その積み重ねの上に得られた結果であることを述べています。

橋本先生は電子顕微鏡の分野では世界的大家で、我々が学んだLEVERの皮膚病理組織の教本の電顕部分は橋本先生が担当されました。長年米国で活躍され、お弟子さん達も日本から多く先生の許へ留学されました。小生がかつてミシガン大学に短期間いた時に先生はデトロイトのウエイン・ステート大学皮膚科のチェアマンでした。ある時ミシガンとウエイン・ステートの合同研究会があり、そこで堂々と講演されたり、米国人と対等に討議されている様を間近にみて、古武士のような風格を感じたことがありました。日本人でもすごい人がいるものだと感嘆したことでした。お宅にお邪魔した時は、しかしにこやかで(緊張して何を話したか覚えていませんが)、立派な邸宅のフカフカした絨毯に日本の住宅事情との違いに驚いたことを覚えています。この投稿をみるとお亡くなりになる直前まで現役として研究されていたということになります。偉大な皮膚科学者に哀悼の意を表します。

もう一人、忘れてはならない人がいます。かつて講演で久保先生が自分の生涯の恩師であると話された月田承一郎先生のことです。どんな人かどんなことをした人なのか気になって先生の本をもとめました。
「若い研究者へ遺すメッセージ 小さな小さなクローディン発見物語」という確かにわずかに93頁の小本でした。しかし中身は凄い、小さなどころか、偉大な本でした。早逝(52歳だけどそうといってもいいか)した天才の研究に捧げた人生のエッセンスが凝縮したものを割と淡々と記した本でした。表紙の帯には「亡くなるひと月前に遺した渾身の書下ろし」とありました。
灘高、東大出のエリートながら立身出世ではなく純粋に科学を愛し、同じ研究者である奥様と共に、タイトジャンクションの命題を解決していった経過が書かれていました。当時大変な流行になっていた細胞間接着分子カドヘリンの周辺を研究のターゲットにしたといいます。細胞の接着複合体(小腸上皮)はアピカル面からtight junction, adherens junction (cadherin), desmosomeがみられることが分かっていました。皆が「カドヘリン山」を目指すのならば、人も金もない貧乏旅団ならば、一ひねり二ひねりしないと目立った研究は出来ないと考え、「単離接着装置」をラットの肝臓から得て、「カドヘリン山」からはずれた分団の蛋白質群の解析に向かったそうです。そこでみつかった分子量220KDの抗原がカドヘリンの裏打ち蛋白質と想定していたところ、実はcDNAを単離してみたらZO-1と同一なことが分かったそうです。ここにTJの裏打ち蛋白質であるZO-1が沢山あるなら、この分画はTJの研究にも使えるぞ、との閃きから研究が進展していったそうです。
当初ラットの「単離接着装置」を抗原にして、モノクローナル抗体をマウスでとっても、ZO-1のみしかとれませんでした。これは種が近すぎるからとの考えで(また材料の肝臓が小さな動物ほどきれいな単離装置がとれる)、種の遠いヒヨコで行ない、また膜蛋白質だからと少量のSDSという界面活性剤を混ぜて実験したところ、見事TJから膜蛋白質を単離することに成功しました。そしてTJすなわちzonula occludensからこのたんぱく質をオクルディンと名付けました。
(ちなみにこの実験を担当した古瀬さんはJCB誌上でTJのブレイクスルーと絶賛されたそうですが、日本での評価は低く、日本学術振興会の特別研究員に落ちたそうです。カドヘリン発見者の竹市先生は彼我の目利きの差に嘆き激怒されたそうです。)
その後ヒトのオクルディンの発見への苦労、たまたま院生がコンピューターホモロジー検索から類似アミノ酸配列をみつけて、同定に至ったとのこと。しかしオクルディンをノックアウトしても予想に反して立派な上皮ができ、TJストランドも形成しました。実験を遂行した斎藤さんは「オクルディンをノックアウトしただけではなく、僕たちのオクルディンストーリーまでノックアウトしてしまった。」と揶揄されたそうです。本物は他にいる、挫折しそうになりながら「真の幻のTJ内在性膜蛋白質」があるに違いないとしてまた研究を進めていきました。
またしても古瀬さんのアイディアで普通に抽出できるものを抽出しきって駄目なのだから、最後の不溶物の中に真の物質があるだろう、との想定でその中からオクルディンと同様な挙動をする分子量23KDの膜貫通蛋白質を同定し、クローディンと命名しました。これは強力なTJストランド形成能力を有し、TJを持たない線維芽細胞でもこれを導入するとTJストランドを発現しました。その後クローディン遺伝子ファミリーの発見など研究は進展していきましたが、最大の山場は乗り越え、比較的安全な将来が見渡せる高みに到達していました。
ところが残念なことに、これらの発見からほどなくして、月田先生はすい臓がんに侵され、余りにも早い人生の最期を迎えてしまいました。いかに無念だった事でしょう。そしてこの本が人生最後のメッセージとなったわけです。
しかしTJの分野で分子生物学のバイブルのような教科書に名を残せた事は本当に幸せだったと述懐されています。
この本は題名に「若い研究者へ遺すメッセージ」とあるように志ある若い研究者にお勧めしたい本です。

横内先生の投稿をみて、その本題から一寸ずれたかもしれませんが、関連する事を書いてみました。

最近の乾癬治療・生物学的製剤2018

また乾癬の記事で恐縮ですが、千葉生物学的製剤乾癬治療研究会がありました。確かに乾癬は治療のトピックスが多く、進歩が早いこともあり、このところ講演会は多い気がします。
今回は岩手医科大学の遠藤幸紀先生による生物学的製剤のレビューでした。豊富な臨床経験に基づいて分かりやすく解説して下さいました。岩手県のみならず、東北一円から患者さんが受診しているとのことでした。また若い頃は東北のクイズ王としてテレビ出演も果たしていた事などの逸話も挟みながらの面白い講演でした。
まず、乾癬の生物学的製剤のラインナップと、乾癬の病態からみてその作用点を分かり易く解説されました。また最近開発されたIL-17阻害薬については詳細に解説していただきました。
発売順に並べると
2010年 レミケード(インフリキシマブ)、ヒュミラ(アダリムマブ) 【TNFα阻害薬】
2011年 ステラーラ(ウステキヌマブ)  【IL-23阻害薬】
2015年 コセンティクス(セクキヌマブ) 【IL-17阻害薬】
2016年 トルツ(イキセキズマブ)、ルミセフ(ブロダルマブ)【IL-17阻害薬】
2018年 トレムフィア(グセルクマブ)【IL-23阻害薬】
舌を噛みそうなややこしい名前がずらーと並んでいますが、命名には法則性があるそうです。一応書いてみると。
まずモノクローナル抗体は英語でMonoclonal AntiBodyで略してmab(マブ)となります。ただ1種類の抗体産生細胞(B細胞)から作られた抗体のコピーで同一の分子構造をもちます。ちなみに蛋白質なので消化されるため経口投与ができず、静注か皮下注になります。
またマウス抗体は-omab、キメラ抗体は-ximab、ヒト化抗体は-zumab、完全ヒト抗体は-umabと命名されます。
動物由来成分を有する抗体はアレルギー反応を起こしやすいので、近年はなるべくヒト成分のみでの抗体の生成の方向へ向かっています。
更に標的によって抗腫瘍tu、免疫調節i、インターロイキンki、心血管ci、骨so、ウイルスviと細分されているそうですが却って訳が分からなくなりそうなので、スルーします。
オマブ、キマブ、ツマブ、ウマブの違いを知っているだけでもなんとなくわかる気がします。
近年は乾癬はT細胞性免疫疾患だそうで、昔は免疫疾患とは教わった記憶はなく(今でも?)時代の変遷にビックリです。
乾癬の病態はTIP-DC➡Th1➡Th17軸で説明され、それらに関わるインターロイキン、受容体などをピンポイントでブロックする抗体の効果によって乾癬の病態が理論的にさらに補強されているようです。
しかしながら、乾癬の病態論のパラダイムシフトともいえる理論の転換は結構偶然の産物もあるそうです。シクロスポリンの有効性しかり、TNF抗体製剤しかり、当初は乾癬を目指して開発されたものではなく、移植免疫や、関節リウマチの治療に使ったら乾癬にも効いたなど、偶然の結果で、各種薬剤のトライアンドエラーの積み重ねで、理論づけが進化していったそうです。

乾癬の病態、生物学的製剤の概要については藤田先生の論文から引用させていただきました。
(藤田 英樹:皮膚臨床 60(10);1489~1496,2018)

立て続けに乾癬病態の中心ともいえるTh17をターゲットにしたIL-17阻害薬が発売され、3剤とも微妙に違いますがそれぞれに今までの製剤よりも高い有効性を示しているようです。
これ程までに多くの乾癬に対する生物学的製剤が登場してくると、それぞれの製剤の特徴、使い分けが問題になってきますが、スピード、関節症状の有無、自己注射の可否、投与間隔、安全性、経済性などを指標として使い分けていくといった解説をされました。関節症状ではTNF阻害薬>IL-17阻害薬>IL-23阻害薬の順に有効である程度の導入基準はあるが、7剤に対し絶対的な使用基準はないとのことでした。遠藤先生の数百例もの豊富な使用経験からすると患者さん個々で効果に差があり、正解はない、例外があるとのことでした。
先生は最後に金子みすずの詩集の「私と小鳥と鈴と」からとってきた言葉「みんなちがって、みんないい。」という言葉で締めくくられました。これが講演演題名でもあったのですが。
ここで金子みすずが出てくるか、と一寸意外な感もあったのですが、しばし薄幸の純真でナイーブな詩人に想いを馳せました。

乾癬に対する生物学的製剤はこれで7剤も出てきました。さらに開発中の薬剤が数種類も控えているとのことです。抗体製剤は乾癬の治療において目を見張るような素晴らしい成果を上げてきました。いままでほぼあきらめるしかなかった関節症や重症乾癬が寛解にまで至る例がでてきました。しかしながらいくつかの乗り越えなければならない点も残されているようです。
その一つは寛解とはいっても治癒には至らない点でしょうか。注射している分には治っているが止めると再発する点。入口はあっても出口が見つからないような感じ。薬剤だから当たり前といえば当たり前ですが、この薬剤の非常に高額な点、免疫を抑制するなどの副作用のある点も長期的には問題となってきます。当然長期使用となってくるわけですが、患者さんも当然年を取っていきます。悪性腫瘍や糖尿病、肺炎、肝炎、心不全なども起こしてくるでしょう。こういった人には生物学的製剤は原則使用禁忌です。また高齢化してくると収入は減ってきて年金暮らしとなっていくでしょう。高額療養費制度はあるとはいえかなりな負担になり使用を諦めるケースもあるそうです。バイオシミラーといっていわば後発医薬品のようなものも発売されてきていますが、皮肉なことに安くて高額療養費の限度額を下回ると却って自己負担額が増えるという事態も起こってきます。また低所得者が使用を諦め、生保だと継続できるなどの機会均等といえないケースも起こり得ます。そもそも破綻しかかった現在の健康保険医療制度がいつまでもつのでしょうか。
使用を中止すると悪化する訳なので、そういったケースではどうケアするかといった出口戦略も専門家の先生方に研究して頂きたいという気がします。
重症乾癬に選択できる製剤が多数できたのは朗報ですが、一寸お腹一杯という気もします。本邦では40-50万人の乾癬患者さんがいるといわれますが、バイオ製剤の適応になるのはそのごく一部です。またオテズラの発売でさらに少なくなった感があります。こんなに高い薬を少ない対象に集中して製薬会社は元がとれるのだろうか、と下種の勘繰りをしてしまいます。ただ全世界的にみると数億人の患者さんがいるのでそこはしっかり計算されているのでしょうが。
あと、使用にいろいろと注意を要する薬剤なので我々開業医レベルでは使用しづらい点も難点です。病診連携は常々勧奨されていますが、実際は副作用管理などのリスクは多く、メリットは少ないという事実があります。
最後は一個人のバイアスのかかったネガティブな感想に偏ってしまい、折角の遠藤先生の講演内容の言わんとする主旨を損ねてしまったきらいがあります。(しかし、市井の片隅で皮膚病診療に当たっている一医師のぼやきを表すのもありかと思い、敢えて心配な部分も書きました。このことが杞憂に終わってしまえば却って幸甚です。)

飯塚先生の講演

 先日恒例の浦安皮膚臨床懇話会がありました。なんともう156回とのことです。毎回素晴らしい講師の先生が全国から来ていただき、千葉にいるだけで誰でも(皮膚科医なら?)聴講できる会です。小生は以前はスルーしていましたが、もうお亡くなりになり二度と聞けない大家なども含まれていていまさらながら自分の不明、不勉強を悔やんでいます。
主催者の高森先生に毎回どうしてこんな素晴らしい講演をする人が来るの、と一寸馬鹿な質問をしてみたのですが、高森先生は「いつも学会などで聴いていて、目星をつけた先生を全国から呼んでいるんだよ。」とのことでした。高森先生から声を掛けられたらどの先生も都合がつけばまず断らないでしょう。第1回は臨床の大家、宮崎医科大学の井上勝平教授だったと懐かしそうに話していました。今は亡き植木教授、森教授、玉置教授なども講演されたそうです。これらの教授の講演は今になってとても、とても聴きたいのですが永遠に叶わぬ夢となり果ててしまいました。(そういえばバンクーバーにいって偶然バスの中で同席したドイツの高名な(多分ドイツ皮膚科の大御所)先生の婦人に植木先生は知っているか、ドイツに来て退官後も熱心に勉強していたと言われて、名前は知っているけど業績はあまりよく知らずに、冷や汗ながらあいまいに答えたことがありました、皮膚科のモグリだと思われたかも。でもかつてのベルリン国際学会とかばん持ちで訪れたハイデルベルク大学のPetzoldt教授の話題で何とか繋がりましたが)。
 今回の飯塚先生は過去に数回講演したとのこと、他の会で過去に千葉に講演にいらしたこともあるのですが、今回は1年前から招聘の連絡をとっていたとのことで、高森先生も期待の人でしょうが、小生にとってもとても期待していた先生でした。
今回の講演はオテズラについての講演でしたが、PDE4(ホスホジエステラーゼ4)阻害剤であるオテズラはサイクリックAMPを不活性型のAMPに分解するPDE4を阻害する薬剤です。乾癬ではおしなべてシグナル伝達系が亢進している中で唯一の例外がadenylate cyclade系で、cAMPの上昇にブレーキがかかっています。オテズラは乾癬表皮に過剰に発現しているPDE4を阻害し、細胞内cAMP濃度を上昇させる薬剤の開発の成果として誕生しました。
cAMPの発見の話は過去にも書きましたが、1958年のSutherlandによる発見、さらにPDEの発見により、セカンドメッセンジャーとしてこの物質は一躍注目を浴び、1971年にはミシガン大学のVoorheesが乾癬表皮ではcAMPが低下していることを報告しました。阪大の吉川先生、北大の飯塚先生、根本先生らはマイアミ大学のHalprin先生や安達先生らの指導のもとVoorheesの説の検証をされました。
その当時の苦労話から、その後進化した最近の乾癬の病因、病態について懇切丁寧に、広範な知見を披瀝、解説して頂きました。難しい話を噛み砕いて素人にも分かりやすく説明して下さるのですが、何回聴いても途中でついて行けなくなります。
考えてみれば人体内、細胞内外で生じている代謝、シグナル伝達系の全貌など完全に解明されているわけではないし、その中で乾癬がどのように不調をきたしているかも完全には解明されていないわけです。はい、これが正解です、というように単純明快にはいかないのも当然です。しかしながら過去から現在に至る乾癬研究の全体に通暁していて、免疫、表皮増殖に偏らずに生体のダイナミクス全貌をみて真実に迫ろうとする迫力はなんとなく理解できました。
先生はマイアミ大学のHalprin先生の生体代謝の全般に亘る見方を教わったことがその後の先生の研究のバックボーンになっている(というような)お話をされました。
 高森先生は若かりし頃からの共に競い合い、勉強し合った仲間だとおっしゃいました。彼はどんなに少ない人数の講演でも、興味を持ってくれる人がいれば手抜きをせずに話すのだ、と言っていました。
一般向けにはいつもやや高度過ぎて、ついていけないきらいはありますが、外連味のない講演は久しぶりに学生に戻って先生の講義を受けている気になり年甲斐もなく一寸若返った気がしました。